第2話 ドラゴンと赤提灯
わたしは生き物の性でドラゴンを怖がり、体中にびっしりと汗をかいていた。
異世界転生?
しかし踏まれた足は痛く、わたしは悪くもないのに謝ってしまう。だいたい、わたしはまだ死んでいないはずだ。たぶん。
ではこの電車は昔電車ごと異世界へ行ったのか?
それもありえなかった、わたしの降りたいつもの駅も、街も、いつものものだ。
だいたいそんな大掛かりな奇術、誰が掛けるのだ。
あぁそうだ会社に行かないと、わたしは人ごみに紛れてドラゴンの青年を早く忘れてしまおうとする。
そうすれば、またこの下らない日常に帰れるはずだから。
果たしてドラゴンの青年はわたしとは別の方へ歩いて行った。
よかった。
わたしはカバンをギュッと抱きしめ、大汗をかいて階段に座り込む。
「だいじょうぶですか?」
わかい娘さんが心配そうにわたしの顔を覗き込む。
よかった、この娘は人間だ。
ふと見ればまわりはいつものように人間でみっしりしていた。
「あぁ、ありがとう、ちょっと気分が悪かったんだ」
わたしは少し休んで歩きだす。さて、必要とされていなくっても、仕事へ行かないと。
わたしは今日も商品管理、あれを何袋、これを何個。本当は社長はこんなものはとっととAIにまかせて事務の首を切りたいというのがもっぱらの噂だ。
そして口惜しいがそれは事実だろう、こんな簡単な表計算、大学出てようがなんだろうが関係ない。なんだったら高卒の派遣の女の子の方が仕事できるんじゃないだろうか。でもわたしはそれを言うことはない。
それでもなんとか会社にしがみつくために、わたしは密かにVBAを学んでいる。
これはWordでプログラミングをするもので、これができるようになれば、すこしは会社もわたしのことが離したくなるかもしれないという奴だ。
しかしいざ入力となるとやはり前のようにやった方がいい、そしてただ昼休みにカップ麺を食べるだけののっぺらぼうの日常が流れ、今日もまた眠くてVBAのテキストなんか一ページもめくれずに寝てしまうのだろうと思っていた。
帰りの電車。
またドラゴンがいたのだ。
わたしは思わず彼を見た、とすると彼とはずっと往復の電車が一緒だった?
俄然わたしにはないと思っていた好奇心が沸いた、わたしは見ているのを悟られまいとするが、彼は堂々とこちらを見ているではないか。
……どうしよう、大きい駅が一つ一つ通り過ぎ、電車に人がまばらになる。もう座ってもよさそうだ。
わたしは意を決して彼の隣に座った。
「……」
「……」
わたしも彼も一言も言葉を交わすことはない、当たり前だ。しかしこの立派な鱗はどうだ、なんだか身に着けている宝飾品も高級そうに見える……。あらためて見れば見るほど立派なドラゴンだ。彼ほどの自信があれば、わたしのこのつまらない人生も少しはましになるだろうか?
「あの……」
気が付いたらわたしは彼に声をかけていたのだった。
「あまり見ないですね、最近この辺へ……?」
「あぁちょっと転勤でね」
そうだったのか、まぁファンタジーは遠いからなぁ……とわたしはついうっかり納得しそうになる。
電車のガタガタという音がする、しばしの静寂。
まずい、何か話さないと、せっかくドラゴンと話しているのだから……。
「あの、遠いんですか?」
「私は○○駅で降りますね」
そこは途中の割と開けた駅だった。わたしも一杯やりに行ったことがある。
「あぁ、あそこですか、どうですか一杯、おごりますよ」
わたしはおちょこを持つしぐさをする、
「いいですねぇ、行きましょう」
彼の瞳が綻び、わたしたちは○○駅前の赤提灯へ入った。
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