3 浴室・幕間

「そこまでは良かったんだよなぁ……そこまでは」


 時間は現在に戻り浴室。

全身をボディソープの泡にまみれさせた碧海が、ぼそり呟きを洩らす。


「モラッド好きがいるからって嬉しくて、思わずはしゃいだのが失敗だったなぁ」


自身のやらかしを振り返り、身体を洗う手を止めしゅんっとうなだれた。


 モラッドは五人の男女が繰り広げる恋愛コメディ作品。

原作は漫画だが、碧海はアニメでしか知らない。


「でも嬉しかったもん。そりゃ、モラッド好きな人に出会ったらはしゃいじゃうよ」


顔を上げ目の前の壁に向いたまま、そう口にする。

自分の非を正当化するように、言い聞かせるようにして。

一度目を閉じ深呼吸してから、身体を洗い流す為にシャワーのバルブへ手を伸ばし捻った。


「とは言え、やっぱりテンション上がりすぎだよな。あの時の私は……」


はぁ、とため息を吐き出す。同時に上から降り注ぐシャワー。

 全身にまとわりついた泡がシャワーの水流に押し流され、排水溝へと吸い込まれていく。

お湯の飛沫が跳ねるに合わせて、浴室の湯気は濃さを増していった。


「それにしても藍沢さん、あんなにモラッド好きだったとはなー……」


 脳裏に藍沢の顔が浮かんでくる。

普段の大人しく気弱な感じとは正反対な、強い意思を感じさせる厳しい表情をした藍沢の顔が。


「おっと、いけないいけない」


 すっかりボディソープが洗い流されていた事に気付き、慌ててシャワーを止める碧海。


「節水はちゃんとしないとねー」


一人暮らしは何かと出費の嵩むもの。

こういう細かいところの積み重ねが大きいのだ。


「んー、髪は……後にしよ!」


 濡れた髪を掻き上げながら少し思案し、そう決めるとようやく湯船に浸かる為、浴槽へと足を踏み入れた。


 そして再び、碧海の意識はトリップしていく。

藍沢とのモラッド話に一喜一憂した瞬間へと……

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