第103話 最終決戦 ー激闘3ー
「おぉ、世紀末的な叫びが聞こえてきたなぁ…ここらで筋肉ムキムキなって、服でも破く頃合いかな」
「…ベルセウブ様ノ復活二遅レテシマウ。ソロソロ死ンデモラウゾ」
レンの軽口に応えながら遺跡の方を気にするオエイレトは、戦い始めてからレンに決定打を与える事が出来ず攻めあぐねていた。
剣神流の技などを駆使してレンがかなり上手に立ち回っていたと言える。
焦りを振り払うように、地に張った四つの脚に力を入れると前傾姿勢へと移行する。
自分以外の二柱がやられ、主人(ベルセウブ)が本来の姿を現さなければならないほど追い詰められている状況に焦っているのだ。
よもや主人が負けるとは思っていないが、すぐに駆けつけなくてはならない自分が、格下相手に時間を取られて良い理由にはならないと、さらに力を溜める。
「ギギッ…」
昆虫の様な顔から息が漏れた。
レンは肩に刀を置き、半身に構えその動きを注意深く見ていた。
背中に冷や汗を浮かべながら。
…おかしい。
嬢ちゃん達は勝ったっぽいのに、俺んとこに誰も来てくれへん。
変則的な動きで誤魔化しやってきたけど、奴さんも本気になってるみたいやし、マジでヤバイんやけど…
俺が世紀末救世主を呼びたいくらいやわ。
「ガアァァッ!」
鎌から放たれた真空波が咄嗟に屈んで躱すレンの腰上を通過する。
真空波が木々を切り裂き互いの視界を遮る。
オエイレトはその隙を逃さない。
虫の様な細い四つ足を操り、太い幹を持つ樹木を隠れ蓑に使う。
瞬時にレンの側面に躍り出た。
「ちぃっ!チョコマカと厄介な奴やで」
屈んで反応が遅れ、何とか刀を間に差し入れるが背中に鎌が刺さり、思い切り蹴り飛ばされてしまう。
「ガハハハッ!遂二追イ詰メタゾ」
追撃せんと走ってくるオエイレトは大きく跳躍すると、鎌と反対の腕を槍に変化させ大きく跳躍した。
「ぐっ…あかん」
痛みで言うことを聞かない身体を小さく丸めて目をつぶった。
頬に当たる殺気と風圧が肌を泡立てさせる。
感覚が研ぎ澄まされ、少しの変化も感じ取れるようだ。
なのに身体は思うように動かず、ただイタズラにその時をゆっくり待つだけだった。
しかし、変化は起こった。
「剣神流奥義…「「唯一無二」」
剣神流には珍しく二人で同時に放つ必要がある大技で、二人の息が完全に合っていないと本来の威力を引き出す事が出来ない難しい斬撃が、恐ろしい速度で迫っていた漆黒の身体をいとも容易く吹き飛ばした。
「グゥオォォオッ!?」
両腕を斬り飛ばされ跳躍の勢いそのままに、レンを飛び越え木に激突してようやく止まる事が出来たオエイレト。
「…おそくなりましたレンさん」
「ま、間に合ったんだから文句言わないでよね」
「ふぉっふぉっふぉ。レアちゃんを届けておってな、遅くなってすまんのぉ…ラージヒール」
応急処置として傷口に治癒魔法を掛けるアールヴに、吹き飛んだオエイレトを油断なく警戒するバンゼルとキリカ
その二人の頼もしい背中にレンは目頭が熱くなった。
「ぅっ…ぜ、贅沢言わんわ、助けに来てくれておおきにな」
「うわっ、なんか素直なアンタって変な感じね!」
「キ、キリカっ!」
素直に感謝するレンを後ろに軽口を挟み合う二人を他所に、アールヴがユウト対ヘッケランの状況を伝え、早々にオエイレトを撃破するべきだと助言していた。
「ゥググ…雑兵ドモガ、調子二乗リオッテ!何匹来ヨウトモ雑魚ハ雑魚ダ、マトメテ殺シテヤル!」
失くした腕を再生させながら、オエイレトが起き上がり吠える。
負けフラグを立て始める相手を見ながら、ギリギリと歯を食いしばりながら呟き応える。
「はやく…はやく…」
バンゼルは今にも飛び出してしまいそうだ。
しかし、奥義を伝授された事で悪魔を見ても、バーサクモードにならなくなった彼は自分を抑えられるようになっていた。
流行る気持ちまでは止まらないようだが。
「…よっしゃ、ばっちりや。いっちょ、火力ぶっちぎりでいわしたろかぁ!」
「ま、まだよバンゼル!まてよ、まてまて…」
「キ、キリカ…い、犬じゃないんだから…」
キリカの扱いに冷静さを取り戻すバンゼルを他所に、レンが復活した事で飛龍すら簡単に狩れるほどのパーティーが出来上がる。
アールヴの補助も受け万全の三人は変体を繰り返し、様々な攻撃を行う高位悪魔を圧倒していくのであった。
ーーーーユウト×ヘッケラン
巨大な火球が二人の中心で凌ぎを削り、やがて爆発を起こす。
シャルの障壁に守られて不服そうな顔をしているのは、真紅の炎弾を放ったレアだ。
一方、爆発の向こうで黒炎を放った存在は、白く輝く天使の羽根に包まれており、身長もゆうに4mはあろうかと言う巨大な鬼のような怪物…覚醒したベルセウブだ。
そんな漆黒の堕天使は愉快そうな声を上げていた。
「むぅ…あいしょう…わるい…」
「あーっはっはっ!やるでは無いか人族の子供よ。褒美として殺さず吸収してやろうではないか」
「…きも…い」
鬼天使とでも形容できそうな巨人は、見た目こそ人型はしているが当然に異形。
4本の腕に六枚の翼を有しており、頭からはツノが、口からは鋭い牙も覗いている。
常人なら見ただけで気絶しそうな外見とオーラも放っており、膂力の高さは言うまでもないだろう。
それに、『都市喰い』の称号を持ち魔力ブーストが掛かる、レアの特大魔法と引き分ける程の魔力も見せていた。
ただ、レアとの引き分けに関しては、ヘッケランの時は抑えられていた瘴気が解放されている事と、ベルセウブから溢れ出るそれを散らす魔法を同時に展開しなければいけなかった事を差し引いての話だ。
さらに、悪魔に対して優位属性である聖属性の魔法を持っていない点も不利に働いているだろう。
「お姉様」
「…えぇ」
二人は短く頷き合うと、魔法合戦がひと段落着いた戦線へと返り咲く。
「シャル、俺たちも行こう!」
「分かりました…最善を尽くします」
いくらアイテムで補っていても基礎レベルの低い俺とシャルでは、足手纏いになる可能性が高い。
二人で左右に分かれ先程までと同じようにティファ達の援護に回る。
マジックワームを起動させるとタイミングを合わせ走り出す。
…正直言って、めちゃくちゃ怖い。
三人の戦う余波ですら、俺とシャルは簡単に死ねるんだ。
アイテムで守りは固めたけど、防御系アイテムはこれで底を尽きてしまった。
本当なら高レベル者に任せて引いて見てる方が正解なんだろう。
だけどティファ達だけでは火力が足りない…
俺が戦えれば十分勝ちは拾えるはずなのに、俺が変な呪いに侵されたばっかりに。
「くそっ!リロードオン、ゼギスの雷槍!」
フードを外しベルセウブの視界外から、第九位の雷撃を纏った槍をぶん投げる。
俺の手から離れた瞬間、轟音と共にガードした手を貫い…くことは出来ず止められてしまう。
「ぐっ、小癪な!そんなに死にたければ、まずは貴様から殺してやろう」
無傷な方の左腕をかざすと、掌の前に黒い雷が収束されていく。
「やばっ」
アイテムボックスから反射か無効化のアイテムを取り出そうとするが、相手の攻撃が整う方が早い。
「させませんっ、断罪の輪!」
ベルセウブを挟んで反対側のシャルから特殊スキルが発動し、光の輪が雷を放とうとする腕に食い込む。
「これは、聖属性か!小娘が、死ねっ魔槍カマドウマ!」
次元の裂け目から取り出した骸骨の装飾が付いた、禍々しい槍をシャル目掛けて放つ。
…しまった、攻撃対象がシャルにいってる!
「きゃぁあっ!」
シャルの悲鳴と共に地面が抉れ砂埃が巻き起こる。
「シャル!!」
「…だ、大丈夫です!でも、後一回しかありません!」
心配は杞憂に終わったが、身代わりができるアイテムが残り一つだと告げられる。
「レア、代わりますわ。お姉様、わたくしは支援に徹しますので、攻めはお二人にお任せいたしますわね」
自分では決定打に届かないと察したメリーが瘴気を散らす役と、フォローに徹すると宣言し二人に笑みを向ける。
「頼みました。では、行きます…限界突破!」
「ごくごくっ…ぷはっ、わたしも…限界…突破」
それに応えるべく二人も態勢を整えベルセウブ目掛けて走り出す。
それぞれスキルと魔法の詠唱を始めながら。
「ええい、小賢しい奴ら共よ!この程度で我に勝てる気かっ…一纏めに殺してくれよう。虚無界の門(ゲヘナゲート)!」
ベルセウブの頭上に巨大な次元の亀裂が現れ、漆黒の虚空からは怨嗟の声と黒霧が現れた。
効果範囲にいる俺達は、どんどんHPを削られてしまう。
「やばい…範囲に継続ダメージがくる、中断させるには大ダメージ判定がいるぞ!ティファ!」
「はっ!スキル聖女の讃歌…皆は隙を作って下さい、一撃でいきます」
ティファが聖なる光を纏い力を溜めていく。
支援に回っていたメリーが多方向からクナイの雨を降らせ、レアからは氷の槍が降り注ぐ。
「うはははっ、甘い、甘すぎる。あの宿主が望みを託した相手がこの程度とは情けないぞ」
六枚の翼と四つ腕で二人の攻撃を器用に捌き余裕を見せるベルセウブ。
「うるさい」
…ヘッケランが託した?
俺に、何をだ?
せいぜい互いに自分の信念通り生きるくらいの話しか無かったはず。
「同化していた間の苦悩は実に快い物であったぞ?貴様と敵対したくない思いと、己が矜恃と契約に挟まれた愚かな男のな」
「うるさいっ」
…あいつ、そんな事を。
人のこと不器用とか言ってたけど、自分だって十分不器用だろ。
「最期の時など縋りたくて必死だったのだぞ?はは、うははははっ!人の苦悩する様はなんと美味な事か!」
「うるせぇぇえっ!リロードオン、天獅子王の牙!」
俺のとっておきレアアイテムを発動させる。
獅子を統べ天を翔る事ができるワールドモンスターのドロップアイテムだ。
滅多に参加しないレイドハントに加わって、運良く回ってきた貴重な物ではある。
だけど、アイツを馬鹿にするのは許さねぇ。
こいつで一気に畳み掛けて、俺の仲間を侮った事も全部後悔させてやる!
牙が手の中から消滅し、電磁加速砲(レールガン)並みの巨大な光線が放たれ、俺は衝撃で後ろに吹き飛んだ。
「なに!?これはっ…グゥオォォオッ!!」
「…ど、どうだ!?」
ベルセウブはガードした翼ごと左半身を消失させていた。
虚空界の門は閉じれたが、決着打とまではいかず生き残っている。
「みな、今です!畳み掛けますよっ」
「ここで、真打ち登場や!!ブレストショット」
「花鳥風月!」
「飛花落葉!」
ティファの号令に反応したのは、俺と反対の森から現れたレン達だった。
三人の斬撃が、半死状態のベルセウブを斬り刻んで行く。
「くっ…かったぁぁい!」
「うん。ダメージが殆ど通らないね…あれが悪魔達の王ですか?勇者様」
勢いそのままに二人が俺の前に文字通り飛んできた。
さすが剣神流の上位者なだけあって動きに目を奪われそうになる。
「いや、あれは悪魔王の側近で一番強い奴だよ。それより、二人とも手を貸してくれて助かる、ありがとう」
二人が一瞬顔をしかめた。
この強さで悪魔王じゃないことに驚いてるんだろう。
「これは僕の戦いでもありますから」
「わたしも…えーっと、武者修行にちょうど良いもの!」
…キリカちゃん、今絶対その場で理由考えたよな?
まぁ、無粋なツッコミはやめておこう。
もう一度お礼を伝えておくと、二人は苦笑いで頷いてくれた。
「レンは…シャルのところか。ベルセウブは追い詰めたけど、たしか、最終形態で襲ってくると思う。死なないように気をつけてくれよ」
「そんな事知ってるなんて…」
「さすが勇者様ですね。悪魔を殺すのに貢献できるよう頑張ります」
…キリカちゃんは相変わらずだけど、バンゼル君はだいぶ変わったな…
悪魔を目の前にしても飛び出さず冷静さを保ててる。
「ウゥウゥゥ…」
トドメを刺さなかったベルセウブは、また黒い霧に覆われていた。
その奥から唸り声が漏れている。
俺達もきっちり勝ち抜くために全員で一旦集まった。
「最終形態は、たしか獣タイプだったはずだから、ブレスや尻尾を使った攻撃には注意してくれ」
ポーションを飲みながら皆が俺の話を真剣に聞いてくれる。
その顔に憂いは無く、やる気に満ちているように見えた。
これだけ揃えば十分に勝機はあるはずだ。
一つ一つ、しっかり丁寧に勝ち筋を手繰り寄せて行こう。
皆の命は俺に掛かってると思って。
今度は取りこぼさない。
後悔はもう充分だ、絶対にミスらない。
「よっしゃ、回復もばっちりや。あちらさんも準備終わるみたいやし、あともう少し気張っていこか!」
「勝手に仕切るんじゃありませんわ変態」
「毒吐きすぎやろ!?」
「ふふふ…」
「あはははっ」
二人の漫才に笑いが漏れ緊張が和らぐ。
しかし、時間は待ってはくれない。
束の間の談笑を背にベルセウブの霧が晴れて行く。
…あと少し、そう、もう少しだ。
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