秋ーやっぱり彼女が食べて騒ぐ話

イノシシとキノコとスパイパールーちゃん 1

秋になると、魔物は増える。

正確には春生まれた魔物が成体になるのが大体秋ごろだということだ。

狩りをメインにする冒険者にとってもかき入れ時であり、この時期に狩りをすると気候が良いので安全な上、いいものが狩りやすい。


「ということで、受付ちゃんとルーちゃんとイノシシ狩りに来ました!!」

「いえーい、なのです」

「いやいやちょっと待って」

「ん? どうしたの受付ちゃん」

「早くボタン鍋が食べたいのです」

「今日ピクニックに行くって言ってたよね? ね?」

「にゅううううううう!!!」

「相変わらずしろおねーちゃんのほっぺはよく伸びるのです」


おかしい、お姫はピクニックとキノコ狩りに行こうといっていたはずだ。猪なんて言う危険生物にエンカウントする予定はまるでなかったはずなのに、なぜそのようなことになっているのか。


「説明しよう、この時期のイノシシはキノコをいっぱい食べていて、肥えておいしいのです。だからイノシシを狩るのはキノコを狩るのと実質おにゃああああああああ!!!!」

「ねえお姫、なんでそう適当なの? ねえなんで?」

「ルーも引っ張るのですー」


この辺りにいるイノシシというとエリュマントスという大猪である。体高2mぐらいあるやばい大きさのイノシシで、馬鹿でかいが、お肉は非常においしく、また骨や牙も高値で売れるので、1匹狩れば1家族が1年ぐらいは暮らせるぐらいの報酬になる。当然狩りの難易度は非常に高い。単純にでかくて力が強い、というのはあるが、何よりも丈夫で首もないため、急所がほとんどないのだ。弱り切るまで攻撃し続けるという方法が正攻法であり、場合によっては数日に及ぶ狩りになったりする。

当然、そんな大規模な狩りの準備などしていない。私はいつものギルド制服だし、ルーちゃんだって普通のピクニックの服装だ。長いズボンと長い袖の服を着ている。かわいい。

お姫が馬鹿みたいに強いのは知っているが、さすがにエリュマントスは無理じゃないだろうか。というかこっちに迷惑かかる可能性あるからやめてほしい。


「ほら、くだらないこと考えてないで、キノコ集めるよ」

「きのこなのです!!」

「えー、イノシシぐらい狩れるって」

「どう考えても無理でしょう、今の装備じゃ」


大猪を殺す、というだけならそこまで難しくないだろう。お姫の大魔力にまかせた上級魔法なら大体のイノシシは吹き飛ぶだろうし、私が聖剣を呼べば跡形もなく浄化できるだろう。でもそれは単なる殺戮であり、狩りではない。

狩りというのは、いかにうまく獲物をきれいに殺すかというのが重要なことなのだ。狩りの目的は殺すことではなく、死体を得ることなのだから。


だからこそ、狩りにはそれ用の装備が必要なのだが、お姫はなんかよくわからない金属製の長物をいくつか持っているだけだ。それでさすがにエリュマントスを狩ることはできないと思うんだけど。


「ふっふっふ、そんなことないよ。これが私の新兵器、魔道銃なのです」


金属製の筒だが、いったい何をどうする者なのだろう。


「この紐の先からのところから魔力を込めることができて、本体の引き金を引けば魔道弾が撃ち出される機械です。破壊力は、込める魔力によりますが、私がフルパワーを出せば大体1000m先のミスリルフルプレートメイルをぶち抜けますよ」

「……いや、威力高すぎるでしょ。そんなのぶち込んだら相手はミンチじゃない。」


対魔力性能の高いミスリル銀のフルプレートをぶち抜くとかどんな威力をしているんだ。上級魔法より下手すると威力が高そうであり、そんなのを撃ち込んだらイノシシだってミンチである。ミンチ肉なんて作っても、価値なんて全くないのだ。


「じゃあ威力を絞れば……」

「それじゃあ皮にはじかれるよ。だからイノシシ狩りは厄介なんだよ」


もちろん害獣駆除をしようというのならばまた別なのだが、獲物が欲しい狩りでは、威力調整ややり方が非常にむずかしいのだ。思い付きの突発的なやり方では難しいし今回は大人しくキノコ狩りにしたほうがいいと思うのだけれども。

そんなことを考えていると、ルーちゃんが袖を引っ張る


「これ、撃ってみたいのです」

「ええ、あんまりお勧めできないけどなぁ」


半矢、つまり仕留めきれないみたいなのを量産しそうである。まあ、ルーちゃんがやってみたいなら一回ぐらいはやってみてもいいかもしれないが。


「仕方ないなぁ、一回だけだよ」

「わーい、なのです。しろおねーちゃん、魔力頼むのです」

「はいはい、どれくらいがいい? お城を吹き飛ばせるぐらい?」

「目玉を抜けば仕留められるぐらいの威力がいいのです。強すぎると頭ぬけちゃうからダメなのです」

「なんかすごい具体的な指定がされた!? む、難しいけど、これくらいかなぁ。命中して10cm進んだら爆発する感じで」

「素晴らしいのです」

「あ、でも骨は確実に抜けないし、毛皮も抜くのは難しいと思うぐらいの威力だよ」

「狩人ルーの、実力を見るのです」


なんかルーちゃんがノリノリである。銃を構えて、真剣に向こうを見ている。

ルーちゃんの見ているほうを見ても、特に何も見つからないんだけど、何を狙っているんだろう。

そんなことを考えていると、パーン、という音が横からした。軽い破裂音である。どうやら、ルーちゃんがさっそく引き金を引いたらしい。


「終わったのです」

「え?」

「獲物を捕りに行くのです」

「え?え? ちょっと待ってルーちゃん」


銃を置いたルーちゃんが、どんどん森の中を進んでいく。荷物をまとめて、あわててルーちゃんを追いかける私とお姫。しばらく、それこそ数百メートルぐらい進むとそこには、大猪が倒れていた。


「これ…… え?」

「目玉を撃ちぬいてやったのです。一発なのです」

「ルーちゃんがやったの!?」


確かに倒れている大猪の左目がない。ここに弾が当たったのだろう。これを狙ってあてるってどんなスキルなんだろうか。


「牡丹鍋が食べられるのです」


そう嬉しそうに尻尾を振るルーちゃんを見ながら、私はお姫と顔を見合わせた。

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