第80話闘いの始まり

「はぁ…はぁっはぁ、はぁっ」


 自身の胸板くらいの大きさがある緑色の石板を大事そうに抱え、身長1メートルくらいの羽を生やした少年が何かから、必死に走って逃げていた。

 …何故飛ばないのか?

 それは、ここが樹木の多いトプの大森林だと言う事も影響しているが、彼がまだ幼く重い石板を抱えて自由自在に飛べる程の能力を有していないからに他ならなかった。


 自分にもっと力があればと歯噛みしながらも、彼は必死に走り続ける。

 力ある仲間達が居る里を目指して。



 …ビュンッビュンッ!!

「くっ、はぁぁっ!」

 背後から飛んでくる雷の矢を透明なシールドを召喚して何とか弾く少年

 風の精霊として無詠唱化した魔法は使えるが、大人達が使うような力も技術には遠く及ばない。


 そして、背後から迫り来る追跡者の魔法力は少年よりも強く、力の差は明白だ。

 それでも諦めずに助けを求めデタラメに走る。


 だが、様子がおかしい…


 精霊達の里は森の中に点在し、侵入者を拒む結界は張られている。

 しかし、同族には常に入り口が開かれているはず。


 なのに、走れども走れども入り口が一向に見当たらない。

 それどころかパニックに陥っている少年は、自分が森のどの辺りに居るのかすら見失ってしまっていた。


「ウォータープリズン!」

「がっ…うわぁぁっ」

 追跡者の放った水の牢獄からは辛うじて逃れたが、余波に当てられて転んでしまう。


「ようやく追いつきましたよぉ。イケませんねぇ、イケませんねぇ…さぁ〜石板を返しなさぁいっ」

 2メートル以上はある体躯にピエロのような顔を持ち、背中からは蝙蝠の翼を禍々しくした翼を生やした異様な男が少年に迫る。


「…くそぅっ、はぁぁっ!!」

 戦うしか無いと覚悟を決め、自身の最も得意とする攻撃魔法、風の刃を象った旋風を少年は追跡者に放った。


 放たれた旋風は途中の木々を軽々と切り裂いて追跡者へと迫る…が、

「ウォールウィンドー!」

 しかし、追跡者の魔法による風壁に旋風は軌道を変えられると、無残に上空へと受け流されてしまう。


「イケませんねぇーイィケませんねぇ!!大人しく石板を返せば楽に殺してあげたものおぉ〜あなたぁ、逝きたいのですねぇ?」


「これはお前の物じゃないっ!死んでも渡すもんかぁっ」

「…では、イキなさぁ〜いぃ!」

 両手の爪が鋭く伸び変化すると、往生際悪く言う事聞かない少年へと向けられる。


 追跡者は翼を使い飛び上がると、一気に少年を串刺しにしようと襲いかかる。



「…えありある…ばーすとっ」

 少年まであと少しと迫っていた追跡者は、八方から襲い来る風の砲弾、その暴力的な力に吹き飛ばされた。

「うぎょえぇ〜イクイクウゥ〜」

 ドスドスと転げる追跡者が口に入った土を食べながら顔を上げると、そこには一風変わった一団が居た。



「…良く頑張りましたね。少年、ここからは私達に任せなさい。」










 ーーーー剣神流 道場 奥の間

「お主っ!いつからそんなに偉そうな口を利くようになったでござるかっ!!」


「事実をありのまま伝えただけじゃ無いですか…」

 日本の江戸時代に居た『武士』をリスペクトしてやまないと言った風貌の男の声が、奥の間から外へと漏れ聞こえる。


 殺気すら孕んだ怒気は、襖の向こうで盗み聞きする門下生達の肩を跳ね上がらせるには十分過ぎる効果を持っていた。


 しかし、道場の最奥で上座に座る魔族と人のハーフであるジゼールはピクリともせず、向かい合うバルゲルに淡々と説明するのみだ。


 …ガタッ…カタカタッ…

 先ほどまでは気配はあっても音を立てていなかった襖の向こう側が慌ただしくなった。


「ベアーレ、ただ今帰りました。…と言っても師ガリフォンはおられないか。」


「おぉっ!良いところに来た!お主からも童に言ってやってくれ、拙者の話に耳を貸さんで困っておったのじゃ。」


 バルゲルはベアーレを見た瞬間、大いに破顔すると、助力を求めて先に仲間へ取り込もうと捲したてる。


「…まずは13代目【剣聖】への就任おめでとう。そこの座り心地はどうかな?」


「良い訳無いじゃないですかっ、知ってるでしょ?…だけど、俺はやるべき事をやるだけですよ。」


 ベアーレは横で騒ぐバルゲルを抑えながら、ふむと頷きジゼールの横を見やる。


「で、何故貴方がおられるのです?時期【森の魔女】プリステラ殿」


「あらぁ〜お久しぶりねぇ?覚えていてくれて嬉しいわぁ」


「そうじゃ!その怪しい女は何なのじゃ?!何故主のような者がそこに座っておるっ!!」


 ベアーレの会話を聞いて、思い出したかのように当然の表情でジゼールの横…つまり、師範のみが座る事を許される雛壇に座っているプリステラを糾弾するバルゲル


 煩いから黙っていろとベアーレに言われてもへこたれず、気に入らんと騒ぎ続けるバルゲル…

 ちなみに、二人は同期の仲だ。

 ちょっと、本気でコイツつまみ出してと依頼されるバンゼルとキリカも苦笑いしている。


「ジゼール…師匠と呼んだ方が?」

「俺はお二人の師匠では無いですよ」


 そう言いながら軽く笑い合う二人には、信頼を伺える仲のようだ。


「なぜジゼールのレベルが跳ね上がったのか、師ガリフォンが突然次代に席を譲ったのか…貴方がいるのを見て、何となく理解は出来ました。もちろん納得はいきませんが。」


 そう言うと、さつきまでの和やかな雰囲気は一変して殺伐とした空気が流れる。

 それはまるで喉元に刀を突きつけられていると錯覚する程で、その証拠にキリカは腰に帯びた刀の柄を握ってしまっている事からも読み取れるだろう。


 暫くは誰も言葉を発せず剣呑とした空気が漂う…

 そして、その空気を破ったのはジゼールであった。

「ごくっ…では、俺と決闘しますか?剣神流をかけて」


「……いや、私も研鑽は積んだつもりだが今のジゼールには勝てんだろう。しかし、弟弟子の元で学ぶ訳にもいかんだろうから、俺はここを出よう。」


「「えっ!?…」」

 ベアーレの卒業宣言を受けて門下生達が騒ぎ始め動揺が広がる。


 それだけ彼が慕われていると言う事だろう。

 何故なら、剣聖であったガリフォンはいい加減でジゼールは引きこもり、バルゲルは煩くて面倒なキャラと…

 一番まともで頼られていたのが、面倒見の良かった兄貴肌のベアーレだったのだ。


 ちなみに、最近序列の上がったバンゼルとキリカも人気は高く慕われている。



「…拙者は納得いかん。決闘じゃ!」


「お前とジゼールではレベル差が大き過ぎる。5レベルも違えば致命的だぞ?」


 ジゼールは91までレベルを上げており、ベアーレよりもレベルの低いバルゲルでは勝てる要素が無い、と自重を促すが素直に気聞いてれる相手では無かった。


「分かりました。13代剣聖を賭けて決闘を受けさせてもらいます。」


「…思い出すのぉ?昔のようにみっちり稽古をつけてやるぞ」


「…お手柔らかに頼みます。」


 何年前の話だと思いながらもジゼールは心の中で好都合だと笑う。

 自分がまだ門下生達に受け入れられていない現状を理解しており、バルゲルは煩いが腕は認められているし引き篭もりだった自分よりは認知度が高い為、ここで実力差を見せれば皆の印象を変えられると見込んだのだ。


「ふぅ。では、俺が立会人を務めよう。」


 ベアーレも二人の意思が固そうなのを見ると、諦めて勝負を見守ると伝える。


「あぁらぁ〜わたしを賭けて二人の殿方が真剣勝負なんてぇ…濡れてしまいますねぇ」


「【大森林の魔女】がこんな所で油を売っていて良いのですか?エキドーラ様の事もあるでしょうに。」


「わたしわぁ〜まだぁ、【逢魔の森の魔女】よぉ?ここみたいにぃ継承はしてないのぉ」


 ベアーレが魔女の存在について詳しいのには訳がある。

 彼、シルヴァの一族は大森林で、代々獣族達の長を務めており、実力的にも実父である現首長ゴーヤの跡を継ぐのはベアーレで間違いないと言われている。

 そして、その首長の役目は大森林に生きる者達と精霊王の守護なので、同じ【森の護人】である魔女の事はしっかりと把握しておかなければならないのだ。


「うふふぅ。あの子との約束だからぁ」

 恋する乙女のように斜め上を見ながら呟いている


 これは何を言ってもどうせ無駄だと、プリステラの説得は諦めてベアーレは二人の間に進み出た。


 周りで稽古していた弟子達も固唾をがぶ飲みしながらその時を待っている。


 ジゼールとガリフォンの立会はバンゼルとキリカにプリステラを合わせた三人だった為、門下生達はいきなり新師匠だと言われてもイマイチ実感が湧いていなかったのだ。


 だからこそ、自分達が研鑽し目指すべき頂きなのかどうかを、この戦いで見極めたいと言う思いが強いのだろう。



「…ジゼールよ、拙者は真剣で構わんぞ?その方があの頃を思い出しやすいしのぉ」


「どちらでも良いですよ…じゃあ、真剣でやりますか。死んでも恨みっこ無しでお願いしますね。」


 兄弟子としてジゼールをシゴいていた時を思い出させようとニヤつくバルゲルに、ジゼールは若干苛立った表情で返す。



「では、剣聖の座を掛けた真剣一本勝負……始めっ!!」


「「はぁぁあっっ!!」」


 二人の剣士が全身全霊をかけた決闘が始まる。

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