第68話開戦と終戦

ーーーー要塞都市 バノペア


 帝国暗殺部隊によるレン達王国主戦力殺害計画が失敗に終わり、帝国側の総大将【堅牢】ドーンが吠えた夜が明けた、あくる朝…


 仕切り直しとばかりに、朝からドーン将軍は整然と並ぶ各部隊の隊長達に檄を飛ばしていた。


「よいかっ!今回の戦は帝国史でも二番目に大きく、皇帝陛下の勅命によるものだ。必ずやバノペアを落とし陛下に捧げるのだっ!!」


「「おぉぉっっ!!」」


  張り裂けんほどの返事が本陣一帯を震わせ、部隊長達は一斉に行動を開始する。

 ドーンが放った熱気を部隊の全員へと伝播させ指揮を高めるのだ。


 …パチパチパチッ

「さすが我等の隊長殿だ。昨夜の暗殺失敗の事など微塵も感じさせませんなぁ〜」


 拍手とともに現れた帝国四将が一人、【天魔】エラトー・パルフェーヌはドーンを茶化すかのように、のんびりとした口調と笑みを浮かべ何も無い空間から突如現れた。


「本陣でインビシブルなど趣味が悪いぞエラトー」


 皮肉に厳つい表情で憮然と返すドーンは、作戦を伝えるからと幕舎に入るよう顎をしゃくる。

 副官のニルは剣呑とした空気に逃げだす事も出来ず、急いで幕舎の入り口を開き直立不動の姿勢を保つだけであった。


「ご苦労様」と苦笑いを向けてくる壮年の魔術師に、極力反応しないよう最敬礼で応じるニルは胃が痛い思いで一杯だ。



 ドーンは幕舎内の会議机を挟んで奥に腰掛けると、女官に三人分の飲み物を持ってくるよう指示し、エラトーに座れと向かいの席を視線で指し示す。

「三人分」と言われた時点で自分も話し合いに参加するのか、とニルは心の中で乾いた笑いをするが、当然ながら表情に出せる訳もなくエラトーの横で少し椅子を引き着席する。



「…この戦、どう思う?」


「どう?とは、何に対してだね?」

 前置きもなく出されたお茶に口をつけながら二人は話し始め、この戦争がシュウトによって起こされたもので気乗りがせず、さらに王国の特殊戦力についての懸念へと話は広がっていく。


「向こうさんは、裁きの三組ぐらいなんだろ?」


「はっ、未確認ではありますが…王国からの援軍と新侯爵の側近が配備されるとの噂が上がっております。」


「なるほどな…だけど、その為に色々と借り受けて来たんだろぅ?」


「あぁ…」


 優秀な密偵であるペルギーレからもたらされた情報を、ニルが確定では無いと付け加え説明するが、仮に援軍が事実であっても備えがあるだろうと対策を指折り数えさせるエラトー


 しかし、失敗の許されないドーンは浮かない顔のままだ。

「帝国の守護者たる君が何をそんなに恐る?まさか、軍を率いる実戦経験が…などとは言うまい?」


 …ドンッ!

「そんなことあるかっ!…ただ、新侯爵の配下は侮れんのだ。」


 ニルは激しく叩かれた机の音にビクリと体を震わせ二人の将軍を伺う。

 この二人は決して仲が悪い訳では無いが、レベルが同じで方や「守護者」で、もう片方は「切り札」なのだ。

 常に最悪のパターンを想像して行動するドーンを、自分の力で戦況を覆すエラトーは「めんどくさい奴」と考えている節がある。


 しかし、ドーンが心配するネタを提供しているのが、同じ四将で【天撃】アレスだとすれば無下にはできないと、ユウト侯爵麾下の魔術師に想いを馳せた。



「お言葉ではありますが間も無く開戦の折、結論行くしか無い時と思われます。指揮に関わりますのでお二人には突撃の合図をお願いしたく…」


「…そうだな。お前の言う通りだ。」


 鋭い表情で立ち上がるドーンを見て、「ようやくか」とエラトーも考えるのをやめて立ち上がる。

 二人の将軍と副官は、今かと今かと待つ帝国兵達の前線に立つのであった。











ーーーーバノペア 迎撃前線


「おっぱじまったなぁ、久々にレン様無双のお時間ってやつやな〜」


 笛の音と地鳴りが始まった事で、帝国の進軍を察知したレンは、いつもと変わらない表情で呑気に感想を漏らす。

 横で聞いていた【裁き】と【秩序】の四人は、乾いた笑いを返すとそれぞれの行動を開始する為、前線を離れて行き代わりに実質総大将のオリバーがやって来る。


「かなりの激戦になるだろうが、貴公であれば皆を導いてくれると信じているぞ。」


「オリバーはいっつも固いなぁ。ガツンとぶちかまして来いっ!で十分やで?」


「はははっ…その調子なら問題なさそうだな?では、俺はアストルフ殿下の護衛に戻らせてもらおうっ!」

 レンの様子に倍の兵力差を受け持つ気負いが無さそうな事に満足すると、オリバーは馬を翻し本陣へと戻って行ってしまう。


「HP、MPはあっても体力は有限やさかいな…きっちり武功を挙げたるわいっ。」

 乾いた唇をひと舐めすると獲物を狩るハンターの目で、眼前の砂埃を睨む…


 レンの背後で王国兵達の掛け声が上がり、指揮が上がるのを感じ、オリバーとアストルフが上手くやったのだろうと前線部隊にもハッパを掛けようと後ろを振り返ると、遠見兵から指摘が入る。

「レン様っ!帝国の一番手は魔獣騎兵です!!」


「なんやてっ!?…ええか、お前ら!まずは命大事にやっ!隊列組んで迎え撃って、ガンガンいこうぜに備えるんやぞっ!!」


「「おおうっ!!」」


 機動力攻撃力共に高い魔獣騎兵を用意してくる帝国に本気を感じながらも、的確に指示を出し本人は出鼻を挫くため走り出す。


 モンスターである魔獣を飼いならして騎馬の代わりをさせる魔獣騎兵は、その戦闘力と比例するように、育てるのにかなりの時間と費用を必要とする帝国の重要戦力だ。

 その戦力を惜しげもなく導入してくるあたりに、帝国の用意周到さと本気度が垣間見えるだろう。



 しかし、オリバーに前線を任されたレンは、一方的に攻撃を受ける事で指揮が低下しないよう、自らの力で仲間を鼓舞しようと奮戦する。

「疾風迅雷、獅子奮迅!…おらおらぁっかかってこんかーいっ!!」

 スキルで能力を嵩上げする高レベルの元プレイヤーに、運悪く捕まった魔獣騎兵達はあっけなく数を減らしていく…


 だが、前線の範囲が広すぎてレン一人ではどうにもならず、帝国兵の槍が防衛線に食い込んで行ってしまう。


「くっそ…俺が後10人おれば何とかなるのにっ、これが物理職の辛い所やでっ!」


 愚痴をこぼしながら自分を無視して攻撃を仕掛ける魔獣騎兵達に、横から技を繰り出して行くレンの背後で空間が歪みゲートが現れた。










ーーーーアスペル 王国軍


 総指揮を取り帝国軍を退けたヘッケランは、背後で激突する熱量に一抹の不安を抱くが、この機を逃すべきでは無いと勝利宣言をすると王国兵から勝鬨が上がり、ボロボロになった兵士達は互いを称え生きている喜びを分かち合う。


 しかし、ここで主人のユウトが討ち取られたり捕まれば、全てが水泡に帰すとヘッケランは一人、冷や汗を流し最強のスケット…メリーの帰還を待ち望むのであった。




 ……

 一方、その頃メリーは…


「いったい…なんなんですの?ここは」


 メリーの呟きに答える者は誰もおらず、先程まで鬱陶しいくらいに居た帝国兵さえ、まったく見当たらないのだ…

 何が起きたのかと尋ねたくなる気持ちも当たり前だろう。


 見た目上は先程までとまったく変わらないグデ山を正面に見据えた平原の一角ではあるが、本陣付近のテントや幕舎が綺麗さっぱり消えており、戦の喧噪や鳥の鳴き声すら聞こえて来ない…

 まるで、一人別次元に取り残されたような感覚に、さすがのメリーも焦りと苛立ちを感じクナイを手に取ると、前後左右と上空に向けて思いっきり投げはなった。


「…幻覚では無いようですわね。」

 メリーが呟いた通りクナイは勢いに任せて飛んで行き、遥か向こう視界から消えて地面に刺さったようだ。

 …ヒュンッ…ストンッ

「上も異常なしと…」

 上空に放ったクナイは重力に押し返されて落下してきたので、どうやら異次元というのも微妙な感覚だ、と腕を組んで右手を頬に添えて考える。



 メリーが最後に覚えているのは、帝国将軍のアレスを追い詰めていたら、生意気そうな魔女が現れて何かを唱えると、一瞬意識を失ったようになって…ここに立っていたと言う事だけだ。


「ユウト様が心配ですわね…『記憶の扉』」

 自力での脱出は難しいと判断したメリーは、一度本陣に戻るべくアイテムをしようとする。


 ーーアイテムの使用できない空間ですーー


 頭の中でエラーメッセージが鳴り響き、手に取ったアイテムを見るが…扉が開く気配はなさそうだ。



「…ふざけていますわ…ふざけすぎですわっ!ざけんじゃねぇぞぉぉっ!!」


 アイテムを戻して怒りに肩を震わせていたメリーはついに爆発する。

 勢いに任せて範囲魔法や攻撃スキルを発動し始め、辺りに生えている木や大地を抉ることは出来ても、元に戻りそうな気配が一向に起こらない…


 さすがに疲れてその場にうずくまるメリー

 かれこれ10分くらいは閉じ込められていただろうか?

 肩で息をきっていたメリーの眼前に突如ゲートが現れた


「はぁはぁ…いかにも罠っぽいですけど、このままでは何も起こりませんわ」

 自分に言い聞かせるように立ち上がると何もない空間に浮かぶ漆黒のゲートに足を踏み入れる。


 …

 一瞬の暗闇から解放されたメリーの視界に飛び込んで来たのは、無残に横たわる帝国兵達の死体であった。

 辺りに漂うのも先程までの澄んだ草の香りでは無く、血生臭い鉄の香りだ…


「…戻ってきましたの?」

 眼下に広がる光景には特に興味を示さず、現実世界に戻れた事を安堵するメリー


 しかし、肝心の魔女やアレスの姿は見当たらず、既に逃げられたのだと悟ると追うべきか引くべきかを思案する。


「…残念ですわ。『記憶の扉』」


 深追いしてこれ以上不足の事態を起こす訳にはいかないと、ユウトの元に戻り状況を確認する事を決め、記録しておいた本陣へ戻るためアイテムの扉を潜った…









 ーーーーユウト対シュウト


 シュウトの放ったメガフレアバーストにより吹き飛ばされたティファと、受け止めきれずに自分も吹き飛ぶユウト…


 ティファに競り勝った事で笑みが溢れるシュウトも、大技を発動させた反動でさすがに追撃を放つ事は出来ないでいる。


「ははは…しっかし硬いなっ、さすがはレベル100のNPCだぜ」

 シュウトが感想を述べながら剣を肩に担いで俺達を見下ろす。



「くっ…ティファ!ティファ、大丈夫かっ?」


「うぐぐっ…申し訳ありません、不覚をとりました」


 頑丈なプレートメイルの胸当てが凹み、手を当てながら表情を歪めるティファに、生きていれば問題無いからと伝え、ポーションを飲ませようとアイテムボックスを召喚するが…


 俺の背後に落ちる影から人影が現れ、

 ガシッ…

 っと、ポーションを持った手を掴まれてしまい回復を止められる。


「ぐっ、ユウト様から離れろっ!」

 鈍い体を振り起こし背後に現れたコハルへと剣を突き出すが、身を捩られ簡単にかわされユウトを影の中へと引きずり込まれてしまう…



 …ズズスッ

 コハルは俺を羽交い締めにしたままシュウトの影から現れ、首元にチャクラムを当て動かないように命令する。


「はっはっはぁ!これで形勢逆転だな?試合に負けて勝負に勝つってやつだ。」


「…したり顔すんなよ、お優しいシュウトさん」

 アスペルを落とす戦には負けたが、俺を捕まえた事で自分の勝利を確信したシュウトは、首を絞められながら言う俺の嫌味ごとなど鼻で笑い飛ばし、ティファに剣を向けると「次の連絡を待て」などと、まるで誘拐犯のようなセリフを告げて帰還する為の扉を開く。


「ユ…ユウト様を、返せぇぇ!」

「背中の感触は惜しいけど…帰るのはお前らだけだよっ!『バインドストーン』『転身のカケラ』」

 ティファの叫びを聞きながら扉に向かおうとする二人に、標的まで(範囲5m)対象を引き寄せるアイテムを使い、強制的に扉の中へと向かわせる。

 そして俺自身は、初めから登録しておいた対象と入れ替わるとコハルの腕の中から消え去り、代わりに現れた厳つい老婆が腕に抱かれたままシュウト達と共に扉の中に入って行ってしまう…


「あれは…エゼルリオで会ったジェシカだったような?では、ユウト様は一体どこへ…」


 一人その場に残されたティファは、あの一瞬で何が起きたのか分からず、ただ呆然とシュウト達が消えた場所を見つめるだけだった。





……

 エゼルリオの街で奴隷商の元締めだったジェシカと入れ替わった俺は、エゼルリオまで飛ばされ孤児院の建設現場で資材に押しつぶされていた。


「おっ、お兄ちゃん!?」

「ユウトさん?一体どこから…アスペルで戦争中だったのでは?」


「と、とりあえず…たしけてくださいっ」


 慌てて集まって来た職人達に助けられたが、無駄に防御の宝珠を使ってしまい、資材も支えられない自分の能力値にガッカリしながらも、シャルやルサリィに状況を簡単に説明する。


「じゃあ、戦いに勝ったんだね!お兄ちゃん凄いっ」


「でも、一人取り残されてるティファさんは不安に思ってるのでは…」


「おおっ、そうだった!…んじゃ全部終わったら皆で祝勝会やろうな!」


 ゆっくりしている場合では無かったと、慌ててアイテムを発動させ扉を開き、そこに飛び込む前に二人と約束を交わす。

 今話した内容をセレス達やバンゼル達にも伝えてもらうようお願いして、俺はティファ達を安心させるべくアスペルへの扉をへ潜るのだった。

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