夏バテと幽霊と甘酒お姫 2
「ほら、こんな依頼が来てるぞ。肝試し代わりにこの依頼受けたらどうだ」
垂れている私のところにマスターがもってきた依頼は、幽霊が居ついた屋敷を除霊するというものであった。
幽霊というのは、この世に残ってしまっている死後の魂である。死ねば肉が残り、魂は神の元へと行き新たな生を受ける。それがこの世界の輪廻のルールなのだが、しかし、未練などにより時に死後の魂にがそのまま残ってしまうことがある。
そんな風に残ってしまった幽霊は、直接的、物理的に何かできるわけではない。肉体という器がないので、人に語り掛ける以外ができないのだ。なのである意味無害だし、大体の幽霊は最後のお別れということで、家族と会話して、家族に看取られて昇天するものなのだが、ごくまれに未練が解消されずに、昇天しない連中がいる。そういう連中は基本とにかくうるさい。睡眠が必要ないものだから、24時間ずっとなにかを訴え続けてきたりする。聖剣なんてへし折るまで24時間ずっと「魔王殺せ」といってきたりした。
大体は各教会の聖職者が幽霊を昇天させるのだが、時々冒険者ギルドに依頼が回ってきたりする。立ち入るのに危険性がある場所の除霊なんかだ。
「ふむ、危険度はEランク。まあ廃屋だから一応っていうところなのかな。指名依頼で、アンジェ……お姫が指名されてる」
「お姫も聖職者だからだろう? 聖職者付き添いと指名依頼とどっちが安いかは微妙な話だが、手間は省けるからな」
「なるほど」
除霊依頼には聖職者の同行が原則だ。浄化魔法自体は、冒険者でも使える人はそれなりにいるが、除霊の確認は聖職者しかできないことになっているためだ。そのため冒険者に依頼するのは冒険者への謝礼と、聖職者への喜捨の二重に費用が掛かる。
一方指名依頼とは、受注する冒険者を指名する依頼だ。指名料がかかるため、それなりに高くなる。今回も、指名料と聖職者への喜捨とどちらが高いかといわれると、お姫のランクや人気から言って、指名料のほうが高くついていそうだが、窓口が一つなので手続きは楽だろう。
まあ私は動きたくないし、お姫にちゃっちゃと終わらせてもらおうと、お姫のほうに振り返ると……
「おばけ、こわい」
柱に隠れて、お姫がガタガタと震えていた。
「え。お姫さ、幽霊苦手なの?」
「受付ちゃんだめー!!! 幽霊の話すると、幽霊が寄ってくるんだよ!!!」
「いや、寄ってこないけど」
「くるのー!!!」
涙目になりながら、両手をぶんぶん振って私に抗議するお姫。尻尾もビタンビタンとあらぶっている。
幽霊なんかよりよっぽど怖そうなドラゴンやら魔王やらをぶっ飛ばしてきたくせに、お姫は、幽霊が苦手なようだ。この天衣無縫傍若無人なお姫にも苦手なものがあったとは。
「どうするマスター? これ、キャンセルできるかな?」
「いや、幽霊怖いからキャンセルしますとかダメだろ。子供じゃないんだから」
「やだー!! ぜったいやだー!!」
「子供のように駄々をこね始めたけど」
床に寝転がって、両手両足尻尾をバタバタし始めた。本気で子供のようだ。パンツ見えている。
これ、どうしようか。指名依頼だか基本的に断りたくないというマスターの意向はよくわかる。ただ、こうなったお姫を連れていくのは非常に難しいようにも思える。どうにかお姫を釣る方法を考えるが……
「よし、引きずっていこうか」
「エリス、考えるのがめんどくさくなったのはわかるけど、あまりに雑過ぎないか」
「お姫の対応なんてこの程度でいいと学んだので。ほらお姫。素直に歩くか、尻尾を持たれてその背伸びした黒のパンツを世間にさらしながら引きずられていくか、どっちか選びなさい」
「受付ちゃんにパンツみられてもうお嫁にいけない、受付ちゃん責任取って結婚して」
「案外余裕がありそうだね」
尻尾をつかんで、肩に担ぐ。お姫の尻尾は、担ぐにはちょうどいい太さと硬さだった。普段の活力と戦闘力に反して、お姫は結構小柄なので、こうやって引きずってみると非常に軽い。このまま依頼の場所まで行くのは難しくないだろう。ついでにその体のデコボコも削れて平らになるが良い。
「ちょっと待って受付ちゃん!!! たいむたいむ!!! というか力つよいよ!? にぎゃああああああ!!!」
「いってらっしゃいなのです、お姉ちゃん」
「行ってくるね。ルーちゃん、マスター」
依頼の場所は海辺の廃屋。歩いて大体五分程度である。
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