イノシシとキノコとスナイパールーちゃん 3

倒れた私は、しかし意識はまだ残っていた。

どうやら気絶したわけではなく、体が全く動かないだけらしい。

運ばれた私は、そのままギルドの机の上に安置されることになった。


「ひとまず解毒薬だな」


そういってマスターは私の口に解毒薬を流し込んだ。

苦い草を100倍まで煮詰めたようなエグさと青臭さが口いっぱいに広がり、悶絶したくなるが、表情一つ動かない。それでもあまりの苦さに涙がこぼれた。


「一般薬は効かん、お姫、うちの娘は何食ったんだ?」

「大猪の心臓とこのキノコだよ。キノコは私も食べたんだけど」

「マツタケに見えるけどな。おい、ギルバード、何かわかるか?」

「ああ、珍しいキノコですね、これ。巫鳥茸(しととだけ)じゃないですか」

「しとと?」

「見た目はマツタケに似ていて、味よし、香りよしの魔法キノコなんだけど、抽出すると惚れ薬になるキノコなんですよ。マツタケより高値で売れますよ。」


秋の風物詩であるマツタケはそれなりに高値がつく。なので私もほとんど食べたことがなく、今日食べたのがほとんど初めてだったから味の違いが判らなかった。

でも金持ちで美食家なお姫もわからなかったんだろうかと少し疑問に思った。


「で、うちの娘がこうなった理由はなんだ? お姫のほうは元気そうだし」

「シトトダケの毒性は非常に弱いという話だったはずです。軽い惚れ薬ぐらいの効果しかないんですが…… 辞典を見てみますね」


ギルバードさんは博識である。医者の勉強もしていたらしく、私も初めての獲物の解体の時はよく手伝ってもらっている。ものの1,2分で記載を見つけたようだ。


「ふむ、原因は不明だが、ごくまれに意識を失うものがいるらしい。解毒には、愛する者の口づけが有効だとか」


おい、本気かよ。魔法茸は確かに、体を大きくしたり、小さくしたり、足が速くなったり、なんかよくわからない効果があるものはいっぱいあるが、そんなおとぎ話みたいな効果があってたまるか。

あってたまるか、と思うけれど、全く動けもしない私。周りはギルバードさんの話を信じたようだ。

ヴォルヴさんとベアさんはそそくさと出ていく。二人とも既婚者だ。私に口づけするのは問題があり過ぎる。

ギルバードさんは興味深げに見ている。この人イケメンだけれども同性愛者なので、私にかけらも恋愛的な意味で興味ないだろう。

まあマスターにしてもらえればいいかなぁ。親娘だし、愛してくれていると信じている。ここで口づけされて麻痺が解けなかったら結構へこむ。


とか考えていたら、なんかお姫がすごく興奮している。鼻息荒く、こちらに近寄ってくる。

おい、おまえ、なんで私に口づけしようとしているんだよ。返品だよ返品。お前こそお姫様なんだからおとなしく王子様待っていろよ。

あと一応ファーストキスだからお姫が相手とか結構嫌なんだけど。マスター? 親娘はノーカウントでしょ、明らかに。


「ちゅーも三回目だから慣れてるよ!!」


ってどや顔で言うお姫。お前とチューした記憶なんて一度もねーよ!!!

ねつ造すんじゃない!! と思うが体は動いてくれない。


このまま初めてのチューを奪われてしまうのか、と思っていたのだが……

お姫が口づけをしようとした瞬間。ギルドのドアがバーンと開く。


「アンジェ「お待ちになってくださいまし!! え、エリスさんの唇は、私がいただきますわ!!」ぬわー!!」


大地母神教の花娘であるエメラルダさんが、なぜか急に現れた。

その前に黒ゴキブリが発生した気がしたが、一瞬にしてエメラルダさんに吹き飛ばされていった。きっと目が疲れているのだろう。

ついでにエメラルダさんの発言も、耳が疲れていることにしてほしい。


「ふっ、エメラルダさん、やはりあなたが最後の壁として立ちふさがるのね!!」

「当り前ですわ! ぽっと出の白いのに負けるつもりはないのですわ!!」

「しかしもうボクは受付ちゃんと2回もチューをした仲。1回はあなたもみてたでしょ?」

「あれは酔っていましたからノーカンですわ!! そ、それに私だって何度もチューしたことありますわ!!!」


エメラルダさんもねつ造しないでください。わたしはあなたともチューした記憶はないです。あのエメラルダさんがマッチョのおっさん好きだけではなく、同性愛者であることに若干衝撃受けている私を尻目に、二人の言い合いは進んでいく。というか、産めよ増やせよ地に満ちよを是とする大地母神教で、同性愛ってまずいんじゃないんだろうか。


そんな私を尻目に、二人の言い合いはなんかエスカレートしていった。


「ぼ、ボクなんて、受付ちゃんと同じベッドで裸で一晩過ごしたんだからね!!!!」

「それを言ったらわたくしだって、同じベッドで何回も寝たことがありますわ!!!」


謎のねつ造合戦がエスカレートしている。どうすればいいんだろうか。マスターは何かにショックを受ける顔をしてうなだれているし、ギルドメンバーたちはニヤニヤといいあう二人と、その間で倒れている私を見ているようだ。

ヴォルヴさんが通行人まで集めて賭けを始めた。どっちが私の本命か、とかいう謎の賭けである。チューして起きたほうが本命らしい。わけがわからん。


とうとう言い合い疲れた二人は、私のほうに顔を近づけてきた。チューするつもりか。本気でするのか。というか殺気立っていて顔がこわい!

最期の気力を振り絞って、近寄ってくる二人の後頭部をつかむ。元気があれば何でもできる、気合でしびれる腕を動かす。


「そんなにちゅーしたいならぁ!!!」

「受付ちゃん!?」

「エリスさん!?」

「おまえらでしてろー!!!」

「「んぐううううう!!!!!」」


お姫とエメラルダさんの顔を衝突させた。


なお、ヴォルヴさんの賭けは、私が一人勝ちするというのにかけていたベアさんの総取りであったということである。

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