第55話エゼルリオ復興作戦

 ーーーー自治都市エゼルリオ


「姉御~あ~ね~ご~…大変でやんすよ~」

 街の外は日が落ち暗闇が支配しようとするが、それに反して街の中は夜の営業に向けて、にわかに活気付き始める。


 そんな街の一角には大きな養護院があり、緊急なのか、そうじゃないのかよく分からないテンションで、体の小さな細身の男が大声をあげながら目的の扉を押し開ける。


「なんだい?アンタの大変は良くわからんさねぇ。」


「姉御…シスタージェシカ、大変でやんす!俺ん所のボスが変な一団に捕まって、奴隷を取られたでやんす。」


 ジェシカと呼ばれる女性は、一応シスターが着る修道服を身につけているが、顔には多数の刀傷があり、厳つい表情でパイプ煙草を燻(くゆ)らせる姿は…最早、壮年の男戦士と言っても過言ではない。


 そんな彼…彼女は部屋に報告に来た男、フォルス・ゼリスマンの話を聞いて少し考えるそぶりを見せる。


「アンタを潜らせたガズーの所は組織は小さいけど、ねちっこいから手を出す奴は少ないと思うだがねぇ…」


 ガズーと呼ばれるのは、昨夜捕まえた奴隷商三人の内で体が一番大きいボスの男で、ジェシカはその一味の規模や性格を把握している為、都市内の人間にやられたのでは無いだろう、とあたりをつける。


「そうでやんすねぇ~変な植物モンスターを召喚するし、美女ばかり連れてるしで、変な奴等でやんした。」


「そうかい…もしかすると、ヘッケランから聞いてた、噂の新侯爵って奴かもしれないねぇ」


 何を考えているのか、ジェシカはパイプ煙草の煙を大きく吐き出しながら、上を向いて目を閉じて考え事をしている。


「…他の組織に潜ってる奴等にも注意を促しておくでやんすか?」

「いいや、ウチはこの街の顔だ。そのアタイらに泥を掛けるなら買うまでさ!」


 ジェシカは獰猛な笑みを浮かべると、街を訪れるであろう、侯爵を追い返す為の策を講じるべく連絡を入れる。





 …

「はい。ジェシカ殿、どうかされましたか?」


「…アタイからだって、直ぐに分かるんだねぇ?」


 ジェシカからの電話を受けた相手…ヘッケラン・アシュペルガーの執務机上には、複数の虫型電話アイテムが置かれている。

 ユウト一行が攻略した様々な都市の、様々な相手と連絡や連携を取れるように、主人であるユウトから借り受けているものがほとんどだが、ヘッケラン個人が保有している物で連絡を取り合う者達がいるので、どれが鳴れば誰からの連絡かを把握できるのだ。

 …難点と言えば、利用回数に制限があるのとチクチクする虫がいるのが面倒な所だろう。


「えぇ、お得意様はもちろん把握しておりますとも。」


「お得意様ねぇ…まぁ、あんたが裏で用意する"モノ"は上玉が多いからね。」


「ありがとうございます。で、今日はどの様なご用向きで?」


 ジェシカは、今日起こった事と街にちょっかいをかけて来る一団の説明をし、自分の想像通りの人物なのかと、どう対処するべきかを尋ねる。


「…なるほど。それはユウト様達で間違いありません。被害を出された事は、大変申し訳ないのですが…今からお伝えする方法で、ご対応頂けますか?」


 それからヘッケランは、ユウト一行の戦力や個人の特徴、弱点や交渉の仕方についても細かに説明していく。


「なるほど…分かったよ。損失なんて知れてるし、これはアタイらの面子の問題さ。」


 直ぐに対応策を捻り出す、稀代の謀略家にジェシカはガハハと笑い、実行してみた結果を後で連絡すると言い、上機嫌で連絡を切る。



「…まだ使用回数は、一回分残っていたのですが…もったいないですが、これも仕舞いですね。」


 ヘッケランは虫電話を元の場所に戻すと、一つ溜息を吐いて、頭の中で最終目標に向けてのプランを修正していく。



 …彼等ごときでは、ユウト様達は止められ無いでしょうし、削る事も不可能でしょう。

 せいぜい、名声を高める為の礎になってもらう事で私の役にも立ってもらいますかね。

 もう少し、もう少しで約束を果たし、復習をやり遂げる事ができます。


 ヘッケランは静かに頷くと、計画遂行の為に動き始めた…










 ーーーーーユウト視点


「そのマーレって人は貴族じゃないの?」


「いいえ、一応貴族ではありますが、彼女は意見をまとめる代表程度の扱いで…この街には公式な、辺境伯を名乗る都市長はいないのです。」


 シャルの話では、この規模の街ではあり得ないような話だけど、王国内にある他の4都市よりも敷地面積は広いのに、人口は五分の一位しか居ないってのも、そんな扱いを受ける原因なんだろうな。


「そもそも、ここは街の売りとか、メインの商会って何があるの?」


「ここは、畑がいっぱいだよー!」

「そうなのかぁ!セルネ は物知りだねぇ」

 俺の質問に元気に答えてくれたのは、保護してる元奴隷のセルネで、俺は彼女の頭を大袈裟に撫でて褒めてあげ、幼女成分を吸収させてもらう。



 都市長の元に行くにあたって、彼等の保護もお願いしようと連れては来たんだけど…自由に出来るのが嬉しいのか、中々騒がしい事になってるな…


 一番年上で人族のシュルト君15歳

 二番目に大きい獣人族のケール君12歳

 チルとセルネ は10歳の女の子だけど、チルは人族、セルネは精霊族と獣人族のハーフで、結構レアな存在だそうだ。


 皆はバラバラに引き取られて来たらしいんだけど、共同生活する内に仲良くなって逃げたらしい。

 昨日、警邏所に預けたガズー奴隷商人団は、四人の中でもセルネが逃げ出したので、慌てて追い掛けて来たって言ってたな。



「本当は、豊かな穀倉地帯を持つ農業の盛んな街だったのですが、あの事件があって、街も人も疲弊してしまったんです…」


 レンが絡む事なので、シャルは申し訳なさそうに言葉を絞り出す。


「でも、そんなこの街を救ってくれたのは、シャーロット皇女様ですよ!」


 辛そうなシャルに、シュルト君が明るく感謝を伝えてくれる。

 …シュルトぐっじょぶ!


 心の中でシュルトを褒めて、俺もシャルをフォローしながら歩いていると、都市長会館が見えて来た、んだが…


「これが、この都市の都市長会館ですの…」


 メリーの言いたい事は痛い程わかる…

 日本で言うちょっと大きめの自治会の集会所みたいなレベルだ。

 今までの都市長会館と比べるのは、申し訳ないってのは言うまでも無いし、いかに力を持っていないか、ってのも良く分かるよ。


「あまり失礼な態度は謹んで下さいね。」

「皆、それくらい分かっていますよ?シャーロット。」


 不安な顔をするシャルに、当然大丈夫だとティファが胸を張るが、俺はレアの爆弾発言やメリーの上から発言には警戒してるぞ!?



 …コンコンコン

「…開いてるから、勝手に入っておくれ!」


 中から、どこぞのオカンと呼ばれそうな声が聞こえてくる。

 シャルが「ふふふっ」と笑いながら扉を開ける…おそらく、いつもこんな感じなんだろうな。



「…失礼します、お元気ですか?マーレさん。」

「おんやぁ!シャ…皇女様じゃないの!?先に言ってくれれば迎えに行ったのに!」


「いえいえ、お仕事の邪魔になりますし大丈夫ですよ!それに、いつもみたいにシャルちゃんで良いですから。」


 …

 おぉ…見たことない感じのシャルがいる…

 仲の良い親戚の叔母さんに会った時のような感じだろうか?

 俺は親戚付き合いも拒否してたから、ドラマくらいでしか知らんが…



「あら、じゃあこの人達は、シャルちゃんのお友達なのかい?」


「えぇ…いつも可愛がって差し上げておりますわぁ。」

 変な答え方をするメリーに、シャルが慌てて突っ込みながら、旅の仲間だと説明してる。

 …俺の事はカレシです(ハート)って言っても良いんだよ?



 …

 それから俺達は、挨拶をした後それぞれを紹介し合って、この街に来た理由と四人の保護をお願いしてみた。


「う~ん。気持ちはありがたいんだけどねぇ…ウチはこの通り貧乏所帯だし、その子達を養うのはできないんだよ。」


 それに、一人養い始めると、そこら中にいる浮浪児達も助けてあげないといけない。

 そうなれば、いよいよ本当に破産してしまうと言われてしまう。


 …俺もその答えは想定内だったし、この状況を見れば、それも頷けるからなぁ。

 マーレ都市長は40代くらいの、食堂とかで働いてそうな、ふっくらした体型のおおらかそうなおばさんって感じだ。

 一緒に働いてる人は交代勤務で二人いるらしいけど、一人は奥の机で書類とにらめっこして、頭を抱えてるマーレさんと同い年くらいの眼鏡のおばさんだし、もう一人も似たような感じだと言ってた。

 見た感じ貧乏とは言わないけど、今までの都市長から比べると貧相にはなるだろうし、働いてる人の数は比べる必要すら無い。

 これじゃ、無理にこの子達をお願いしても、また奴隷行きか、マーレさん達も家を失う羽目になりそうだ…


「そうですか…それは困りましたね。」

 シャルが難しい顔で頬に手をあて考える。

「それなら、ユウト様が孤児院を作るのはいかがでしょうか?」

 ティファが俺に尋ね、シャルがそれは名案だと表情を明るくして俺を見てくる。


「あぁ…うん。それは俺も考えたんだけど、費用や世話をする人の問題があるだろ?それに、元々ここにはそんな施設って無いのか?」


 俺が、次の対応にと考えていた事を聞いてみるが、マーレさんもシャルも良い顔をしない。

 理由が分からなかったので、なぜか問い詰めてみると、苦笑いしながら答えてくれた…


「…情けない話なんだけどねぇ、この街の孤児院は、裏で奴隷商人をやってるんだよ。しかも街一番の大商人さ」


「…なるほど、気持ちを軽くさせるために孤児院の形をとってるけど、実際は口減らしの為の施設になってる訳か…」


 マーレさんは俺の失礼な発言に、何も言い返さず、ただ悲しそうに笑うだけだった。


「ユウトさん…それは言い過ぎです。」

「しかし、それは事実で王国が対応を怠っているのが原因とも言えますよ?」

「そ、それは…」

 シャルが俺を嗜めるのを、ティファに否定され、何も言い返せず俯いてしまう。


「あぁ!ケンカ禁止な!別にマーレ都市長や王国の政治を責めてる訳じゃないし、文句を言うなら原因作ったレンだけで充分だよ。」


 俺は、言い合いに発展しそうな二人を制して、レンだけを悪者にして自分の発言を回収しておく。


「それに…一応、乗りかかった船だ。俺の目的もある事だし、一肌脱ぐとしようか!」


 どんな方向になるのか不安そうにする皆に、俺の考えを伝えると、シャルは喜び、マーレさんは申し訳なさそうな表情をする。

けど…やっぱり期待があるのか嬉しそうだな。



「仕方ありませんわね。ユウト様の知名度向上の為に、孤児院の設立は、わたくしにお任せ下さいですわ。」


「私も、微力ながらお手伝い致します!」

「…わたしも…おなかへった…」


「レアのは違うよなっ!?」

「お兄ちゃん、私も手伝う!」


 全員が賛成してくれたので、俺が提案した、アイアンメイデン資本の孤児院設立は承認された。

 メリーはヘッケランと相談しながら、予算や人員の確保に動いてくれるし、浮浪児達を集めてくるのはレアとルサリィが任せろと言ってくれた。


 俺とティファ、シャルは、各チームのフォローと…おそらく妨害が入るだろう、現孤児院の運営陣や、各奴隷商達を黙らせて行く役目を担当する事になった。



 …まぁ、人助けにもなるし、俺の知名度も上がるだろう。

 それに、同じ日本人のやらかした後始末は、同郷の俺がやってあげるべきだろうな。

 具体的に進んでいく話の内容に、俺が本当に動いてくれるのか半信半疑だったマーレさんも安心したみたいだ。

大喜びで、出来る事は何でも手伝うと言ってくれてるし、これが成功すれば、人材発掘や育成のモデルケースにもできるだろう。



「よぉし!そんじゃ、皆でこの街を綺麗にしてやろうかっ!!」



「「おぉー!」」




 …こうして、人材育成と貧困層の救済をメインとした、エゼルリオ復興作戦が開始される事になった。

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