第63話一人でやり遂げる力

 …トントントンッ

 軽快なリズムでまな板を叩く音と、食欲をそそる良い香りが辺りを包んでいく。

 そこへ、扉を開け眠そうな眼を擦りながら一人の美少女がキッチンへと入って来た…


「おはよう、ルサリィちゃん…私も何か手伝うね」


「お姉ちゃんおはよう!こっちは大丈夫だから、顔洗って座ってて?もうすぐ出来るからねっ!」


 18歳のシャーロットが12歳のルサリィに食事を作らせ、さらに遅く起きてくると言う…エセヒエラルキーの頂点に立つ王族と、庶民の違いを見せつけられたのかと思いきや…


 実際は、早起きで料理を作ることに生き甲斐を見出しているルサリィと、城では従者が、旅ではレンに生活の世話をほとんどを任せていた、シャルとのスペック差なのである。


「ご、ごめんね、私の方がお姉さんなのに…顔洗って来ます。」

 自分の不甲斐なさにトボトボと顔を洗って出直すシャルは、廊下の天井を見ながら大きく息を吐き出す。


「ダメだなぁ…いつも誰かに頼って…私も一人で出来るようにならなきゃ。」


「…やぁだぁ!待ってよー!」

「きゃー!あはははっ!」

 ……ドンッ!

「いてっ!あっ、ご…ごめんなさい」


 考え事をしながら歩くシャルに、遊びながら走り回っていた子どもがぶつかり、怯えた表情で俯き謝ってくる。


 シャルは、そんな子供達の前にしゃがみ込むと「大丈夫?…痛いところは無いかな?」と、目線を合わせ優しく問い掛けてあげる。


「…うん!大丈夫!」

「お姉ちゃん、ごめんなさいっ!」


「はい、よく謝れました!じゃあ、今度はぶつからないように気をつけてね?」

 お姉さんぶるシャルは、怒られなかった事で元気を取り戻す子供達にウィンクしながら注意をする。


「はーい!」と、元気よく走る子供達の姿をを見て、昨日の一連の出来事を思い出す。


 …あの子達みたいな元気な姿が見れるのは、ユウトさんや…聖女様のお陰なんだよね。

 私じゃ、こんなにたくさんの人は救えなかったもん…はぁ、ほんとに私って非力なんだなぁ


 シャルはキッチンに戻ると、小さなテーブルでルサリィと朝食を食べながら今日の予定を相談する。

 昨日出発した他の仲間達からは、そんなに大事な連絡はまだ来ないだろうと、連絡係と合わせて依頼されていた孤児院の進捗を確認しに行く事になった。



 …

 シャルとルサリィが養護院を出ようとしていると、一人の顔色の悪い女性が尋ねてくる。

「すみません、こちらに聖女様がおられるのでしょうか?」


「あっ、いえ、聖女様は都市長会館におられますよ?」

 礼を言うと女性は重い足取りで都市長会館へと歩いて行く。


「セレス様に会いたい人って、イッパイいるんだね?」

「そうね、なんたって『聖女様』だもんね…」


 シャルはユウトの腕に絡みつくセレスの姿を思い出し、口をどからせながらルサリィに答える。


 皇女であり、エゼルリオを悪党レンの手から解放した英雄扱いされているシャル…しかし彼女の中では、あの時に救われたのは自分自身で、都市が解放されたのは副産物でしかないと考えている。

 その為、身分としは大した差が無いにも関わらず、セレスに対して引け目を感じているのだ。


 …

「おぉっ?皇女様だっ!!」

「…シャーロットさまぁ!」

 孤児院建設予定地に着くと、建築作業をしている職人のオヤジ達から野太い声が上がり、それはそれでシャルを苦笑いさせるのであった。


「みなさ~ん!おはようございます、今日もよろしくお願いします!」

「朝ごはんまだの人は、おにぎりもありますよー!!」


「「あざーっす!!」」


 二人の差し入れに職人達のテンションも上がり、動かす手には力が入って行く…

 体調が悪い者や、怪我をした人をシャルが『キュア』や『ヒーリング』で癒して行く姿を見て、ルサリィは羨望の眼差しを向ける。


 …いいなぁ、シャーロットお姉ちゃんは魔法が使えるし、皇女様だから権力もあって、ユウトお兄ちゃん達の力になれるもんなぁ



 二人は自分に無い物を持っているお互いの事を、知らず知らずの内に意識し合ってしまうのだった。


 そんな二人を他所に、巨大な養護院はその形を完成へと近づけていく…

 魔法やスキルが存在するこの世界では、高層階の建物でもない限り、現代文明よりも速いスピードで建てられていき、既に中の枠組みまで完成しつつある。

 後は、肉付けと仕上げを待つ所まで進んでいるのであった。



 ……

 一方で、都市長会館にも聖女来訪の噂を聞きつけた人々と、ジェシカ奴隷商会を壊滅させたアイアンメイデンに依頼を、と人がごった返し、普段はほとんど来る事の無い訪問者の対応に、都市長を始め職員は追われていた。


「はぁ…私達はやる事無いわね。お姉様達について行けば良かったわ!」

「いやいや、僕等は護衛の任務で来てるからね?それに、一応とは言え神国所属の僕達が、どっちかの国に加勢したら一大事になっちゃうよ…」


 戦いに飢えるキリカをバンゼルが宥めていると、一人の老婆が尋ねてくる。

「こちらに、皇女様はおられますか?」

 キリカは何か思いついたらしく、老婆を置いてアルニラムの元へと走っていく。


 バンゼルが老婆に孤児院の場所を説明していると、キリカが戻ってきて「私が案内してあげるわっ!」と笑顔で言い放つ。

 その発言に暇潰しになると踏んだのだろうと、バンゼルはげっそりしながらアルニラムを見ると…可哀想な人を見る顔で、親指をクイクイし「ついて行け」と言っている。


「…分かった、僕も行くよ。」


 三人は孤児院の建設地へと歩き出す。




 …

「あら?お二人とも、どうしました?」


「シャーロット皇女殿下にお会いしたいと言う方がいて、日中はこちらにいると聞いていましたのでお連れしました。」


 作業の監督をしていた二人の元に、バンゼル達が合流し、老婆はシャルに願いを告げる。

「どうか、地下道に現れたスライムを駆除して頂きたいのですじゃ…」

 さらにその話と時を同じくして、困った顔をしながら作業員の一人が手紙を持ってくる…

「すいやせん!実は、仕事道具を盗まれちまって…」

 手紙には道具を返して欲しければ指定の場所まで来いと、地図が書き示されていた。


「分かりました。…その依頼私が受けます!」

 思いがけない依頼ながら、自分の不甲斐なさに思い悩んでいたシャルは一人で依頼を受けると言い出す。


「いや、さすがに一人は危ないですよ…」

「分かったわ!私が付いて行ってあげるわっ!」

 バンゼルが申し出るよりも早く、キリカは即決で動くと言い、目がキラキラと輝いている。

 …良い退屈しのぎを見つけたという所だろう


「いえ、私一人で出来ます!」

「ダメよ、私だって暇…心配するじゃない?」


「わたしも、道具を取り返しに行く!」

「いやいや!君はもっと危ないから、僕が代わりに行くよ。」


 一人で…ダメだ、と揉め始める四人は最終的に基本一人で頑張って、無理なら剣神流の二人がフォローする事で何とか落ち着いたのだった。




 ……

 南の水路脇の道から、最近になって突然現れだしたと言うスライムの討伐に向かうシャルとキリカ。


 老婆から説明を受けた入口へとたどり着くが…

「こ、これに入るんですか?」

「汚いけど、仕方ないわね!」


 二人が見たのは、もう人の手が何年も入っていないであろう事が見て取れる、蜘蛛の巣に埃、泥やよく分からない液体がこびり付く地下水路への入り口だった。


 汚れに怯むシャルを他所にキリカは落ちていた枝を掴むと、見事な枝捌きで汚れを払いのけ進み始める。

 …どうやら、美女二人が汚されて「いやだぁ~べトベト…ネバネバァになっちゃったぁ」な展開は無いようだ。


 …無念!






 ……

 一方、街の北部廃墟群で指定された建物のを発見したルサリィとバンゼルは、ルサリィ指導の下、ボロ屋敷の中へと進んで行く。


「ほんとーに、わたし一人で大丈夫なんだよ?ユウトお兄ちゃんからアイテム預かってるから、一人で解決できるんだから!?」


「あぁ、うん。そうだね!でも、可愛い女の子が一人で危ない所に行くのは見逃せないかな?」


「ぶぅ~」


 無意識にキラキラした王子様スマイルで甘いセリフを吐くバンゼルに、ルサリィは頬を染める事無く、逆に膨らませて不満だとバンゼルを困らせる。


 …さすがルサリィ、天然たらし要素を持つバンゼルにも動じないぜ!!



 建物に入ると、地下へ降りる階段の扉がポツンと見える。

 危ないから僕がと前に出ようとするバンゼルを制して、ルサリィは『先見の眼鏡』を装着する。


「やっぱり…あの扉には罠があって、その扉の前にも罠があるよ!」

 眼鏡に映し出される情報を得意げに話すルサリィに、バンゼルはアイテムの効力についての認識を改める。


 …なるほど。普通なら専門ジョブのスキルが必要な事を、あんな物で代用可能なのか


 さらにルサリィはポーチから、発明王アキラ特性の簡易爆弾を取り出すと放り投げる。


「耳を塞いでっ!」

 ……ドガァァンッ!!


 爆発の衝撃で発動した罠…毒矢と麻痺効果のある取っ手の扉は吹き飛んだ。


「これ、アキラお姉ちゃんって人に貰ったんだけど、魔法の力があるんだって!」

 後付けで効果を説明するルサリィは、臆する事無く階段を降りていってしまう。


 呆気にとられていたバンゼルも、急いで後を追い階段へと続く。


 階段を降りきると、そこには分厚い扉があり…これも爆発するかと用意を始めるルサリィをバンゼルが止め、居合の構えで刀を構える。


 …シャキーン!

 金切り音が響いたかと思うと、分厚いだけが頼りの扉は崩れ落ち…その奥には、何が起きたのか理解出来ていない大男が、口をあんぐりと開けて固まっていた。


「えーっと…それっ!!」

 男が固まっているのを良い事にルサリィは、『誘側蝶の鱗粉』を振りまく。


「…ナンテウツクシイ女性ナンダ。ナンデモ、イッテクダサイ」


「え、え~っと…おじさんからぁ奪ったぁ、作業道具を返しなさぁい」

 ルサリィは身体をくねらせながら、精一杯セクシーなフリをして男に命令する。


 …げ、幻覚見てるのに、こんな事する必要があるのかな?…でも、お兄ちゃんが言うんだから間違い無いよね?


 後ろで必死に笑いを堪えるバンゼルは、心を無にして男とルサリィの後に続いて奥へと案内される。

 男はフラフラとした足取りで涎を垂らしながら、円形の広い部屋と入る…


「あっ!危ないっ!」

 先見の眼鏡を着けているルサリィの目には、罠を示す紅点がいくつも重なり合って見えており、男がそこに足を踏み入れた事に焦り飛び出してしまう。


 発動された罠は、大男とルサリィめがけて様々な攻撃を放ってくる

「…っ!!」

 今まで順調だった故に過信した自分を責め、ルサリィは覚悟を決めた…



「…疾風迅雷!」

 カンッ、キンッ!ブワッ、ガン、カーンッ!


「……えっ?」

 ルサリィに向かってくる数々のトラップを、バンゼルはスキルで強化したスピードをもって、その全てを斬り落としていた。

 あまりの事に唖然とするルサリィ……と、奥に潜んでいたローブを纏う怪しげな者達


「そんな奴、放っておけば良かったのに」

「だって…死んじゃうのはかわいそう」

 バンゼルはルサリィに手を差し出して起こすと、ローブの男達を睨む


「ひっ…ひぃっ!」

 男達は視線に怯えると何かを唱え始めた。


 男達の後ろに見える机の上に道具の箱を見つけ、峰打ちするには数が多いと悩んだ隙に、部屋の壁からボーンナイトが三体湧き出てくる…


「ちっ!!」

「グラチェスの種!」

 全員殺るかと決断しかけたバンゼルより先に、ルサリィが切り札を発動させると地面から湧き出した蔦が、その場にいる全員を捕捉していく。

「バンゼルお兄ちゃん!」

 レベルの高いボーンナイトは捕まえきれないので、バンゼルが各個撃破していく。


 ルサリィはその隙に道具箱へと手を伸ばすが、箱の取っ手を掴んだ瞬間…


 最後の罠が発動した。


「きゃぁぁああ!」


 …シュルルッ…ガシッ!

 机の周り一帯が落とし穴と化して、逆さまに落ちようとしたルサリィの足首を、地面から追いかけてきた緑の蔦が捕まえた。



「はぁぁあっ!…ルサリィちゃん!大丈夫っ?」


「…なんとか」

 片手に道具箱を持ち、もう一方でスカートを抑えながら、逆さまに落とし穴から引き上げられてくるルサリィ…

「無事で良かった」と胸をなで下ろすバンゼルに、「エッチ」と頬を染めるのであった。





 ……

 そして、地下水路を歩く美女二人は…


「ちっ!このスライム、斬撃が効かないっ!?」


「キリカさん…」


 お目当てのスライムに囲まれていた…

 元々斬撃に耐性を持つ種類の多いスライムだが、中でも斬撃無効の特性を持つバブルスライムが相手なので、シャルのスキル『断罪の輪』を使ってもダメージを与えられず困る二人を、バブルスライム達が囲んでいく。



「そうだっ!…キリカさん、私の所へっ!!」

 ユウトから渡されたポーチに手を入れると、アイテム『アイスーの実』を使い、シャルはキリカを抱きしめ自分達の周りに障壁を展開する。


 すると…障壁ごと飲み込もうとしていたスライム達に霜が降りていき、みるみる内に凍りついていく。

「これなら行けるわっ!皇女様!」

 それを見たキリカは障壁を解除させると刀を鞘に収めたまま、動けなくなったスライム達を破壊し蹂躙する。


 スライム達の残骸を見ながら、しぶとさに不安の残るシャルが呟く…

「これで、大丈夫なのでしょうか?」

 しかしHPが尽き、床に散らばる姿を見て「これで大丈夫よっ!」と、自信満々にキリカが答える。



 …

 その後、結局は水路で服を汚しつつも、依頼は解決したと判断し来た道を戻る二人。


「…グォォオオ!!」

 通路脇から突然現れた巨大な人型スライムが、シャルを目掛けてパンチを放つ

「危ないっ!?」

 …ドボォォン!

 キリカはシャルを突き飛ばして逃すが、逆に自分はスライムの中へと取り込まれてしまう…


「キリカさんっ!」

「うぐっ…あばっ」

 透明な巨人型スライムの中に、苦しそうにもがくキリカが見え、シャルは何とか助けようと考える。


 …早く、早く、何とかしないとキリカさんが死んじゃうっ!


 …ジュ…ジュゥゥ…

 スライムのスキル『溶解』により、キリカの服や髪の毛が少しづつ溶け始める


「キリカさんっ!!…もう、これしかないっ!」

 意を決したシャルは、溶かすのに必死なのか動きの鈍いスライムに、第七位魔法【エアストーム】の込められた巻物を解放した。


 …ゴゴゴォォ!…ブゥオォォ

「きぃやぁぁ!」

「きゃっ!」

 スライムにぶち当たった荒れ狂う突風は、スライムの体を分解した上に、中のキリカとアイテムを使ったシャルまで吹き飛ばした…



「…ごほっごほ、はぁ…死ぬかと思ったわ」


「いたた…ごめんなさい!私のせいで、大丈夫ですか?」

 シャルはキリカへと駆けつけ【ヒール】を使いダメージを癒す。


「ううん、私こそ助かったわ!ありがとう、皇女様!」

「いえ!私の方こそです、ありがとうございます、キリカさん!」

 二人は笑い合うと握手を交わし、今度こそ出口へと歩き出した。




 ……

 その後、都市長会館で合流した四人はキリカの際どく破かれた服と、互いの冒険を報告し合う。


 最後は、キリカの破れた服を見て「もう少し恥じらいを…」と突っ込んだバンゼルに、「この変態っ!」と張り手が飛び、バンゼルも飛ぶのであった…





 …四人は仲良くなったが、果たして「一人で出来た!」だったのだろうか?

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