第104話 最終決戦 ー戦いの果てにー

「グロいな…」

「おぉ、ドン引きやで」


 レンの空返事を聞きながら、霧の晴れたベルセウブを確認する。

 体長に変化は無いが像を四頭並べたようなデカさに、顔もミノタウロスっぽかったのが般若をグロくした感じに変わっていた。

 翼はデカイし、尻尾も鉄板を繋げた鞭のようになってるし、先端は…三俣槍になってやがる。

 全身を覆ってる鱗も黒光りして、見るからに硬そうだ。


「あれを突破してダメージ与えるのは大変そうだな…ティファの一撃狙いになりそうだけど、行けそう?」

「クリスタルライトニングクロスですね、溜めの時間とタイミングさえ合えば問題ないかと」

「オーケー、あいつもHPは限界間近(レッドゲージ)な筈だから、しっかり仕留めよう。皆、もう一踏ん張り頼む!」


「「おぉっ!」」


 大まかな作戦は決まった。

 後は、それぞれが自分のやるべき事をやるだけだ。

 全員にアイテムを振り分け直し万が一に備え終えた時…ついに奴が動いた。



 四足獣のようになったベルセウブは背中に残した腕を振り上げると、遺跡の石畳をぶち抜いた。

「くるで!全員散開!」

 レンの号令に反応しベルセウブを取り囲むように散っていく。


「ウググ…シネェェエ!」

 叫び終えると口からビームが飛び出し、砕いた石片が宙に浮かぶと四方八方に飛散する。


「…ユウト様!」

「くっ!?」

 ティファに引かれてビームの直撃は避けれたが、掠っただけで宝珠の使用回数を減らしてしまう。

 周りからは石片に襲われる仲間達の悲鳴がこだましていた。


 …上手くかわしてくれている事を祈るしか無い。

 皆を信じて突き進むだけだ!


「ティファ援護する、リヴァイリルの青鱗!」


 ベルセウブの眼前に現れた時空の隙間から圧縮された水砲が放たれる。

 直接的なダメージは薄かったが、レアの魔法『フリージング』を受けて一瞬で凍り付く。


「…はぁぁあっ!」


 聖属性を特化させた状態で、全身を光り輝かせたティファが飛び込み斬撃を放つ。

 垂直に振り下ろされた斬撃は、白い軌跡を残し氷の壁ごとベルセウブを斬り裂く。

 硬い鱗に確かな傷跡を残し、そこから緑の血が吹き出す。

 それに遅れて思い出したかのように、凍った体を暴れさせると、張り付いた氷を払いのけた。



「うぐっ…かはっ!」

「「うわぁぁっ」」


 追撃を狙ったメリーが尻尾の鞭でカウンターを受け、ガードした体ごと吹き飛ばされた。

 連携して攻めていた剣神流の二人も、踏み潰しと咆哮でいっしゅうされてしまう。


「ふろすとのゔぁ……えれくとりっく…ばれーど!」

 近接戦で無双していたベルセウブを、巨大な氷塊と周りに現れた雷の柱から迸る雷撃が襲う。

 氷を砕いた事で体に付着した水滴が、さらに雷撃の威力を押し上げる。


 悲鳴とも咆哮とも聞こえるような絶叫が響く。

「ウゴォォ…ワズラワシィィッ!」

 背中から生えた両腕が背中の上に光の玉を召喚し、そこから四方に強力なビームを飛ばすし、遠距離から狙っていたレアやシャルを黙らせる。



「ユウト様、お気をつけ下さい!これは、我々でも油断すれば、危険なレベルの攻撃ですっ」

「いやっ、わ、分かってるけど華麗に避けるとか無理だから!」

「…失礼します!」


 お荷物な俺はティファに抱えられて辺りを駆け回らされる。

 躱した後ろにあった岩がビームで蒸発していた。

 あんなの食らってたら、いくつアイテムを用意しても足りないじゃ…

 皆は大丈夫なんだろうか。

 …あぁ、くそっ!力が欲しい。

 皆と戦えるだけの力がっ。


「うぉぉっぉお…リッロードオン、炎龍の牙!っと…煉獄の鎖ぃ」

 ティファに抱えられながら俺も可能な限り戦いに参加する。


「コノテイドノ鎖デワレヲ縛レルモノガァッ」

 炎のブレスはレジストされたが、身体中に絡みつく継続ダメージ付与の鎖を、力任せに引きちぎろうと掴む。


「いまだ、ティファ!リロードオン、倍加の天秤、一粒万倍の小槌、対象煉獄の鎖!」

「ウゴォッオォ!?」


 俺は二つのアイテムを使い鎖の太さを5倍にし、その鎖の重さを100倍にしてやる。

 野太い声で驚き油断した姿を晒すベルセウブに向けて、聖光を放ちながらティファが駆け出していた。


 …やれる事はやった、はずだ。

 後は祈るのみ…ティファを信じて。



「ここが決めどきかっ!シャル行ってくるな」

「レンっ!?」

 縋ろうとするシャルを振りほどいてレンが走り出す。


 ティファよりも先に躍り出ると、特大の跳躍と共に回転しながらスキルを放った。

「アーマーブレイカァァ!!」

 身動きの取れないベルセウブは防御力低下の斬撃に晒され、外皮に紫の光がまとわりつく。


 尻尾の一撃で振り払うが、レンは遺跡の残骸に着地してティファを見送る。


「…上出来です。これで終わりよ、死になさい!!クリスタルライトニングクロス!」

 対悪魔に最高の威力を発揮する切り札を放つ。

 十字に光る斬撃が、弱ったベルセウブにトドメを刺すっ。


「…マダダァァア!」

 鎖を抜け出した背中の両腕を犠牲に、ティファの斬撃を耐えてしまう。

 両腕は弾け飛ぶが、その奥から漆黒のブレスが放たれる。


「…なっ!?うぁぁあぁっっ」

 勝利を確信していたティファが逆に虚を疲れ遺跡の外の森へと吹き飛んでいく。

「ティファ!!」

「ティファさんっ!」

 俺とシャルの声が重なり、視線が森の方へと向いてしまった。


「シネシネシネェェ」

 俺よりもベルセウブに近かったシャルにブレスが飛ぶ。

「絶対しょう…きゃぁあっ!」

 障壁を張る時間もなくシャルが吹き飛んだ。

 そして、首元の水晶が弾け飛ぶのが見えた。


 …やばい。

 次の攻撃を受けたらシャルが殺される!


 気がついた時には走り出していた。

 俺に出来ることは少ない。

 それでも身代わりになる事位なら出来ると信じて。


「…グゥラビィディブラヒュト」

 もはやベルセウブも限界のようで、まともに呂律が回っていない。

 しかし、唱えられた魔法は発動してしまう。

 巨大な重力場を伴ってシャルに飛びついた俺たちに降り注いだ。


「うぐぅっあがぁぁっあぁ……」

 ブラックホールのような重力場は、触れたものをグチャグチャに握りつぶした。

 人も、石も、草や砂でさえも…



「……ぅっ、あ、あれ?私…生きてる?ユウトさん!?」

 右腕が飲み込まれ干物のようになった俺の腕を見て、シャルが悲痛な叫びを上げる。


 …痛い。

 死ぬほど痛い。

 ポーションで治るとしても、こんな痛み耐えれるもんじゃない。

 皆、平気な顔して戦ってるけど、めちゃくちゃ痛いだろっ。

 よく戦い続けられる…


 痛みに支配されていた頭が、我を取り戻すと俺の腕の先に肉塊を発見した。


「ぁ…あぁ…」

「そ…そ、そんな……レ…レ、ン」


 その肉塊の側には、見慣れた刀の鞘がサイコロのように圧縮されていた。


 そう。

 …レンの愛刀だった。



 …頭がいたい、割れそうだ。

 シャルの泣き叫ぶ声が響く。

 分からない、何も考えたくない。

 俺はレンを元の世界に返してやるはずなのに。

 だから、戦うのは反対したのに。

 知らない、俺は悪くない、関係ない。

 何も知らない、分からないっ。


「ふろすと…うぉーる、ご主人様…早く逃げて」


「あっ…」


 ベルセウブの追撃を防ぐレアの氷壁が放つ冷気と声で引き戻される。


「あぁぁあっ、レン…いやぁ!レェェン…嫌、いやあぁぁっ」

「シャ、シャル…ここを離れよう一旦安全な所に」


 取り乱すシャルを捕まえられない。

 レアの氷壁もいつまでもつか分からないんだ、早く逃げないと。

 …ニゲル、そうか逃げるのか。

 俺は、俺達は負けたのか。

 そうか、そうだ、分かった。

 俺が弱いから負けたんだ。

 人に頼ってばかりで、役に立たなくて。

 大事な仲間は守りたいとか、元の世界に返してやるとか偉そうに言って。

 結局、俺のミスで仲間が死んだ。

 同じ世界の…同じ日本人である大事な仲間を失った。

 またミスをしたんだ。

 もっと慎重に、安全マージンをもっと取るべきだったのに、勢いに任せて、勝てると思い込んでしまった。

 …全部俺のせいだったんだ。

 ごめん、ごめんなレン。

 お前の一番大切な約束、守ってやれなかった。

 俺にシャルを守る力があれば、レンは死んだりしなかった。

 死なずに済んだのに!


 次々と胸の奥から湧いてくる色んな事への怒りが、俺の目の前を真っ赤に染めていた。

 そして、今まで空を掴んでいた左手が、シャルの細い腕を捕まえた。


 だけど、何かが変だ…

「こ…これ」


「ふぉっふぉっふぉ。なかなか緊迫した状況になっとるのぉ?…力が欲しくてウズウズしとるんじゃないかな」

 嫌らしい笑みを浮かべて、俺に語りかける人影があった。


 時間の流れが止まったように周りの全てが緩慢になる世界。

 目の前に現れたのは、俺にこんな呪いを与えた張本人。

 …爺さんの姿をしたグランドラゴンだった。

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