第17話乙女心がわからない

 俺たち3人の目標は、梶原さんの目的を見つけること。

 もっといえば、そんなことは関係なく、とっとと犬の札を回収すること。前に何かで読んだことがある。密室殺人のトリックなど解いていないで、犯人を捕まえて、方法を吐かせればよい、と。まさに、それだ。


「つまり、ネックレスを盗ってしまえばいいんですよね」

「まあ、そうだろうね。札はネックレスに呪いで封印されている。仮に、犬の首が外に出ていたとしても、呼び戻されたら、たぶんアウト。返してと言って、今の梶原さんが返してくれるとも思えない」

「ネックレスごと回収するのが手っ取り早いだろうな」


 3人でうんうんと頷き合う。ちらりと横目で確認した井上先輩は、鋼の心臓なのか、先ほどのことは微塵も気にしていない様子で、どこかのほほんとした空気を纏って眉間にしわを寄せている。


「でも、どうやって」

「交換するっていうのは?」

「何とだ」

「梶原さんが望んでいるものと」

「それが何かっていう話に戻っちゃうんですけど」

「湯澤君、連れていく? 無関係ではないと思うんだよね」

「まあ、梶原が湯澤のために持ち出した札だからな」

「でも、何で、湯澤さんのためにわざわざ盗って来たのに、湯澤さんには渡したくないんですかね」

「もう、みちる君、それ考え始めると堂々巡りだからやめて」


 井上先輩がげんなりと目を回す。


「乙女心なんて、分からないよ、僕たちには」


 ねえ、先生?と振り向いた井上先輩に、犬飼先生が深く頷き返している。乙女心なのだろうか、この場合。


「で、どちらにしたって戻る訳だ。どうやって回収するか」


 先生が指先で無精ひげを擦りながら明後日の方向を見上げた。乙女心が分からないのに、女子の首からネックレスを外させる方法なんて、思いつけるはずもない。

 俺はちらりと井上先輩を見る。先輩が壁ドンすれば、少しは隙が生まれるんじゃないだろうか。視線を感じたのか、先輩がこちらを見て、小首を傾げた。

 それからぱっと、目が輝く。


「僕が写真を撮ってみる」

「おい」

「それがベストでしょ。写真に意識を焼き付けて、朦朧としている間に外せばいいんだ」

「写真を撮るには、梶原と面と向かわなきゃならないぞ」

「どうせネックレスを外させるときは、面と向かってるでしょ」

「まあ、それもそうだが」

「何か他にあるんですか、方法。先生が無理やり梶原さんの首から外します?」


 意地の悪い顔で先輩が顎を上げる。


「それが出来てりゃ苦労はしてない」


 犬飼先生が、がしがしと髪を掻き乱した。教師権限で没収すればいいのに。職権濫用ってやつだ。今の梶原さんが素直に聞くとも思えないけど。


「相手が女子高生じゃあな」

「照れるんですか?」

「あのなあ、佐伯…。俺は高校教師なわけですよ。で、梶原は俺の担任生徒じゃない。担任でもない教師が、というか、そもそも男性教諭が女子生徒に迂闊に接触できると思うか? 少しでも騒がれてみろ、あっという間に保護者から囲まれて飛ばされる。ましてや、梶原は欠席中だ。会いに行く口実もない。校外に出られたら、俺には手も足も出せねえよ」

「面倒な状況なんですね、思ってる以上に」

「相手が男で校内なら、どうとでもできるんだけどなあ」

「だから、僕とみちる君の出番でしょ。青春の一幕のように、乙女を訪ねる」

「もしくは、梶原さんを学校に呼べばいいわけですよね」

「佐伯の意見に賛成。俺が手の出せないところで暴れるなよ、井上」

「僕ばっかり…」


 ぶつぶつと井上先輩は文句を垂れてそっぽを向いた。


「大体、どうやって梶原さんを学校に来させるんですか」

「…湯澤が呼べば、来るんじゃないか」

「ネックレスのことに絡めて適当に何かでっちあげれば、乗って来そうですよね」

「その辺の内容は、湯澤君に任せればいいんじゃない。あの子、そういうの得意だから」

「イチかバチかだがやってみる価値はあるだろ。開かずの間に入れれば、結界で足止めができる。その間に、井上、お前が写真を撮れ」


 井上先輩は、こくりと満足げに頷く。


「でも、これで上手くいかなかったら…?」

「こんなその場しのぎの考えで、上手くいくとは思ってねえよ。とりあえず、やれることからやってみるだけだ。いつまでも延ばせば梶原の身体に負担がいく。別の手は打っておくが、そっちが動くまで何もしないわけにもいかないしな」


 言いながら、犬飼先生がちらりと時計に目を走らせた。

 もう、下校の時刻はとっくに過ぎている。そろそろ巡回の先生が苛つきながら部屋の扉を開ける頃だ。さすがの俺でも、それくらいは言い当てられる。


「じゃあ、今から、と言いたいとこなんだが、今日の巡回担当…」

「柳川先生でしょ。帰りましょう、ていうか、とっとと逃げましょう」


 井上先輩が言葉尻を奪って、俺の手首を掴んで扉を開けた。

 背後で犬飼先生が珍しく焦る気配が伝わってくる。井上先輩は廊下の奥の暗がりに耳を澄ますと、俺の腕を引いたまま、音もなく走り始めた。

 最初に見えた国語準職員室の扉を細く開くと、俺を中に投げ込んでするりと自分も身をねじ込んで扉を閉ざす。それと同時にやけにばたばたと煩い足音が、目の前を通り過ぎていく。


「しいっ」


 唇に人差し指を立てて、井上先輩が息をひそめる。明かりの消えた部屋の中で、先輩のすっきりとした横顔が白く浮かんでいる。

 しばらくして、曲がり角の向こう側から、柳川の無闇にデカい声が響いた。犬飼先生、捕まったんだ…。

 隣に屈む井上先輩を見れば、俺の鼻先で綺麗な顔が、にんまりと笑った。


「さて、帰ろうか、みちる君」


 清々しい顔で扉を開け放って、井上先輩は鼻歌混じりに廊下でくるりと回る。まさか、この人、さっきの仕返ししてるんじゃあ…。


「やだなあ、仕返しなんかじゃないよ」


 ふふふ、と笑う先輩。この人に楯突いたら駄目だ…。俺は怯えるしかなかった。

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