第105話 最終決戦 ー終幕ー
真っ赤な視界が更に赤く染まっていくように感じた。
頭の中がグチャグチャにされたようだ。
「久しぶりじゃのぉ、お前さんに吉報じゃ」
「何しに来た…お前のせいだ、お前がぁあっ!」
…体が動かない。
口は回るし言葉も発せられるのに、体だけが言う事を聞いてくれない。
動けばあいつをぶん殴れるのに。
「…この空間では、ワシと戦う事はできんぞ?ヌシと戦うのは、あの約束を全て果たしてからじゃな」
「…戦うんじゃねぇ、ぶん殴るだけだ」
「ワシを殴っても仲間は蘇らんぞ?それに、そんな力もあるまい…まぁ今は、じゃがな」
俺の使え無くなった右腕を見ながら、含みのある言い方をしてくる。
そう言えば、痛みを感じないけど今はそんな事どうでもいい。
「自分の非力さも弱さも知ってるよ!だけど、だけど俺だって…頑張ったんだ、やれる事は全部やってきたんだよ…」
俺は脱力して項垂れようとするが、それすら出来ないようだ。
なんなんだよ、この空間は…気が利かない。
「…まぁ、よかろう。今日来たのは、その約束の一つを果たす為じゃからな」
「約束…」
俺が昔のことを思い出していると…
爺さんは右手に光の玉を浮かべ、それを俺の方へと誘った。
光はフワフワと動き、ゆっくりとこちらへ飛んでくる。
動けない俺の元まで来ると、光の玉は腹のなかに吸い込まれるように消えてしまった。
「いったい何…」
…温かい。
それと同時に、色んな事が体に取り込まれていく感覚に襲われた。
スキル…戦い方、昔の事、ゲーム時代の思い出…
これって、まさか。
「これって…もしかして、俺の封印されてた力か?」
「そうじゃ、レベルの制限を外したのじゃ。この力を使って世界最強を証明すれば、もう一つの約束を果たしてやるぞ…その時にはもう一度ワシと戦ってもらうがのぉ」
自分の勝利を疑わない嫌らしい顔だ。
確かにこの程度の相手に追い込まれてたら、グランドラゴン討伐なんて夢のまた夢だけど。
「だけど…何で今なんだよ!だったら…もっと早く解放してくれれば」
「各地の戦いで沢山死んだからのぉ。特に力の無い者が中心にじゃ、だからおヌシを知っとる者が多く残り…世界で一番の知名度を得る事になったのが、今この時じゃ」
…何だよそれ。
まるで、俺が原因みたいな言い方じゃねぇか!
それに都合が良過ぎるだろ。
知名度が一番になったタイミングが本当かなんて、俺には分からないじゃないか。
「俺はお前の被害者だろ…大事な仲間を二人も失って、能力まで奪われて。どれだけ今まで大変だったか」
「おヌシが転移を願わねば、この世界に此処までの混乱は起きなんだぞ?悪魔王の復活後までは知らんがな」
近い未来なら分かるような物言いに、さらに胸がムカついた。
俺は面白おかしく異世界体験したかっただけなんだ。
強くて金持ちでハーレムで…
そんなバカな夢をみただけじゃないか。
こんな事になったのは、俺から全てを取り上げた爺さんのせいだ!
「お前が…お前さえいなけりゃ、こんな事にはなってねぇよ!」
「この世界におヌシが来る事も無かったがの。まぁ、起きた事実は変えられん。この後に何を残すか…じゃな、もう大事な物が無いのなら、人生に諦めて死ぬのも良いじゃろう」
何が死ぬのもだ、俺は死ねない。
大事な物だって、ある。
まだまだ沢山あるんだ。
ティファやメリー、レアにルサリィ…それにシャル。
アイアンメイデンの仲間や交友を持った人達だっていっぱい居る。
俺は何も守れて無い。
皆を悲しませてばかりだ。
このまま死ぬなんて出来ない、そんな事許される訳が無い!
レンに申し訳が立たないし、ヘッケランにも怒られちまう。
「…もう覚悟は決まったようじゃな、ワシはそろそろ行くとするか…次に会う時は戦いの時じゃ。楽しみにしとるぞ」
俺の顔つきを見て、爺さんがニヤリとする。
先ほどの嫌らしい笑みとは違い、ワクワクしている子供のようだった。
…俺はやる。
取りこぼした物を嘆かない。
今から拾えるものは全部拾うんだ。
それだけの力は、今取り戻した!
緩慢だった時間の流れが、爺さんの消滅と共にゆっくりと本来の流れを取り戻していった。
「エスクードスラスター!」
試しにスキルでベルセウブの漆黒のブレスをかき消してみた。
できる…やれる!
「レア、もう大丈夫だ。シャルを見ててくれ」
「ごしゅ…畏まりました、ご主人様。お気をつけて」
恭しく一礼すると、レアは暴れ叫ぶシャルを簡単に捕まえ下がって行く。
体格差ではレアが小さいくらいなのに、さすがはレベル100の力ってとこか。
「またせたな…お前には伝えてやりたい事が死ぬ程あるんだ。遠慮せずに苦しんで死ねよ」
「ゴザガシィィ!我ノサイゴノチカラデ貴様ラ全員ミチヅレダァァッ」
ベルセウブは最期の灯火とばかりに、全身から黒霧を撒き散らし鎖を吹き飛ばす。
少し前の俺なら足がすくむ光景だが、今は冷静に見れる。
何を使い、どう戦えば良いのか…
あれだけデカかったベルセウブが小さくすら見えるぜ。
「見せてやるよ【漆黒の双剣】の力をな!上限解放(エクスドライブ)」
「ユウト様…戻られたのですわね」
AAOで個人ランク上位五人にしか与えられない特殊スキルを発動する。
全ての上限
そんな俺を見てメリーが嬉しそうに呟いた。
…それから俺は「作業」を行なっていった。
必死に放って来るスキルを弾き躱し打ち消してやり懐に入り込む。
視界の外から襲って来る尻尾はバラバラに斬り裂いてやり、太い足も腕も枚数の多い羽も一本ずつ細切れにしてやる。
少しずつ体積を減らし縮んでいく。
叫ぶ声は悲鳴に変わり、反撃も怨嗟の声も次第に無くなっていった…
だけど、気持ちが晴れない。
いくら屈辱を味あわせても、いくら苦痛を与えてやっても。
この程度の相手に苦しめられていた自分を、ぶん殴ってやりたくなるだけだ。
「ウ…ウヌレ、ホ…ホロ…セ」
「どうだ蹂躙される気分は?下等な人間様に玩具みたいに壊されて、ボロ雑巾のように扱われる気分は」
牙も角も無くなり、目も潰れ口は裂かれた「ベルセウブだったモノ」が、息も絶え絶えに殺せと呟く。
簡単に殺してやるものか。
こいつの被害にあった奴を全員呼んで、少しずつ壊して、それから…それから
「…逝きなさい、ふんっ!」
「あっ…」
黒い思考に囚われていて、ティファが横に来ていた事に気付かなかった。
俺とは違い、あっけないほど簡単に振るわれた剣は、事務的である意味覚悟を決めさせる間すら与えなかった。
胴と首を切り離されたベルセウブは、ごとりと重い音を残して脱力し、黒霧となって霧散してしまった。
「ユウト様、そろそろ上限解放の制限時間です。我々の限界突破(リミットオーバー)とは違い、ソレは反動が大きいですから。それに…」
「ユウト様が黒霧を出しかねませんものね」
申し訳なさそうにティファが横槍の言い訳をし、見るに見かねない状況だったとメリーが擁護する。
「そうか…そうだな、俺は…かった…んだよ、な…」
身体中を支配していた真っ黒な熱が冷める。
緊張の糸が途切れたように体が恐ろしく重く、痛みが込み上げてくる。
神経に身体が追いつかないのか身体の反応が鈍い…まるで自分の身体じゃないみたいだ。
「…ユウト様!?」
「お気を確かに、ユウト様!」
戦いの終わりを呟いた途端、目の前が真っ白に染まり俺はその場に倒れた。
二人の声と駆けてくる足音だけが、耳の奥に余韻を残していた。
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