100億再生の曲
影山洋士
第1話
サトルがその曲を聞いたのは病院帰りのコンビニだった。その時の印象はなんか変な曲だなというもので、それ以上の感想はなかった。
しかし後からその曲が莫大な支持を受けていることを知る。
その曲の支持の大きさも異常だったが、特徴的なのは否定している人が殆どいないことだった。大きい支持は同様に強い否定派を産むのが常なのに。
その曲を支持してる大多数の人間も、何故この曲がいいのかということを説明しあぐねているように見えた。
その曲はどんな曲かというと、東南アジアの民族楽器の中にモンゴルの「ホーミー」のような、人ならぬ人の声が入っているのようなそんな曲だった。
作っているのは日本人らしかったがそもそもその作っている人がどんな人間なのかその情報も何もなかった。メディアにも一切出ない謎の人間だった。
サトルにはその状況に強い違和感があった。
殆ど何も情報がないにも関わらずこの支持の大きさは異常じゃないか?
その曲「ザルツマガリ」は音楽配信サイトで100億再生を超える勢いだった。
支持しているのも殆ど日本人だけだった。
サトルはこの曲を作った人間、アカウント名「カドア」を調べて見ることにした。
ネットで色々検索してみるが不確定な情報ばかりで有用なものは見つからなかった。
そんな日々を過ごしながらサトルはポツリとSNSで呟いた。
「ザルツマガリ、あれ全然いいと思わないんだけどね。曲を作っている人も分からないし。どんな人なんだか興味はあるけど。。」
その呟きはフォロワーの誰にも引っかかることはなかったが、ある時知らないアカウントからダイレクトメールが着ていた。
「こんにちは。私はザルツマガリの作者カドアです。良かったら会ってみませんか? この件を他者に内密に出来るのなら会えます」
アカウント名はアンドウという名前だった。
普通だったら絶対にスルーするようなタイプのダイレクトメールの筈である。しかしサトルは何故だか好奇心が収まらず敢えて乗ってみることにした。
サトルは都内の一流ホテルの一室にいた。
アンドウに指示された場所がそこだったからである。
サトルは半分は騙されるつもりでそこに向かっていた。しかし当の本人であるアンドウは本当にそこにいたのであった。
「何を飲むかね?コーヒーでいいかい?」
その男、アンドウは年の頃なら四十代後半くらいの、落ち着いた雰囲気の身なりのきちっとした男性だった。
「。。はいコーヒーで」
「本当にあなたがザルツマガリの作者なんですか?」サトルは取り敢えずコーヒーを一口含んでから聞いた。
「本当だよ。まあ疑うのも当然だろうけど」
アンドウはその質問を想定していたのだろう、答えるとスマートフォンの画面をサトルに見せた。
それはザルツマガリをアップロードしてる音楽配信サイトのアカウント管理者画面だった。
その画面が本当の管理者画面なのか捏造されたものなのかサトルには判断出来なかったが、そこは信じることにした。
しかし何故、僕に会ってみることにしたんだろう。
「私は自分の曲のリスナーに興味があってね。それもザルツマガリを気に入らない人に」
「いや、別に強い否定を持ってる訳じゃないですが単純に不思議だったもので。。」本人の前で言うのは流石に気が引けた。
そこでアンドウはニヤリと笑みを浮かべた。「いや、君の感想は正しいよ。あの曲の支持のされ方は異常だ」
本人もそう思っているのか。「えっ、アンドウさんもそう思っているんですか?」
「そうだよ。君みたいな感想を持つ人も稀にいる。でもまああの曲にはカラクリがあるからね」
カラクリ? これはもしかしてすごく貴重な話を聞こうとしてるんじゃないか!?
「君は自分の脳が異常進化したら一体何をする?」
「。。。はっ? 」話が見えない。
「私はある奇病にかかったんだよ。それは進行性の癌に近い脳の病気だった。しかし腫瘍は悪性化せず脳の一部を異常進化させた」
「。。。」
「その一部とは脳の言語野だった。私は言語において普通の人間とは格の違うレベルになってしまったのだよ」アンドウの言葉が熱を帯びてきた。
「言語野が異常進化した私が何をやったのか? それは新しい言語を創り出すこと。それも普通の人間には理解出来ない、脳に直接命令を下せる言語だ」
アンドウはこちらをじっと見た。
「あの曲には人ならぬ人の声が聞こえるだろ?」
そこでようやくサトルにも話が見えた。なるほど、その話が本当ならあの曲の異常な再生回数にも説明がつく。
アンドウはこちらの意図を読んだ「その通り。あの曲には命令が含まれているのだよ。『この曲を好きになれ』とね」
サトルは身震いを覚えた。それが本当なら恐ろしい話だ。
「しかし本当ですか? 人間は犬や猫とは違う高度な知性を持っています。そんな簡単に命令出来るものなのか。。」
「いや逆だな。高度な知性を持っているからだ。君はミステリーの叙述トリックを知っているか?」
「? 知っていますけど。作者が読者を騙すタイプのトリックですよね?」
「そうだ。人間は何故叙述トリックに嵌まるのか? それは言語を文法を知っているからだ。犬や猫は叙述トリックに嵌まることはない。言語を理解する高度な知性がないからな。まあしかし私からみたら今の人間全ては言葉を覚えたての子供のようなものだ。自分より上の存在を想定することすら出来ない。だからより上の高度な言語でコントロール出来るのだよ」アンドウの言葉には陶酔が帯びてきた。
「しかし。。。何故そんな話を。。。」
「そう。なんでこんな話を君にするのか? だ」アンドウはまたもニヤリと笑う。
「あらゆる事柄に共通することだが完璧なものは存在しない。しかし私はこの新しい言語をより完璧に近づけたい。だからネットで探しているのだよ。私の言語が通用しない人間を」
それがサトルを意味しているのは明白だった。
「だからこうしてSNSを使って人に会うのも初めてではない。何人かには会ってきている」
その会った人はどうなったんだろう。。
「その人達はみんな私のことを忘れたよ。直接言語を聞かせたから。やはり周波数の関係かネットを介してでは命令力は下がるらしい」
「えっ、じゃあ僕にもその言語を。。」
その時突然アンドウは例のホーミーのような言葉ならぬ言葉を発した。
サトルは急いで両手で耳を塞ごうとする。しかし遅かった。体が異常に重い。動くのを諦めた。
アンドウは動かないサトルを用心深く見る。「フン、問題なかったか。いつかはこの言語が効かない人間が来るかと思っていたが。。まあ心配しなくていい。君は今からこのホテルを出ていき私のことも私の言ったことも忘れ、私のダイレクトメールも自分で削除する」
そう言ってアンドウはまたあのホーミーのような言葉を発した。複雑で重層的な音声。
アンドウの言葉が終わるとサトルは静かにホテルの一室を出ていった。
サトルは地下鉄の社内で額の汗を拭った。
恐ろしい経験をしたもんだ。しかし理屈が分かっていたのである程度対応できた。
しかしこれからどうしたものか。あの言語に対抗出来るのは僕だけだぞ。
サトルは悩みながら患部のあった頭をポリポリと掻いた。
了
100億再生の曲 影山洋士 @youjikageyama
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