第62話聖女の奇跡と戦争と

 ジェシカとその奴隷商会を壊滅させた翌日…


 俺達、アイアンメイデン一行は都市の中心にある広場…昔の都市長であろう、下半身だけ残った石像の前に集まっていた。


「えぇ~、昨日はお疲れ様でした。昨日に引き続き、今日は炊き出しと呪いの解除をしてもらう予定になっています!」


「あの~?その呪いを解く方は、いつ頃おいでになるのでしょうか?」


 集まったスタッフの前で今日の予定を説明する俺に、都市長会館で働く職員の一人、ぽっちゃり眼鏡のアンジェイラさんが手を上げて質問してくる。


「え~、詳しい時間は不明ですが、朝早くに出発したと言う報告はもらっています。なので、遅くとも炊き出し開始前には到着する…はずです。」


 微妙な返答をする俺に、皆から「今日こそは大丈夫なのか?」的な視線が刺さるけど…

 携帯が無いこの世界では、相手の状況を逐次確認出来る手段は限られてるんだ。


 …虫電話は、便利だけど耐用回数が少ないからな…それに、明日に延期されてもアスペルの防衛戦があるから、これ以上の日程は割けないよな。


「不安な気持ちは私も同じですが、間に合わなければ仕方ないですし、この活動と無駄にはならないと思うので…とりあえず、今日の準備をお願いします!」


「「はいっ!!」」


 …

 皆には偉そうな事を言ってみたけど、出来るなら予定通り事を進めたい俺は、会場の準備をお願いして様子見がてら北門の方へと歩いていく。


 …せっかく奴隷商会のアジトも奪ったんだし、孤児院完成までに助けられる人は一人でも多く助けたい。

 ルサリィのような不幸な思いをする人は、少ないに越した事無いんだしな。


「…なんだろ?なんか、いつもと様子が違うような?」

 エゼルリオの北部は廃墟群になっていて、基本的に陰鬱とした…こう、どんよりとした空気が場所全体を包んでいるのに、今日はその感じが薄いような、清々しい感じに清められてるような印象を受けるんだが…


 …タタタッ…タタタッ……ドンッ!

「…ぐへっ!!」

背後から足音がしたかと思うと、手加減なしのタックルをお見舞いされる。

「勇者様ー!お会いしたかったですぅ」

 それと同時に勇者様などと、変なフラグを立てかねない不要な称号を叫ぶ女性の声がする…


「いたた…ちょ!あんた何を…」

「勇者様…」

 文句を言ってやろうと振り向いた俺の目の前に居たのは、高級そうな修道服…いや、聖女と呼ばれそうな人が着るような、肩の部分が露わになっていて、巨乳が強調されるデザインの服を着こなす甘ったるい感じの美女が、両手を胸の前に組んで俺を見上げていた…


「な…なんだ、この…いい香りがして、心が洗われるような…昇天させられそうな気持ちは!!」


「…勇者ユウト様?お久しぶりです。と言ってもこの間お会いしたばかりですけど?」

 俺の心から漏れた発言の意味を理解出来ず、首を傾げる美女の横から現れたのは、観光都市エデキアのオーロラ見学で出会った、剣神流のバンゼル少年だった。

 後、キリカちゃんと知らないオッサンも一緒みたいだ…


「おぉ…バンゼル君、この間振りだけど…もしかして、今日の集団浄化をしてくれる人って?」


「はいっ!わたくしが誠心誠意を込めて浄化させていただきますぅ」


「僕達は、その道中を護衛して来たんです。」


 まさか…力の強い人間を寄越すとは聞いていたが、おそらくこの世界の至宝扱いをされている、神国の聖女を呼ぶなんて…ヘッケランめ、度が過ぎするぜ!


 自分の事を覚えているか、昔助けてもらったんだと、テンションMAXでパイ乙を当てて迫ってくる美女に、俺が気圧されているのを見兼ねて、横からダンディなオジ様がフォローに入ってくれる。


「聖女様…いきなりそれでは逆効果?いや、はしたない…ですが、セレス様の圧は魅力的…」

「いやいや、フォローになってないでしょ!?」


 俺のクレームを聞いて、聖女様を落ち着かせてくれるオジ様は、名前をアルニラムだと告げ、自分もあの時救われた一人だと言って来た。


「…一応憶えてますけど、あんな事で俺の事を勇者認定したんですか?」

 いらん称号を付けるなと言う気持ちが出ていたのか、不安そうな表情で「ダメでしたかぁ?」と泣きそう声を出す聖女様…


「い、いや、別にダメって事は、なんというからそ、その…ごにょごにょ」


「良かったぁ!やはりユウト様は勇者様でございますぅ」


「あの聖槍に、魔族をいとも容易く撃退するお力…まさしく勇者の呼び名に相応しく思いますぞ!」


「えっ…い、いやぁ~」


 結局、美女に弱い俺は…グイグイ誉め殺してくる二人に、なし崩し的に勇者で確定されてしまい、バンゼルとキリカが証人となった事で言い逃れ出来なくなる…

 …マジで魔王復活とか、やめて欲しいんですけどっ!?



 …

 なんにせよ、とりあえず今日の主役が無事間に合ったので、俺は四人を中央広場へ案内する事にした。


「なんだか、この馬車内って空気が澄んでません?」


「ははは、それは聖女様のお力によるものです。」


 馬車に便乗させてもらう俺の横で、はんなりと俺の肩に寄りかかっている聖女様を見る。

 …たしかに、マイナスイオンでも出てそうな感じがするな…俺の内に秘める煩悩すら浄化されてしまいそうだ。


 その力に、僧侶化させられてしまう危機感を抱きながら、どんな能力か教えてもらうと、『聖女の御光』と言うものでオートで効果を発動する、パッシブスキルらしく…止める事は本人にもできないらしい。


「成る程…聖女様の側にいると人畜無害な存在になりそうですね…」

「聖女様などと言わずぅ、セレスとお呼びください~」


 …た、谷間が凄いですよセレスさんっ!!


 メリーやシャルと同程度の力をお持ちの聖女バストに翻弄されながら、なんとか正気を保ちつつ今日の説明をしておく。


 馬車を広場の横手に止め、車内から降りると…俺の左腕はガッチリホールドされていた。

 …俺の腕が埋もれてますよ、セレスさんっ!!



 …ガシャンッ!?

「ユ…ユウト様…斬りますか?」

 俺が戻って来た事に気付いたティファが、腕に絡みつくセレスと、嬉しさ反面、若干引き気味な俺の表情を察したティファが、持っていた食器を落とすと、斬り捨てるかと迫ってくる。


「いやいや、あきませんて、ティファさんっ!」

 …動揺して変な言葉遣いになった…


 ティファを宥めながら広場を見ると、炊き出しの準備はほとんど終わっているようだったので、改めて全員の前で今日の主役を紹介する。


「え~こちら、神国から今日の浄化作戦のために来て頂いた、聖女セレス様です…」


「「……」」

「よろしくお願いしますぅ」


 この世界で一、二を争う聖女セレスの名前は有名だが、基本的に外出許可が出ない彼女の顔を知る者はおらず、『聖女』と言うフレーズに信じられないと言う空気感が漂っている…

 唯一、ティファとメリーだけが「アレが聖女…」とか呟いてる。


「え~後、聖騎士アルニラムさんと、剣神流の二人も手伝ってくれますので、この作戦を皆で成功させましょう!!」


「「…はいっ!」」


 納得を得られたかどうか分からなかったが、なんとか抑え込んで、後はセレスの力を信じるしかないだろう。


 そして、大炊き出し大会が行われる…





 ……

「そろそろか…」


「ユウトさん、頑張って下さいね!!」


 配給に並んだ人達のほとんどに食事が行き渡ったので、シャルに送りだされた俺は、広場の中心へと歩いていく。


 昨日、参加していた人達は「また演説か」と興味無さげだったが関係ない…

 俺は隣に並ぶセレスの紹介をすると、彼女の後ろに黙って控える。



「…神より与えられし聖なる御光よ、我が身に宿り光を与え給え…キュアバーストッ!!」

 顔の前で組んでいた手を開き、大きく上に上げたかと思うと…広場一帯を少し白っぽい光が地面から空に向かって湧き上がる。

「すげー…綺麗だな。」

 思わず呟きが漏れるが、淡く光るセレスの後ろ姿と広場の光景に見惚れてしまう。

 それ程の光景だった。



 …

「はい、完了しましたぁ」


 笑顔で振り向くセレスの言葉に我に帰り、俺は近くにいた子供に話し掛けてみた…


 俺の姿を見たスタッフや仲間達は、この機を逃すなと手当たり次第に声を掛け回る。

 浄化された人達は最初こそ反応が鈍く、夢から覚めたばかりのような感じだったけど、どうやら洗脳の解除は成功してるようだった。


 皆の動きを見ながら、俺も負けじと大声で演説を行うと、結構な人が集まってくれた。

 …昨日よりも心に響く話が出来たと思う。



 …

「す、スゲーな…」

「はい、これ程とは」

「聖女だけが使える特殊スキル…中々の物ですわ。」

「…もぐもぐもぐ…」

 …いや、一人だけ炊き出し食ってんじゃねーよ、レアァ!!



 今回の炊き出しで集まったのは…子供350人、大人50人の計400人だった。

 今までの募集で集まった人達も計算に入れると、子供500名弱に大人60名となり、メリーが当初に計画していた、第一弾の募集人数を見事にクリアする事ができた。


 しかも、大人達に関しては施設の運営スタッフとしても、都市長会館の職員としても働いてもらう事が出来るので、人材不足の件も解消する事ができのだった。



 …

「おねーさまぁっ!!」

 むぎゅっと音がしそうな勢いで、キリカはティファに飛びつく。


「キリカ…あれから精進していましたか?」

「はいっ!また稽古してくれますか?お姉さま?」

 時間が許せばとティファの許可を貰い、護衛の仕事そっちのけではしゃぐキリカを、申し訳なさそうに見守るバンゼルと笑顔の聖騎士アルニラム。


 俺は二人に、今日のお礼と滞在予定を聞いてみた。


「聖女様は、勇者様にお会い出来るのを楽しみにされていたので、しばらくは帰りたがらないと思われます…」

「ですけど、勇者様はアスペルの戦に出られるのでよね?」

 仕事が終わっても帰らず、迷惑をかけてしまうと、申し訳なさそうに言うアルニラムにバンゼルが俺を見る。


「あぁ、既に呼び出しは受けているから出陣は免れないかな…聖女さんにお礼はしたいけど、少し時間がかかるけど大丈夫ですか?」


「もちろんですぅ!いつまでも…いつまでもお待ちいたしておりますぅ」

「聖女様…いつまでとはいきませんよ?」


 さっきまで、色んな人に話やら握手を求められて、揉みくちゃにされていたセレスは、いつのまにか人混みから抜け出し俺の腕を掴んで見上げてくる。

 …瞳がウルウルしてて強力だな…腕に当たるパイ圧もすげー


「それまでは、私達も護衛につきますし勇者様の帰りを待たせて貰います。」

 バンゼルはキリカの方を見ると、仕方ないかと腹を決めたようで、ティファを待つと言う意味で同じく滞在すると告げる。


「あぁ…分かった、分かったからさ、このお礼は帰って来たら必ずするから、ちょっ、ちょっと圧が凄いんで、その…」


「お久し振りですね、聖女様っ!!」

 掴まれている腕とセレスの胸の間を、無理矢理カットインして登場するシャル。


「お久し振りですぅ、シャーロット皇女殿下?」

「ぁぁ…あぅあぅ…」

 二人は知り合いなのか、セレスはシャルを見ると喜び笑顔で抱きついていく。

 身長が同じくらいなので、いまにもキスしてきそうな勢いのセレスに、シャルが勢いを無くして狼狽えてる…


 …悶えるシャル、素晴らしい!美女同士の百合展開…くぅ~キターッ!!


 そんな二人を見ながら俺が悶々としていると、準備が整ったので明日には防衛戦を開始するとヘッケランから連絡が入った。

 …ちっ、良いタイミングでテンション下げやがるぜ



 その後、孤児院への入所を希望する子供達と職員候補の大人を連れて、旧養護院へ行くと、孤児院完成までの受け入れと指導をお願いする。

 そして、俺達アイアンメイデンと聖女様一行は都市長会館に集まり、それぞれの予定を確認していく。



 城塞都市アスペル防衛班

 ユウト、ティファ、メリー


 要塞都市バノペア防衛班

 レア


 エゼルリオ残留、連携連絡班

 シャル、ルサリィ、聖女一行



 …さぁ、無謀にも俺達に喧嘩をふっかけて来た、お馬鹿な皇帝達をギャフンと言わせに行きますかっ!!

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