妄想バスタイムとりっぷGirl

光樹 晃(ミツキ コウ)

1 凹みGirl

 ━━浴室━━


 それは誰もが身体と心を温もりで包み込むお湯と、俗世からは隔離されたゆったり出来る時間に満たされた、至福の空間。


毎日の疲れと汚れとストレスを洗い流し、身も心もすっきりリフレッシュさせる、明日へのリラクゼーションルーム。


 ここに一人の少女がいる。


彼女の名は未心 碧海(みこころ きよみ)。

十七才のうら若き女子高生である。


入浴、シャワー、そのどちらも愛する浴室のお姫様……は言い過ぎとして。

 そんな彼女の浴室の過ごし方は、時には一日の出来事を振り返ったり、また時にはメルヘンや切ない空想妄想に深く意識を浸したり。


 そして今日も、碧海のバスタイムが始まる。



「はぁ……」


 深いため息を吐き出し、沈鬱な面持ちでがっくりと肩を落とした格好で重い足取りを引きずりながら、碧海は家路に着いていた。

学校での一日を終え、疲労の色が見える彼女の胸に去来するのは、今日あった憂鬱な出来事から来る暗い気分だった。


「今日は、疲れたな。早く帰って、お風呂入ろ……」


疲れと共に全身にのし掛かる暗い気分、それを早く洗い流してしまいたい。

彼女の内にある思いは今、ただそれだけだった。


お湯の温かさと、全身を勢いよく洗い流す心地よさ。

その瞬間への強い欲求が、碧海の重い足を前へ前へと進ませた。



「ただいまー」


 玄関に入り扉を閉めながら、帰宅の言葉を飛ばすと共に履いていた靴を無造作に脱ぎ捨てる。

一人暮らし故に返事はもちろん無いが。


「さー、お風呂お風呂」


カバンを部屋に放ると一目散に浴室へ。

洗面所にて靴下をするすると脱ぎ洗濯機に放り込むやいなや、まずは浴槽にお湯を溜め始めた。


「はやく溜まれー、お風呂ー♪」


少しずつ浴槽内に注がれていく蛇口からのお湯を眺めながら、碧海は鼻歌のような物を口ずさむ。

未だ胸の内にずっしりとわだかまる、暗く重い気分を誤魔化すように。


「さてさて、それじゃ入る準備しよっと」


お湯が浴槽の三分の一ほどまで来たのを見計らい、一旦洗面所へと戻る。

手早く脱衣し洗濯機のスイッチをオンにすると、再び浴室へと飛び込んでいく。


「もやもやー」


 浴室内は立ち込める湯気にすっかり包まれ、ほんのりとした暖かさが冷えた身体に染み込んできた。

お風呂用の椅子を動かしつつ浴槽に目をやれば、お湯はしっかり満たされている。


「慌てない、慌てない……」


逸る気持ちを宥めながらまずは蛇口のお湯を止め、シャワー用のバルブを捻った。


「ひゃあっ」


うっかり自分の方へ向けていたノズルから吹き出したつぶてに打たれ、間の抜けた声を上げてしまう碧海。

慌ててノズルの向きを明後日の方に向けてから、ちょうどいい位置に移動させた椅子へとお尻を乗せる。


「うっ、まだ冷たい……」


今は冬が本格的に始まりつつある頃。

浴室は暖まったとは言え、椅子の座面はまだひんやりとした感触が残っていた。

触れた箇所から広がる冷たさを堪えながら、シャワーホースを手に取りノズルを自分へと向ける。


「……はあー」


降り注ぐお湯の優しい温もりに、碧海は思わず吐息を洩らす。


「と、まずは足元からっと」


そのまま頭から浴びていたい気持ちを抑えつつ、ヘッドを足元へと向ける。

小さい時からの教えは成長した今でもしっかり守っていた。

床に当たりぱしゃぱしゃと音を立てながら弾ける飛沫を眺めながら、足の甲へじっくりとお湯を掛けていく。

そこから広がるあったかい感覚に気持ちも緩ませながら、シャワーをゆっくり上へと動かし全身を温めていった。


「んーっ」


 目の前まで持ってきヘッドからのお湯を顔に浴び、気持ち良さそうな声を上げる。

そのまま鼻を鳴らしながら、顔面に当たるシャワーの感触をしばし楽しんでいた。

 しばらくそうした後、立ち上がって高い位置のフックにホースを固定して。

天井を仰ぐ形でまっすぐに立ったまま、降り注ぐお湯の雨を全身で受け止めた。



「それにしても……」


 しばらく、ただ頭から浴びるシャワーを堪能した後。

碧海は洗顔ソープで泡まみれの顔で呟く。

脳裏に浮かぶのは、今日のお昼に学校で起こった友達との出来事。


「あんなに怒らなくてもなぁ……」


思い出すと途端に、シャワーの温かさにほぐされた気分がまた沈んでいく。

顔につけた泡を広げる手も、動きが鈍くなっていた。


 そして碧海の意識がトリップを始める。

今日の昼の時間、学校でのあの場面へと……

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