第15話儀典官

 「えー、それでは!」と前置きしたヘッケランが、俺達を急遽呼び戻した理由を話し始めた。


「僭越ながら私より今回、皆様にお集まり頂いた件について報告させて頂きます。」


 それから、長々とした奴の身振り手振りを取り入れた、宝塚ばりの演説を何とか耐えて聞き終わり、俺は事の概要をようやく理解する事ができた。


 …どうやら、俺達が帝国軍と戦って、ゲイリー都市長に報告を託した訳のに、あのオヤジはどんな報告をしやがったのか、俺達アイアンメイデンは"異端"扱いされていて、審問対象となってしまったと…

 いったい、どう報告すればこんな話になるんだ…任せるんじゃ無かったよ!



「…それで、わたくし達には結局、どの程度の危険度が想定されますの?」

 メリーがヘッケランに問いかけると、ヘッケランの顔は渋い表情へと変わる。


「私はこの通り、戦闘行為に明るくありません故、皆様の納得がゆく説明は致しかねますが…冒険者組合が使う、モンスターの危険度を示す度合いで言いますと、難度…70~80かと…」


 …いや、全然分からん!

 なんだよその例え!もっと、こう…なんだ、一撃で大地を割るとか、大木を軽く切り倒すとか言ってくれた方が、まだ想像できるっての!


「「…………」」

 俺達のイマイチな反応を見て、ヘッケランは説明の仕方を間違えたかと、焦り出して別の言い方を考える。


「あ、あぁ…これも分かりづらいのでしょうか?しかし、一般的にはモンスター難易度が無ければ、都市に凶悪なモンスターが迫ってきた際の、迎撃基準となり得るものがありませんので……」


 俺は長くなって行く説明を聞き流して、こちらから理解しやすそうな質問をしてみる。


「ん~…と言うかさ、俺達は大して冒険者組合を知ら無いし、どの程度のモンスターやレベル帯かで、言ってもらう方が分かりやすいと思うんだけど?」


「…確かに、ユウト様の仰る通りですわ。」


「そうね、モンスターなら危険度を測りやすいわ。」

 俺の意見にメリーとティファが賛成してくれるが、ヘッケランはどう伝えれば良いのか、まだ悩んでいるみたいだ。


「…そう…ですね。例えば、地龍とかその辺りでしょうか?」


「……なるほど。」

 もちろん戦った事は無いので想像ですが、と付け足すヘッケランに、俺はゲーム時代の情報を呼び起こす。


 …地龍といえば、飛行能力は無いし体もそんなに大きくは無いから、ソロで倒す事も可能だ。

だけど、硬い鱗と属性の付いたブレスは、油断すると結構痛かったはず。

 安全マージンを取るなら、専用装備で狩るくらいの相手ではあるけど…

 ウチには自慢の三姉妹がいるし、傭兵部隊の隊長ベイリトールは元S級の冒険者らしいから余裕なんじゃないか?

 まぁ、俺にはS級がどれ位強いのかは分からんし、A級と呼ばれてたチームは、レアに氷漬けにされてたらしいから、三姉妹だけで充分かもな。



 そんな俺の気持ちを代弁するように、ティファが当たり前のように言う。

「…地龍程度であれば、私一人でも狩れますよ?」


「全くその通りですわ。」

「…ん、負けない…」


 三姉妹が次々と余裕発言をした事で、ヘッケランの顔はさらに渋いものに変わって行く。


 …いったい何にそんなに過剰な反応をしているのだろうか?俺は、不安の元が何なのかを直接聞いてみる。


「なぁ、ヘッケラン。お前は、その儀典官ってのを知ってるのか?だから、俺達を関わらせたくない…ってことか?」


「…そう、ですね…昔の話です……」


 ぽつりぽつりと、ヘッケランは語り始めた。


 自分が商人として歩き始める事が出来たのは、優秀な弟が居たからだと。

 そして、その弟は二年前に殺されており、それは自分のミスが原因で、弟は組織を守る為にワザと個人として【断罪の巫女】を狙い、そして…たった二人に、二十人居た生え抜きの冒険者達と共に散っていったと。


 その原因については、詳しく言わなかったが、本来なら死ぬのは自分で良く、弟が生きていれば商会はもっと大きくなっていただろうと語っていた。


 …それ程、弟君は優秀で商才に溢れていたって事なんだろうな。


 最後に、弟は本気で巫女達を殺すつもりで挑んだのに返り討ちにあった事実、そして奴らの能力は未知数だ、と言う事を俺達に念押ししてくる。


「ですから、私は皆様を同じような目に合わせたくは無いのです。」


「…なるほどな。ヘッケランの意見も気持ちも充分伝わった!でもさ、向こうから来るなら…結局やり合う事になるんだろ?」


「…確かにそうかもしれませんが」


「もちろん、こっちから刺激はしないしコイツらにもさせない。だから俺達を信頼してくれ…まぁ、俺は大した役に立たないけど、皆がいるからサポート程度なら俺にも出来るしな!」


 カッコよくカッコ悪いセリフを吐いて、ヘッケランに苦笑いされる…

だけど、マジで無闇に戦う気なんて無いし、こっちから手を出して、王国の怒りを買って討伐隊が来る…なんて事は避けたいしな!


 それに、王国が敵に回ったら、ここを捨てて帝国に行かないと、貴族になって裕福でぺろ~んな甘い生活が送れんようになってしまう…


 大丈夫だとは思いたいが、迂闊に関わりそうな三姉妹には十分注意するように言いきかせて、ヘッケランには引き続き、俺達にどんな疑惑がかかっているのか、情報収集を急ぐように指示を出した。



 話が終わる頃には深夜になってしまっていたので、明日に備えて各自、休息を取るように伝えて緊急会議は解散となった。




「…目障りなら、わたくしが消しておきましょうか?」

 地下から部屋に戻る途中、そんな事をメリーが耳打ちしてくる…

 いや、普通に耳打ちして!

 ふぅーっとか、ペロンとかいらないから!

 声が出ちゃうじゃない…


 俺は、そんなイタズラを振り切って、メリーに再度言い聞かせる。

「いーや、ダメだ!王国での生活も掛かってるし、世界一有名にならんと…だろ?」


「確かに…そうでしたわ。申し訳ございません。」


「気にすんなよ、メリーが俺を大事に思ってくれる気持ちは分かってるからさ。」


 俺がメリーと呼んだフレーズに、「うふふ…」と反応すると、一礼して上機嫌で自分の部屋に向かって行ってしまった。


 …その後ろ姿を見送りながら、そう言えば直接メリーと呼んだのは、今が初めてだったか…と気付いて、なんだか恥ずかしさで背中がむず痒くなった。

 元エアデブの身としては、イケメンっぽいやり方や言い方には抵抗が残るんだよなぁ…


 そんな事を考えながら自分の部屋に戻ると、俺はベッドに倒れこんだ。



「あぁ~濃い一日だった…明日はオフだといいな。…多分無理なんだろうなぁ…」



 そう呟いた後、俺は夢の中に吸い込まれて行った…





ーーーー翌朝


 朝起きると、何故かレアが布団の中に入り込んでいた…こいつは、いつの間に入り込んで来たのやら。


「しかし、寝顔が可愛いな…」

 いつもの魔道士装備じゃない、白いモコモコのパジャマを着て、くぅーくぅーと寝息を立てる可愛い姿を網膜に焼き付けていると…


「…んがっ!」

 と、凄い音を立てて、布団を蹴り上げ目を覚ました。

 相変わらずギャップが激しいな…


「…おはようレア。いつの間に入り込んだんだ?」


 何故か、俺の顔を見るとレアは少し驚き…キョロキョロと辺りを見回し出した後、口をパクパクさせ呟く。


「…へんたい。…ロリコ…」

「ぐぅおらぁぁ!っざけるな!ここは俺の部屋だっつぅの!」

 寝起きから当たり前のように、暴言を吐こうとするレアを怒鳴りつけ黙らせる。

 …俺から手を出した訳では無いのに、冤罪扱いは酷すぎる、それにどうせやるなら堂々と逝ってやるさ!


 …そう言えば確か、レアもメリーと一緒でハーフエルフだから、見た目の年齢は当てにならんかった筈だ。

 メリーは人間とのハーフだし、レアはドワーフとのハーフって設定にしてあった…と、思うようなごにょごにょ。

 まぁ、つまり見た目より実年齢は上で、俺よりもお姉様って話だから余計に冤罪だぞ!


 ようやく、状況を理解したのか…そろそろ観念したのか、申し訳なさそうな顔をして俺を見てくる。


 …おっ!ようやく謝ってくれる気になったか。

「…へやを間違え……おなかへった。」

 謝らんへんのかぁいっ!!


「…まぁ、安定のそれだわな。」

 首を傾げてハテナの表情を浮かべるレアに、心の中でツッコミを入れて、謝罪は諦めさっさと朝食を食べに行こうと進める。


 レアは、それに激しく同意すると、お腹を鳴らしながら、そそくさと着替えをしに部屋に戻って行った。


 俺も用意を済ませ一階のリビングに向かう。


「おはようございます。ご主人様。」


「サリネア、サルネアおはよう。」


 俺がリビングに入ると、双子メイドが挨拶をしてくれ、ティファがコーヒーのような『カフワ』と言う飲み物を持って来てくれる。


「おはようございますユウト様。昨日は、私の為に時間を使って頂いたので、お疲れではありませんか?」


「いやいや、昨日は楽しかったし、今朝は寝起きスッキリだったから大丈夫!ありがとなティファ。」

 朝からティファの優しさと、照れる姿を拝めるとは…一日の活力が湧いてくるなぁ!



……

 そんなやり取りをしていると、ソワソワとレアがやって来て挨拶すると、何も無かったように席に着く。

そして、最後に大欠伸をしながら、メリーがリビングへとやってきた。


「…皆さま、おはようございます、ですわ。」

 さっきまでの欠伸が嘘のように、優雅に一礼すると席に着くメリー



 全員が席に着くと、サリネアが配膳をしてくれる。

 食事が揃ったら、全員で手を合わせて「いただきます。」をしてから食べ始めるのが決まりだ。


 …現世での俺の朝食と言えば、基本的に前日に買って置いたコンビニの惣菜パンと、買い置きしてある炭酸か、紙パックのコーヒー牛乳をガブ飲みするだけで、仕事に行くのに腹が減るから食う!って感じだったよなぁ

 美女に囲まれながら、こんなにバランスが取れた食事を毎日食べれるっての…俺は幸せ者だなぁ。


 まぁ、実家住まいのくせに半引きこもりだったから、親の手料理を食う機会が少なくて、食生活が乱れまくってただけ、って事は内緒だ。

バランスの事は無くても、美女に囲まれて飯が食えるってのが既に勝ち組だな。


 今日もそんな、たわいの無い事に感謝しながら、朝食を食べ終えると一日の予定を確認する。



「…本当でしたら、次の街を攻略する為の下見に行くつもりだったのですが…昨日の様子ではそうもいきませんわ。」

 そう言うと、今日も一日フリーになりそうだと、メリーが微妙な表情を浮かべる。


 俺も昨日の話があるので、あんまり派手な動きをするつもりは当然無いんだけど、屋敷に籠るだけってのも暇だしな…何かやる事は無いかと考えてみる。



 ーーコンコン

「失礼します!ネロ・アーグマンで。」


 …どうやら、ヘッケランの使いが来たみたいだ。


 サリネアが屋敷に招き入れると、その少年がリビングに顔を出した。

 少年は俺の顔を見ると、貴族がしそうな挨拶をして、要件を話し出す。


「大旦那様、旦那様からのご伝言を伝えに参りました。」


「ご苦労様、ヘッケランは今日はウチには来ないって?」


「はい。今日は一日、屋敷に籠られるとの事です。後、伝言ですが、宜しければユウト様に商会の激励に行って頂きたいとの事で…リストを預かっております。」


 そう言って、ネロは店の名前が入った用紙を手渡して来る。


 …しかし、まだ10才くらいなのに、しっかりしてるよなぁ。

 元々、貴族で読み書きができるから、ヘッケランが奴隷斡旋業を始めた時に、自分の小間使いとして拾い上げた、って言ってたけど、間違いなく俺の少四の時よりはしっかりしてるな…


 そんな事を考えていると、彼は要件は伝え終わったと、一礼して帰ろうとするので俺は慌てて呼び止めた。


 リストの中に、ヘッケランの屋敷方面の店があったから、一緒に行こうと言うと…

「良いのですか?是非、お供させて頂きます!」

 嬉しそうに、ネロが年相応の返事をする。



 ん?何故、男に優しくするのかと?

 それは俺が少年もイケるクチで、ペロリと味見してやろうと…


 ってのは冗談で…お使いのご褒美に、たまに買い食いさせたり、雑貨を買い与えたりして、ヘッケランに内緒で甘やかしているのだ!



 …昔の俺なら親戚の子供にも、優しくはせんかっただろう。

 幼女ならまだしも、ショタなどには興味なかったし、余計に冷たかったはずだ。

 …心に余裕があると、こんなにも人は変われるもんなんだなぁ、リア充万歳!


 俺が上着を着て玄関を出ようとすると…ティファとメリーが、準備万端でドアの前に立ってる。


「…あれ?二人共お出かけ?」


「お伴します。」

「…しますわ。」

 笑顔で同行を申し出る二人に、抵抗は許されそうにもない…俺はショタをイジりながら甘やかす遊びは止めて、普通に甘やかすだけにシフトチェンジした。





ーーーーメイン通り


 屋敷を出ると、まずは新規出店したと言う、生活品全般の購入・配送業が主体の【マンズヤ】と言う店に向かった。


 道すがら歩いていると、香ばしい焼き串の匂いが漂ってく来る。

 きゅ~っと可愛い音が聞こえたので、お腹が空いたのであろうネロに声を掛けようとすると…


「…おなかへった……」

「うぉっ!?びっくりした…」

 ネロかと思った腹の虫は、こっそり付いて来たレアの音だったらしく、突然現れたレアに脅いていると



「よぉ、ニイちゃん…ちょっとええか?」

 俺達は、突然、変な二人組に声を掛けられた。


 一人は男で、俺より身長が少し高いから180cmくらいかな?

 防具は軽装鎧だけど、胸の部分を覆ってるのはブレストプレートなのに、肩には甲冑の袖が付いた変わった装備をしてる。

 それに、パッと見てガントレットも魔法の防具だろうし、鎧の下に着ているのは、おそらく竜の鱗製シャツだろう。


 この和洋合体した感じの装備は、ゲーム時代によく見たデザインだ。

 かなりのレベルが無いと装備出来なさそうな物を身につけてる…って事は、ただの冒険者やチンピラじゃないだろうな。


 …ってことは、コイツらが【断罪の巫女】か?


 背の高い男のとは対照的に、もう一人は背が低く、メイルと司祭服を装備していて、フードを被っているから顔は見えない。

 こっちの奴が巫女なんだろうけど、俺には装備等からじゃレベルは読み取れないな…



「なぁ、兄ちゃん達が【アイアンメイデン】っちゅー奴らか?」


「…何かご用ですか?」

 危険を感じたのか、前に出ようとするティファを手で制して俺が話を受ける。


「俺らは王都から派遣された、儀典官っちゅーやつやねんけどな?実は、お兄ちゃん達に何個か聞きたい事があんねん!ちょっと今から時間もらえへんか?」


 こいつ関西弁なのもあって口が悪いな…ロクな育ち方してないんだろう。

 そう思いながらも、現世でカツあげされた時の記憶が蘇り、若干ビビる俺…


 だが、まずは話を聞かん事には進まないと思い、俺の屋敷に来てもらうように招く事にしたり


 移動のどさくさに紛れて、ネロにヘッケランへの伝言を頼もうとしたんだけど、それはさすがに見逃してもらえず、何か企んでるのか?と怪しまる始末だった。


 …油断ないのね!

 くそっ…ヘッケラン無しで話し合いするのは、リスクが高そうだし、ウチにはメリーくらいしか、口が立つ人材が居ないから不安だよ。



 はぁ…厄介だ!果たして、俺に交渉的な事なんてできるのだろうか…

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