第69話災害レベルの大敗

 ーーーー 日の本


「……」


「……」


 帝国西端にある自治を許された独立国家『日の本』、その堀に囲まれた都市の入り口に現れた扉から出てきた三人組は無言のまま、ただお互いを見つめ合うのであった…



「……なんだい?照れるじゃないか。」


「キサマ、シュウト様に向かって何て口の利き方をっ!」


 ワザとらしくシュウトに向かって嫌味を言う元奴隷商のジェシカだが、転移した瞬間は何が起こったのかまったく分からなかった。

 しかし、しばしの沈黙で頭の中が整理され、自分が今どんな状況に置かれていて何に使われたのかを理解していた。


 …帝国と戦争をおっぱじめたのは聞いていたけど、噂の異世界人に捕まった身代わりにされるとわねぇ


 ジェシカはアイアンメイデンに手を出した事によりユウトの怒りを買い、命を落とす寸前まで窮地に追いやられていた。

 だが、「生かしておけば何かに使えるかも」との理由から、腹心のフォルスと二人で孤児院の現場作業員をさせられていたのだ。


 そして、その「何かの時」が敵に捕まった時の身代わりで、それによってジェシカが殺されようが生かされてようが関係無いとの使われ方だと言う事を悟っていた。


「で、ババァ…ジジィかっ?」


「ババァさね!」


「んで、ババァは一体何者だ?身代わりにされたんだ、ユウト達にとって大した存在じゃないんだろ?」


 半分ため息混じりに質問するシュウトの考えは、まさにこの状況の本質を得ていた。

 しかし、それを認めてしまえばジェシカは用無し…最悪、生かしていても邪魔だから、と言う理由で処分されても仕方ない状況だ。


 だからジェシカは考える。

 取り入る事は出来ずとも、なんとか不要だから無罪放免ぐらいには持っていきたいと…


「なぁ、アンタラもアイツの敵なんだろ?アタイもそうさ。…だから、あいつらの弱点を教えるから、このまま見逃してくれないかい?」


「ほぅ、弱点か。いいだろう、別にお前を殺しても得は無いし、奴隷に欲しくも無いしな」

 コハルがシュウトの横で激しく首を縦に揺らし同意する。


「はっ!あの侯爵が大好きなお姫さんは、王国東端のエゼルリオに居るさね。ただ、護衛として剣神流の剣士と聖女一行もついてくるけどねぇ」


「神国の剣神流ですか…シュウト様、あそこには私と同程度の力を持つ者達や、師範の【剣聖】ガリフォン・ルクレールに至っては私よりも腕が立つ程の組織です。油断は禁物かと」


 皇女であるシャルを狙い剣神流と事を構える羽目になれば、あの組織は中々手強いと真剣な表情で注意を促すコハル…


 しかし、当のシュウトからは剣神流の事など大したものではないと一蹴されてしまう。


「いいじゃないか。できればユウトを攫ってNPCを配下に置きたかったが、それが無理なら人質を取って強制的に従わすまでだ!」


 先の戦で大敗を喫したシュウトは、もはや手段など選ばずと、この混乱に乗じてシャルを人質にしようと考え始める。


「…タメになったようで何よりだね。あたしゃこれで失礼しても構わないかい?」


「シュウト様、宜しいのですか?」


「あぁ…次善の策と情報を提供したんだ、婆さんの命の対価としては釣りがでらぁな」


 シュウトの言葉に安堵の表情を浮かべ、笑顔で別れを告げようとするジェシカを遮り、ザ役人と言った背格好の男が三人を呼び止めてくる。

「シュウト卿、戻られましたか。皇帝陛下よりお話がありますので、至急オーガストリアに向かって下さい。そちらの老婆?爺さんですかな?も証人として同行されると良い。」


「あたしゃ、婆さんだよっ!」

 繰り返される爺さん婆さんのネタにジェシカが切れ気味に返すと、シュウトも雑な返事をする。


「ちっ!仕方ねぇな」

「シュウト様…」


 恐らくアスペルでの敗戦について説明をしに来いと言う話だろうと、シュウトは舌打ちをすると頭の中で予定を組み直す。

 …まだバノペアでの戦闘は続いている筈だろうから、最悪はそっちに加勢に行ってやると言って抜け出して、エゼルリオに行けば良いか



 シュウトは皇帝からの命令に渋々頷くと、役人の男からアイテムを受け取り扉を召喚する。

 当然、なぜか同行するように言われたジェシカも逃げる事叶わず、コハルと一緒にシュウトの後に続くしかなかったのであった…








 ーーーーアスペル 前線本陣


 戦の勝利に沸き立つ陣営にあって、浮かない顔を並べるヘッケランとティファ。

 ティファに至っては、落ち着いて待っていられずにイライラとしながら、あっちへこっちへと難しい顔を作り歩き回っていた。


 …最後に見た感じでは、ユウト様の作戦通りに事が進んだように見えたわ。

 きっと、知恵の回るユウト様だから、捕まったのもワザとで全てご準備されていたのよっ…でも、本当に大丈夫なのかしら?



 本当に作戦通りなのであれば、すぐに帰って来てもおかしくない筈が帰ってこないのは、イレギュラーな何かが起こったのではと心配するティファ

 そんなティファの不安を払拭する為、ヘッケランは『見鏡の水晶』を使いユウトに呼びかけるが、資材にサンドイッチされ、皆に助け出されていたユウトには届かない。


 その様子を見たティファは、さらにイライラを募らせていくのであった…



「ティ、ティファ殿、ユウト様の事ですからきっと大丈夫ですし、何か策があっての事でしょうから…」


「そんな事は貴方に言われるまでもありませんっ!」


 イライラが募り鬼神の表情を見せるティファが、分かりきった事を抜かすヘッケランを鋭い視線で射抜き、ヘッケランが大量の冷や汗を流していると…

 突如、目の前に扉が現れた。


「「ユウト様っ!!」」


「…どうされましたの?」


「「……」」


 二人が期待の視線を向けた先に見たのは、腑に落ちない表情で扉を潜り出てくるメリーだった。

 メリーからすれば、自分が戻った事で喜ばれはすれど、ガッカリされる言われは無いと、さらに表情が険しくなり二人を見つめ返す…


「い、いや、メリー殿…これには訳が!」


 不穏な空気を察したヘッケランがメリーに現場の状況と、出現を期待したのがユウトだった事を説明する。


 ようやく納得したのか、メリーも自分に起きた事とアレス達を取り逃がした報告を始めた。


「…ほぅ。魔女とは珍しいですな、私も噂程度にしか聞いた事は無いですが、何でも珍しい魔法やスキルを使う限られた存在とか」


「わたくしは聞いた事がありませんわ。ただ次に会ったら、たっぷり苦しめてから殺して差し上げますわ!」


「…そうね。」


 魔女の話で盛り上がる二人を他所に、上の空で返事をするティファにメリーが心配し過ぎだと、ヘッケランと同じように大丈夫だと言い聞かせる。


「えぇ、それはそうなんどけど、御身をお守りする約束をした身としてわね…」



 …

「ほんと、心配し過ぎだって、ティファ!」


 三人からは少し離れた所に扉が出現したので、皆が振り向くよりも先に声を掛けると、ティファが笑顔で走り寄って来て…


 抱きしめられた。



「ユウト様、ご無事で何よりです。」


「あぁ、心配かけてゴメンな?一応は俺の予定通りに進んだと思うから、アスペル は俺達の完全勝利だ!」


 抱きしめられた勢いでティファの尻を撫でながら答えていると、「お元気そうで何よりです」と離れられてしまった…


 ヘッケランに防衛戦の指揮を労うと、命を救って頂いた恩に報いただけですと逆にお礼を言われ、メリーに関しては戻るのが遅くなった事と、アレスを取り逃がした事を先に謝られてしまう。


「いやいや、二人は十分過ぎる程の活躍をしてくれたさ!俺の方こそ大した活躍できてないし、あそこのハゲ親父よりは全員自分の役目を果たしてるだろ?」


 俺は兵士達と勝利に喜んでいる、都市長ゲイリーの後頭部を指差して笑う。

 たしかに泣き言しか言っていない奴よりはマシだ、と皆で納得し俺達四人は笑顔で勝利を祝いあったのだった。








 ーーーーバノペア 防衛線


 圧倒的な兵力差を前に前線指揮を執りながら一人奮戦するレン。


 そんなレンの背後に突如現れた空間転移のゲート…

 中からは二人の人影が現れ、必死に戦うレンはそれに気づく事ができないでいた。


「ふぉっふぉっふぉ…では、行きますかのぉ」


「…ぶっぱなす…」


 背後で湧き上がる魔力の気配に、さすがに異常を感じてレンが振り向くと、いかにも魔術師といった二人組がダイナミックな範囲魔法と、それを利用したコントロール重視の個別魔法を複数に向けて放とうとしていた。


「おぉっ、おチビにアールヴ爺さんやないか!?待っとったでぇぇ!」


 頼りになる援軍を見つけたレンは、各個撃破から魔術師を守るナイトへと役目を変更し、魔法を放たれる前になんとかしようと迫り来る魔獣騎兵や、前線に迫って来ていた歩兵隊の帝国兵達を相手取る。


「…さんだー…うぉーるっ!!」


「コントロールライトニング!」


 レアを中心とした高さ10mはある円形状の雷の壁が、ジリジリとその円を外側へと広げていく。

 その雷壁を使ってアールヴ魔法師長が雷槍を作成し、主だった帝国兵を狙い撃ちしており、その様子は正に魔法無双状態であった…が、しかし


「うわっち!!おいおい…おチビ!こっちまでビリビリ来とるぞ、これ巻き込まれたらヤバイって!?」


「おやおや、レア殿には聴こえておらんようだのぉ…撤退した方が良さそうじゃな。」


「なんでそうなんねんっ!?くっ、でも言うてられへんか!退却、全軍退却やっ…巻き込まれるでぇぇ!」


 専守防衛に励んでいた王国兵達はレンの合図に素早く反応し、前線を引いて行くが…押し込んでいた帝国兵達は、前進してくる仲間の圧力に負けて、どんどん雷壁の餌食となっていく…

 レアが放った魔法は初動の規模が小さく、帝国軍はなまじっか押していただけに、指揮官達は後退を判断するタイミングを誤ってしまったのだ。


「ひぃぃっ!」

「うぐがががっ…」

「いったぁっ!ビビビリビリ…かはっ」


 アールヴ魔法師長は転移魔法を利用して器用に雷壁を躱すが、周りを兵士に囲まれていたレンは迫り来る壁に飲み込まれててしまう。


 一般の兵士達では魔法の威力に耐えれる筈も無く…壁に当たると次々に悲鳴をあげ、通過しきった頃には口から煙を上げ、肉の焦げた匂いを辺りに撒き散らし、その場に崩れていくのみであった。



 …

「うぅむ…そろそろ止めねば、我々にも被害が出過ぎるのぉ」


「はっ!?し、死んだ婆ちゃんがビキニで俺を呼んどったで…なんて恐ろしい夢や」


 レアの雷壁にあてられて今際の淵を彷徨ったレンが、顔を真っ青にしてアールヴにクレームを入れる。

 お門違いのクレームを受けたアールヴは髭を整えながら、周りに放っている召喚獣達の目を使い状況を把握し、自国軍の被害が軽微なうちでの撤退を決める。


「レン殿も起きた事じゃし、一旦バノペアに戻るとしようかのぉ?」


「おぉ、なんや分からんけど、これ以上カオスになるんは勘弁して欲しいわ!」


 直径1kmに迫ろうかと言う勢いで伸びていく雷壁と、辺りに眠るかのように死んでいる帝国兵達を見て、レンも潮時だとアールヴに同調する。



 …

 詠唱中のレアを無理矢理、転移ゲートに突っ込んで三人はバノペアへと撤退する。

 雷壁の中が露わになった事で、帝国兵達は王国軍を追撃する事も忘れ、戦意を失っていく


 ある者は匂いに吐き、ある者はその異常な光景に彼我の戦力差を思い知り発狂してしまう事すらあった。


 ノスグデ平原で行われた1回目の衝突は、記録上では平原を占拠した帝国軍の勝利となったが、王国軍死傷者5000に対して帝国軍25000と…記録とは異なる帝国軍の大惨敗となってしまう。




 …

「くそがっ!!だから言ったでは無いか、我らも前線に出るべきだとっ!新侯爵の一味は危険なのだ」


 被害状況の一方を受けて、机を叩き荒れるドーン

 それをエラトーは「あれは自然災害のような物だし、総大将の君が初日にやられたら話にもならんよ」と、めんどくさそうにあしらっていた。


 それでも収まりのつかないドーンは、指揮の落ちる自軍の兵士達に向けて『アレ』を出すようエラトーに命令する。


「分かっているさ。アレは白兵戦より攻城兵器として使うべき物だからね、明日は存分に暴れて真の勝利をもぎ取ってあげるよ」


「…その言葉に二言は許さんぞ?」


 ドーンの念押しに、話は終わったと適当に相槌を打ちながら幕舎を後にするエラトー


 残されたニルの頭の中では、酷い剣幕の総大将をいかにして明日の攻城戦で前線に立たさないか…これについての作戦で埋まっていた。

 エラトーの言う通り、総大将が討ち取られたなど、あってはならないからだ。


 ドーンの期限を取りながら頭を悩ませるニルは、今日の晩も胃が痛んで眠れないのだろうな、と諦めの悟りを開くのであった…

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