第5話 宝石とホステス (後編)

 しばしの静寂。

 花穂と名乗った女性はわたしを咎めるように言った。

「それ、わたしたちのこともお嫌いですか?」

「あぁ、すまない」

わたしは正直に謝った、それでどうなるものかもわからないが、娘にはまっとうな仕事に就いて欲しかったのだ。

「……」

皆静まって、それから花穂が思い立ったように立ち上がり、こういったのだ。

「わかった、じゃあわたしもちょっと話聞いてもらっていい?」

「?あぁ、いいよ」

こんな所で働いている女にどんな物語があるかはわからないが、まぁいい。

「わたしたちはね、確かにお客さんの想像しているようなことをしていると思われているのかもしれない。実際そんなことを期待してうちにくる常連さんもいるものね。それでも、わたしたちはそれを躱す。いいえ、そうすることも求められているのよ。わかる?

 そういうことがしたいならそういうお店に行けばいいのにそうしないのはね、わたしたちとの時間のほうが大事だからよ」

わたしはドラゴンの彼を見た、高い酒を片っ端から開けて上機嫌で、ホステスのその香水の匂いが好きだと口説いている、隣の金色のドレスのホステスは、あらお上手ね、と言いながら笑っている。

 わたしは彼の何が楽しいのかまるでわからなかったがそんなものだろうか?

「……もしかしてセクハラ対策ですか」

しかしそれは外れていたようだった。

「あぁ残念、女はね。あれもこれも当然の如く求められるの。そしてそれが無くなる日は……ねぇ、ママ」

花穂はママに相槌を求めた。

「えぇ、わたしなど若くはない女だけど。細々とした心配りは忘れていないはずよ」

そういいながらママは、ドラゴンの葉巻に火を付ける。

 そういえばママが座ってからお代わりを頼んだことがない、しかしそれだけではなかった。

 なんだろう、ママはここにいるというだけでぱっと場が華やぐ、そしてそれでいて安らかだ。話しやすいのか雑談の中ついわたしはこんなことをママに言っていたのだ。

「今度娘もここへつれてきていいでしょうか?あなたと話をさせたい」

「あら、いいわよ」

ママは快諾してくれた。それからわたしは出来上がった彼をタクシー乗り場に連れてって、なんとか終電間際で帰った。


 さて、ある週末。わたしはどこかに出かけようとする娘を軽く引き止めた。

「これ、待ちなさい」

「え?今急いでんだけど」

娘は嫌がった。

「説教じゃない。これを見なさい」

わたしは買ったイミテーションを出した。

「……お前の客が女の子にあげたというのはこのようなものではなかったか?」

「え!なんで知ってんの?やばくない」

娘はわたしの話を少し聞くつもりになったらしい、……やはりか。

 それというのもわたしは高級クラブで聞いてきたのだ、本物の宝石の価値を。そしてそれを貢がれる女のどんなに陰で努力しているかを。泣いているかを。

 娘の働いているのはそんなに高い店ではない、すると娘は安く見られているのか?イミテーションで落ちると思われているのか?

 とにかく、娘を泣かされる女にはしたくなかったのだ。

「おとうさん、これ、もらっていい?」

「もちろんだ、それからお前に紹介したい人がいる。今日帰ったらお父さんに声をかけなさい」

「うん、わかった」

娘はなにやらほこらしげにその指輪を身に着けて出かけた。

 

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