夏バテと幽霊と甘酒お姫

ひとまず依頼の廃屋までたどり着いた。

海水浴客がいる砂浜にも近いその廃屋は、昔、どこかの誰かの別荘だったらしい。

避暑にはよさそうだが、冬は雪が深いこんな地では、別荘の維持が大変で、放棄された物件だ、ということが依頼書には書いてあった。


「おばけこわいぃ……おばけこわいぃ……」


幽霊がいる理由は、一週間ぐらい前にこの廃屋の中で死者が出たことが原因らしい。といっても、殺人などではなくて、死んだ人が屋根に乗っていたところ屋根が抜けて落下したことによる転落死、とのことであった。町の人ではなく、どこのだれかはいまだ不明らしい。


「ひぃ!! あそこの窓、誰かいなかった? ねえ、誰かいたよね?」


依頼書からそんな情報を拾っていたのだが、なんにしろさっきからお姫がうっとおしい。

私の左腕にずっと縋り付いたままであり、だんだん私の左手がしびれてきた。

なんにしろ建物は建て替え予定らしいし、周りにも何もないから吹き飛ばしても問題はないらしい。それならば方法は一つだ。


「お姫」

「やだぁ、絶対あそこに何かいるよぉ、ねえ、いるよね? いるよね?」

「お姫?」

「ひにゃああああああああ!!!!」


空いている右手で頬っぺたを引っ張る。びにょーんと伸びるお姫の左ほっぺ。相変わらず楽しいぐらい柔らかいほっぺである。あと左腕の感覚がそろそろなくなってきたから離してほしい。


「受付ちゃんひどい、傷物にされた」

「案外余裕があるね、あんた」

「やだああああ!! はなれちゃやだああああ!!!」


なんか余裕な発言をするものだから左手を振り払うと、お姫が慌てて抱き着いてきた。どれだけ怖がっているのだか。


「お姫、ほら、上級浄化魔法使って、家ごと浄化しちゃいましょ」

「ふえ?」

「上級浄化魔法、使えるでしょ」

「いや使えるけど」

「家ごとやってしまえば幽霊に会わなくて済むよ」

「なるほど!!!」


浄化魔法は、霊体に特に効くが、物質を消滅させる効果もある。家ごと消滅させてしまえば幽霊の出る廃屋などには入らなくてもいいのである。非常に力技で、魔力の無駄遣いだが、許容範囲だろう。解体費用も浮く。


「じゃあ、やるけど、離れちゃだめだからね?」

「いや、両手使わないと上級魔法は使えないでしょ?」

「尻尾で抱き着くから大丈夫」

「何が大丈夫かわからないけど」

「いいから!!!」

「はいはい」


お姫は自分の尻尾を私の腰に巻き付けてから、ゆっくり手を放した。そのまま魔法を使うと思いきや、ちらちらとこちらを見ている。


「いや、離れないから」

「本当? 離れちゃやだよ?」

「いいからはよやれ」

「やあああ!!! 手放しちゃやああ!!!」


尻尾をなでていた手を放しただけで大騒ぎである。正直うっとおしいわ。

しかたがないから、そのまま近寄って後ろから抱き着く。


「これならくっついてるのわかるでしょ」

「え、う、うん」

「ほら、はよ魔法使いなさい」

「ちょ、ちょっと逆に緊張する」

「正直暑いから早くして」

「わ、わかったよ!」


お姫が祝詞を唱え始める。力ある言の葉が響きわたる。空間が浄化の光で埋め尽くされていき、ひときわ強く光ると……

そこには家も何も残っていなかった。浄化、完了である。


「おわったね。さっさと帰りましょ」


手を放そうとしたのだが、お姫に両手をつかまれていて、離れることができなかった。


「怖かったから、もう少しこのままお願い」

「はぁ、暑いんだけど」

「お願い、あとなでなでして」

「しょうがないなぁ」


浜辺に座ってお姫を抱き上げながらなでなでする。

お姫は満足そうに尻尾を揺らしながら、なでられていた。

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