第4話 宝石とホステス(前編)
それからわたしは少しだけ満員電車のなかでも周りを見るように心がけた。
しかし時間が合わないのか周囲は人ばかりで、彼に会うことは少なかった。それでも彼のくれた名刺は役に立ち、あのカリビーに知り合いがいるということでそれなりにもてはやされた気はしたが、すごいのは彼でわたしではない。
それに気づいたわたしは自分がただ自分が情けなく、こんな生活を変えようと重い腰を上げてVBAの勉強を始めた。
……ありていに言って、よくわからない。
だいたいが、わたしはプログラミングなんてやったことはない。
BASICだか何だか知らない、初期のものだという話だが、そんなことは関係ない、わたしは文系だ。
……あぁ、誰かに必要とされるなどわたしの人生にあっただろうか。
とりあえず人が必要だから、この人でいいか。
とりあえずそこそこ稼いでいるみたいだし、この人でいいか。
とりあえずこの人がパパみたいだしお小遣いくれるからいいか。
とりあえず……。
わたしなどそのようなものだ、彼の嬉しそうに商品を紹介するさまを思い出す。
100円で投げ売りになっているようなものをあんなに愛おしそうにして、あんな自社商品への愛情などわたしにはない。
……考えれば考えるほどわたしは自分で自分が哀れになって、そんな時、帰りの電車で彼とまた一緒になったのだ。
「あぁ、お久しぶりです」
「一週間ぶりぐらいですね、どうですか、お仕事の方は」
「あいかわらずのぺいぺいです」
一言二言交わして、吊革に捕まる。わたしは彼の指に新たな指輪を見つけた。
「ほお、また新しいのを買われましたか」
「いえいえ、実はこれ、おもちゃなんですよ。『おとうさんほうせき好きでしょう?』って娘がプレゼントにくれたんです」
「へぇ、これが」
「どうですなかなか綺麗でしょう、わたしの宝物です」
プラスチックでできているというおもちゃのそれはしかししっかりと輝き、わたしはつい彼にこう聞いていた。
「あの……これ、どこで買いました?」
「あぁ、〇〇駅前のファンシーショップらしいですよ」
その値段なら買える、なにしろ偽物というのがいい。指輪や宝石で女の子を釣る輩がいるという、娘の言っていたことが気がかりだったのだ。
「そうだ、こないだのお礼で今度はわたしがおごりますよ」
「おっ、いいんですか、いただきます」
わたしたちは立ったまま○○駅で降りた。
また赤提灯か、今度は彼のためにおカシラでも頼んでみようか……そんなわたしのことなど気にも留めず、彼は赤提灯を素通りした。
そのまま繁華街へ、そして彼の入っていったのは…高級クラブだった。
「いらっしゃいませ、あら!お久しぶり~」
「お久しぶりあけみちゃん、今日も赤いドレスが決まっているね~」
「あら竜ちゃんじゃないの!さぁどうぞいつものお席へ~」
彼はここでも顔なじみらしかった。彼は女の子に囲まれ高い果実や菓子をやたらに頼み、わたしはそんなところでの遊び方などわからないから、水割りを一杯だけもらって隅でちびちびやろうと決めた。
なのに、『あけみ』ちゃんはわたしもたのしませようとしているのか話しかけてくる。
「ここ始めてですよね?」
「はい」
「ここね、気軽に来ていいよ。お客さんみたいな一杯飲みたいのも大歓迎」
「はい」
わたしはこんな水商売の女など苦手だ。化粧も香水もきついし、オフやらなんやら何で儲けているのかもわからないような女は好きではない。
それなのに我が娘はその世界で生きていくつもりでいるらしい。
こまりはてたわたしは、ついあけみに愚痴っていたのだった。
「いやぁねぇお姉さん、わたしにもこう見えてかわいい娘がいまして。最近成人しました」
「あら、そう。ねぇ、娘さん大学生?」
「いえ、大学には行かない、働く、って言いました」
「へぇ関心じゃない」
あけみはわたしの話を嫌がらず聞いてくれる、わたしは水割りをあおる。悪い酒だ。わたしはお代わりを作ってもらう。
「……ガールズバーなんですよ、仕事が」
「あら」
「お姉さんと同じ、水商売なんですよ」
わたしは水商売で説教をするような泥臭い男にはなるまいとギリギリで踏みとどまったつもりだった。
あけみはしばらく考えて、それからママを読んだ。
「ママ、ちょっとここNO.1のヘルプいい?」
「そうね、いいわよ」
ママも椅子に座った。
「いつもは指名料をいただくんだけれど、なんか事情が込み合っているみたいだから、とくべつ、ね」
「ご指名ありがとうございます。花穂です」
華やかな女性がわたしの隣に座った。
「……あけみさんから聞いたわ。娘さん水商売なんですって?」
「はい、できれば辞めさせたいんです」
わたしは涙を流していた。
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