2 とりっぷ昼休み

 それはバスタイムから遡ること数時間前のことだ。


「でさ、うっかり寝ちゃってて」

「あー、あるよね」

「またやっちゃったのー?」


 お昼休みの教室の一角にて、昼食を終え他愛もないおしゃべりに花を咲かせる女子高生四人組の姿。

面子は碧海の他にいるのは高橋 恭子(たかはし きょうこ)、崎本 美奈(さきもと みな)、藍沢 三咲(あいざわ みさき)の三人である。


 四人が仲良くなったきっかけは、文化祭での班で一緒になったことだった。

それ以来、こんな風に一緒にいる時間が多くなっていた。


「ところで昨日のNスタ観た?」

「観た観た!」

「あー、忘れてた」

「もったいないなー」


 昨日の失敗談から一転、次に上がったのは音楽番組の話題。

音楽好きらしい高橋と崎本は興奮気味な様子だ。

一方、関心の薄い碧海は無難な返事をし、藍沢は大人しく耳を傾けていた。


「ゲイズ良かったよー」


 高橋が名前を出したゲイズは、オペラ風の歌唱に和楽器の演奏を組み合わせた和風テイストのビジュアル系バンド。

最近、ドラマやCMでも楽曲がよく起用される人気の五人組。


「あたしはロバルデンの方がいいかなー」


 そして対抗するように崎本が言ったロバルデンは、脱力系のヘビーメタルサウンドとシャウトを織り混ぜたパンクな歌唱が特徴の、覆面系三人組。

独特すぎる個性が妙にウケてこれまた人気のユニットである。


「そうなんだ」

「へー」


 それぞれの推しを挙げ、盛り上がる二人とは対照的に愛想笑いで相づちを打つ、碧海と藍沢の二人。


「そういや碧海って好きなアーティストとかは?」


あまりわからない話になり聞き役でいようとしていた碧海に、しかし高橋が不意に話を振ってきた。


「んー、私は別に誰がってのは無いかなぁ」


 思惑を外されやや動揺しながらも、無難な返事で碧海はお茶を濁す。

実際、特定のアーティストが好きと言うのは碧海にはなく、その時その時に耳にして気に入った曲をレンタルや音楽配信サイトからのダウンロードで済ませる程度だった。


「じゃあさ、今度ゲイズのアルバム貸すから聴いてみてよ、絶対気に入るから!」

「なら私もロバルデンのアルバム貸しちゃうー」


だが無難に流そうとする碧海の思いとは裏腹に、これ幸いとそれぞれの推しを薦めてくる二人。


「いやいや、それはいいよ。なんか悪いし」


前のめりで仲間を増やそうとする二人の勢いにたじろぎながらも、なんとかその場をやり過ごそうと試みる碧海だったが。


「大丈夫大丈夫!」

「聴けば絶対ハマるからさ!」


獲物を見つけた狩人のごとき二人の勢いはそう簡単には収まることはなく、さらにぐいぐいと碧海に迫って来た。

 実際、こうやって薦められる物ほど困るものはない。

いざ借りてみても自分が興味がなければ、なかなか触れてみるには至らない事も多々ある。

しかしそうして聴かないままに時が過ぎ、借りた物を返す段になった時の気まずさたるや、推して知るべしである。


「あー、じゃあ今度レンタル行った時にでも借りてみるからさ」

「もー、貸すって言ってるのにー」

「なら、聴いたらちゃんと感想聞かせてよー」


 冷や汗たらり、困り笑いを浮かべながら言った碧海に、二人は不満げな声を漏らしつつもそれでようやく引き下がった。


「でね、ゲイズの魅力ってのはー」

「ロバルデンのポイントはねー」


推しの押し売りはなんとか回避したものの、まだまだ続きそうな布教攻勢に碧海は耐えきれず思わず矛先を逸らしてしまう。


「そ、そういえば藍沢さんは好きなアーティストとかいないのー?」

「え……?」


 唐突に話を向けられ、それまで静かに三人のやり取りを眺めていた藍沢は困惑の表情を浮かべた。


「わ、私は……」


急に矢面に立たされ、狼狽えた様子で口ごもる藍沢。

お下げの黒髪に、特徴がないのが特徴な眼鏡。

そんな見た目の印象に違わぬ性格な彼女にしてみれば、

この状況はいっぱいいっぱいになるのも無理はない。


(ごめん、藍沢さん……!)


おろおろとテンパる彼女に内心で謝りながらも、高橋と崎本の攻勢から逃れられた事に安堵する碧海。


「その、あんまり流行りの音楽とかは詳しくなくて……」

「じゃあ是非ゲイズを!」

「いやいやここはロバルデンっしょ!」


藍沢の言葉に再び気色ばむ高橋と崎本の両名だったが。

しかし躊躇いながらも次に口にした藍沢の言葉に、状況は一変する。


「でも、勉強の時とかによく聴く音楽はあるよ。

その……知らないかもしれないけど、モラッドってアニメの曲なんだけど……」

「へー、意外」

「ふんふん、名前は知ってるかな」


 藍沢が挙げたタイトルに、意外そうに頷く高橋と崎本。

そんな普通の反応に藍沢がほっとしたのもつかの間、今度は大きな声を出し碧海が身を乗り出した。


「藍沢さん、モラッド好きなんだ!?」

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