第64話要塞都市防衛戦 前夜祭
ーーーー要塞都市バノペア
「おーおー帝国さん、今回はマジな奴やな!?」
「…君はもう少し落ち着きを学ぶべきだなっ」
へらへらと笑って小言を躱す【断罪の巫女】レンは、王都からの要請でバノペアに呼び出されており、要塞と呼ばれる巨大な城壁の上から外を眺めていた。
グデ山の渓谷を通り10万の兵を進軍させる帝国に、王国軍側は山間での防衛を諦め、平原の向こうに集結していく帝国兵を、ただ呆然と見守るだけになっていた。
「しかし、我々が一堂に会する等…何年ぶりだろうね?」
「断罪、裁き、秩序…それだけ、この防衛戦は苦戦すると見込んでいるのでしょう。」
【秩序の守護者】と呼ばれる王国特殊部隊の一人、アセルレーレ・カーマインは穏やかな顔と声で王国の考えを述べる。
「はっ!我々だけで向こうの要人を始末すれば、簡単に解決だかなっ!」
アセルレーレの見解に対して、自らの意見を傲慢に言い放つ【裁きの執行者】アベル・レグリアス
今回のバノペア防衛戦には、王国が持つ三つの特殊部隊を全て集結されており、さらには本国からアールヴ魔導師長も派遣されてくる事になっている。
それもそのはず、アスペルに関してはユウト率いるアイアンメイデンに任せ、本国からは増援の予定が無い程、戦力に関しては逼迫した状況なのだ…
この重要な前線都市であるバノペアにでさえ、兵5万を集めるのでやっとだと言うことを見れば分かるだろう。
「そう容易く行きそうにはありませんよ?」
「おおっ、エリアスや!会議はどないなったん?」
「…気になるなら、貴殿も参加するべきだ。」
強硬策を提案していたアベルに苦言を呈していたのは、【秩序の守護者】エリアス・フェン・シュナイザーで、レンに突っ込みを入れたのは、いかにも寡黙ですよと言う雰囲気を振りまく仮面の男{裁きの執行者】バズール・ボネールだ。
皇女で【断罪】の一人であるシャルを除いて、城壁の上には王国の切り札、三組五人が揃い踏みしていた。
会議が面倒だからと、話し合いの場に極力出ようとしない三人は、真面目に話し合いをしてきた二人に今後の予定を尋ねる。
「前情報通りに帝国は10万の兵を派遣して来ています。なので、指揮官クラスを潰すのは変わりないのですが…」
「どうしたのエリアス、何か不味い事でもありまして?」
言い澱む相棒にアセルレーレは不思議そうに尋ねる。
「今回の遠征には帝国四将の内、三人が同行しているそうなのです…」
「はっ!ちょうど良いではないか、長き宿縁に終止符を打とうぞ!」
「…おぉ、それはどこぞの忍びが言いそうなセリフやなぁ」
レンの突っ込みには皆首を傾げているが、一人息巻くアベルとは違い、帝国の中でも指折りの戦力が参戦していると聞きアセルレーレは難しい顔をする。
「たしかに四将相手はしんどそうだけど…私達がやる事には変わりなさそうね?」
死なない程度に頑張りましょうかと言う彼女は、手を振りながらエリアスを連れて階下へと降りる階段へ歩いていく。
「…レンよ、寝首をかかれるなよ?」
「大きなお世話や。」
アベルはニヤリと笑うと、仮面の位置を直している相棒のバズールに声を掛け、城壁の上を歩いて行ってしまい、その場にはレン一人だけが残った。
レンはもう一度、城壁から顔を出して平原と集まる帝国軍を見つめる。
「おぅおぅ、色々と元気に動いとるなぁ…まっ、今日の開戦はありえへんよなっ?さぁ休も休もっ!」
誰に言うで訳でも無く吐き出した自分の言葉に、軽く頷くと宿に向かってレンは歩き出した。
……
「進軍状況はどうなっている?」
「はっ!!全体の八割が山越えを終えております。」
緊張した面持ちで控える、副官のニル・グリフはハキハキとした言葉で状況を伝える。
中規模遠征くらいまでなら、総指揮を務める事もあるニルが緊張してしまうのは、帝国最強と言われ普段は帝都の守りに専念しているはずの…
『堅牢』と呼ばれるドーン・コルトア・ベヒモスが、今回に限り帝国軍の総大将を務めているからだ。
有事の備えとして普段ら帝都から出さない、優秀な四将筆頭を大将として据えている所から、この遠征に対する皇帝カイザーの本腰の入れようが感じられるだろう。
「それと…アスペルの方はどうだ?」
「はっ!…まだ、森を抜けきっていないようで…」
ニルは歯切れが悪く言葉を濁す。
「だから私は彼奴を信用するべきでは無いと進言したのだ…」
皇帝の事を考えているのか、虚空を睨むドーンに副官として何と答えるべきか迷うニル
アスペルの遠征総指揮を執ているのは、オブザーバー的に参加している、異世界人シュウトだ。
…ドーンはそれをよく思っていない。
いや、そもそも今回の遠征がシュウトに唆されたものであり、異世界人など信用して軍を動かすべきでは無い、と言うのがドーンの本心なのだ。
…しかし、今回は皇帝自らの指名があり断るべきにも行かず不満が漏れ出てしまう。
「せめて、こちらだけでも落としてやろう。アスペルの方を急がせろ、整い次第開戦だ!」
「はっ!畏まりましたっ!」
ニルは指令を伝える為、幕舎を後にする。
「見ていろよ…」
王国とシュウト、両方に向けて放たれたドーンの言葉は、自分だけしか居なくなった幕舎の中へ溶けていくのであった。
ーーーー開戦 前夜 バノペア
森での工作解除により、アスペルへの帝国軍布陣完了との報告が、各国の各機関へと届き終わった頃…
いよいよ明朝開戦かと、久しぶりの大規模な戦闘に向けて王国軍は若干浮き足立っていた。
そんな王国の様子を知ってか、ノスグデ平原を夜の闇に紛れて動く影が複数あった。
彼等はいくつかのグループに別れているようだが、どの一団も一糸乱れぬ熟練の集団行動を見せている。
そして、そのままバノペア城壁まで来ると、監視の目を盗み都市内へと侵入して行く。
……
都市へと侵入を果たした集団の一つが、丸を基調とした変わった宿の裏口で、物陰に潜み打ち合わせを始める。
「手筈通り行くぞ…注意するのは男の方だ。」
リーダーと思しき男の確認に部下の三人が頷くと行動が開始された。
暗殺者として特別な訓練を受けている彼等は、レベルこそ50~60が平均だが、こと暗殺に掛けては10レベルくらいの差をものともしない。
音がしないように裏口の鍵を開けると、目的の人物が泊まる三階の角部屋を目指し、音と気配を最小限にとどめ突入する。
…カチャ
「…よし、行け!!」
鍵を開けると部屋の中は既に消灯されており真っ暗だ。
この状況で眠っていれば、いかに手練れでも飛び起きてすぐの迎撃は難しいだろう…
…ドスドスッ
…グサッドスッ
部屋の中にいた宿泊者であろう二つの布団の膨らみめがけて、様々な効果の付与された武器を突き刺す男達…
「なっ!?いない…」
リーダーがターゲットを仕留めたかと布団を捲ると、そこには丸められた座布団があるのみ…
「はぁぁっ!ライジングスラッシュ!!」
「「ぐはぁっ!?」」
奇襲をした筈が、逆に奇襲を受け吹き飛ぶ暗殺者達…
部屋に明かりが点くと、魔法の光を放つ大剣を持ったエリアスが賊を見下ろしていた。
「レーレ、どうしますか?」
「その男以外は殺して頂いて結構ですよ?私はお話を聞かせて頂きましょう…ふふふ」
エリアスの相棒、アセルレーレは淡々と賊達を始末しろと告げ、自分はリーダーの男の元へと笑みを浮かべ歩み寄る。
「…くそっ!ガギッ!」
情報の流出を恐れたリーダーは麻痺している体での抵抗を諦め、舌を噛みきり自害しようとするが…
「…大いなる癒しを、ミドルキュア」
アセルレーレが魔法を唱えると、男の噛み切った舌が復元されていきダメージが消える。
そして、呆気にとられる男に覆いかぶさると…
そのまま唇を奪った。
「…ごちそうさま。さぁ、私の可愛い下僕ちゃん、知っている事を洗いざらい吐いて頂戴な?」
「えへへへ…かしこまりました、ごしゅじんざまぁ」
先程までの暗殺者然とした表情は見る影も無くなり、犬のように這い蹲ってアセルレーレにこうべを垂れる男…
それを見た彼女は満足そうに、ニヤリと口角を吊り上げた。
…
それと時を同じくして別の集団は、貴族の別邸として都市長が所有している屋敷に潜んでいた。
既にターゲットが居る事を知っているのであろう暗殺者達は、屋敷の中へ侵入し二階にある寝室へと向かって行く。
「まずは、厄介な方から殺るぞ」
頷く部下と共に階段奥の部屋を押し開けて、ベッドで寝ているはずのアベルを狙いアセルレーレ達の時同様、様々な効果の付与された武器でアベルごとベッドを貫いた
「はっはっは~!その程度か、たわけどもっ!!」
アベルは高笑いすると、身体が溶けて消えてしまう。
「ばかなっ!?対策はしたハズ…」
「まさか、刺さる部分だけ液状化で避けたのかっ!?」
消えたアベルに一瞬、気を取られる賊達…
「…甘い」
…ザシュッ!
「「ぐぅわぁっ!」」
その背後の影から仮面の暗殺者バズールが、鉤爪を改良した刀爪で的暗殺者を貫く。
「クソっ、もう一人来たか…引けっ!」
「…逃すと思うたか?阿呆どもめっ!」
いなくなっていたアベルも、いつの間にか暗殺者リーダーの後ろに姿を戻しており、罵声と共に刀を突き刺して殺す。
そして、一対一となった暗殺者達は圧倒的なレベル差の前に、逃げる事も出来ず…
ただ尸を晒すのみであった。
「たわいも無い奴らめ、この私に挑むなど百年早いわっ!」
「…全員殺してしまった」
「…わ~っはっはっはっはぁ」
一人は生かして尋問するのがセオリーではあるが、勢い余って殺し過ぎてしまうのが【裁きの執行者】の二人なのであった…
…しかし、裸で高笑いするアベルは側から見ると、大層高尚なご趣味をお持ちの方にしか見えなかったのは…秘密だ。
……
バノペア城壁内には有事の際に使う備蓄や、兵士のための待機場などのスペースがある。
そして、それらをどう使うか等の指示を出すのは、西城門都市内側の上部に造られた司令室から行われる。
今回の大規模侵略に対する防衛戦には王家の威信も掛かっており、形式上の総大将は第一皇子のアストルフになっているが、実際の総指揮官はオリバー騎士長だ。
その証拠に、アストルフ君は王室専用の屋敷で護衛に囲まれて眠っているが、オリバー騎士長は司令室に籠って開戦に向けての作戦を練っている。
そんな司令室周辺にも影の一団が迫っていた…
「外からあそこに入る為には、壁を登るしか無い…発見されて増援が来る前に殺せ。己の命など惜しむなよ。」
今回の暗殺作戦で隊長を務めるシグルは、突撃前の最後の指示を出す。
最重要攻略対象として位置付けられているオリバーはレベル80とこの世界では強者だ、だからこそ万全を期すため、ここには二組十名の人員を割き、レベル75と一番強いシグルすらも捨て身で挑むつもりなのだ。
「ここだけは…失敗は許されん。行くぞ!」
「「はっ!!」」
気合いを入れた一団が司令室へと続く壁を見事な勢いで登って行くが…
「…なんだあれはっ!?敵だ!敵襲っ!!」
「司令室の方だ!急げ、急げっ!」
しかし、流石に警戒の濃い城門付近でバレないとはいかず…司令室の窓に飛び込む前に発見され号令が掛かってしまう
パリンッ!…ボンッ!
窓を破り中に低位力ではあるが、爆弾のようなアイテムを投げ入れると、爆発で中が怯んだ隙に左右の窓から突入する。
「ひっ!ひぃぃ…」
「賊だ!?助けてぇ!」
中には文官達が多く戦える者が少ない。
オリバーは二人の側近と共に文官達を庇いながら応戦する姿勢を取る。
しかし、暗殺者達は想定内の事だと捨て身で側近の騎士達を二人、三人掛かりで早々に討ち取ってしまう…
「お前達っ!く、くそっ!」
部下がやられていても守るべき者がいる為、オリバーは苦虫を噛み潰したような表情をするしかない。
「王国騎士長 オリバー・ロイス・クーチェス覚悟っ!!」
シグルの魔法武器が鈍く光を放ち、オリバーの剣は光を弱め…帝国最大の計略が、まさに成功しようとする
「ぐぅあぁっ!?」
「はいは~い、おまたまたぁ?」
窓際にいた暗殺者の一人が斬り伏せられ、それをしたのは奇妙な言葉を操る異世界人…
「キサマっ!ショウブ・レン…」
出端を挫かれたシグルはレンを見て愕然とする。
今回の作戦で名前は出たが、暗殺が難しいと言う理由で回避された対象が現れてしまったのだ…
つまり、この作戦は失敗、既に詰んでいると理解しなければならないという事だ。
命令の完全な成功は諦めるシグルだが、ならばと今一度オリバーに突貫するが、形勢逆転したこの状況では、単純なレベル差もありシグルは斬り伏せられる。
そんな隊長の姿を見て、生き残っていた他の暗殺者達も、レンに挑み命を落としたり、作戦の失敗を悟り自害したりと…
気がつけば、その場に動く敵の姿は無くなっていた。
…
「すまんな、皇子さんの方を張ってたから、来るのが遅なってしもたわ…」
レンは刀をしまいながらオリバーに歩み寄り、事切れた側近達を見て渋い顔をする。
「いや、助かった。この者達も役目を全うしただけだ。誇りを持って弔ってやるさ」
瞳の奥に光るものを堪えながらも、表情には出さず淡々とオリバーは語り、騎士達の目を閉じて綺麗に並べてやる。
その後、応援に駆けつけた兵士達に後の処理を任せ、壮絶な状態となった司令室を一時離れ、オリバーとレンは外に出る。
…
「あいつらが向かって来たんは見えとったから、予想はしててんけどな…すまんな。」
「さっきも言っただろ?レンが来てくれなければ俺も危なかったし、あいつらは…立派だった…」
「せやな…すまん。」
城壁の屋上に出て、隅で壁にもたれ話す二人…
西の暗い空を見ながら震える声になるオリバーの肩に手を置き、レンは何も聞こえないと、ただ一緒に暗闇を見つめるのだった。
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