夏バテと幽霊と甘酒お姫 1

「あーつーいー」


夏も本番。冬は雪が降って寒いくせに、夏は暑いというのがこの辺りの特徴である。四季がはっきりしていると言えば聞こえはいいが、本当に暮らしにくい。

今日も空は雲一つない晴天であり本当に暑かった。海のほうは人でにぎわっているだろう。


「あーつーいー」


ルーちゃんが床でうつぶせにつぶれながらそうつぶやいている。長いふわふわの髪の毛が天然の毛布のような効果を生んでいて本当に熱そうである。髪の毛の端をもってばっさばっさとすると、ちょっと涼しいのか尻尾が揺れるのが見えた。

ルーちゃんはそのままごろり、と一回転横に転がる。木の床が暑くなったのだろう。そうやってまたちょっと経つと転がり、ちょっと経つと転がり、を繰り返している。


マスターたちおっさんや、お姫はこんなに暑くても元気だが、私は正直結構夏バテしている。というか、こんな暑いのに毎日肉を食べているおっさんやお姫がおかしいと思う。

ここしばらくろくに食べられなくて若干やせた気がする。お腹のぽよぽよが無くなっているからいいかと思うところもないわけではないが、若干じゃなくつらい。


ルーちゃんの髪をバサバサしてキャーキャー言わせて遊びながら、気を紛らわせていると、お姫が帰ってきた。

手には、葉っぱで包まれたものを持っている。いったい何だろう、あれ?


「おかえり、お姫。それいったい何?」

「ただいま、受付ちゃん。これは板粕だよ。お酒を搾った残り」

「へー、それ、何に使うの?」


葉っぱに包まれているなんて初めて見るし、そもそも白いみたいだけど…… 何のお酒の搾りかすで何に使うのだろう。

お酒の搾りかすといえばビールのものか、ワインのものぐらいしか知らない。

ビールの搾りかすは、豚なんかの飼料に使ったりするが、毎日食べると美容にいいとかいう話はある。ただ、まずい。すごくまずい。あれを毎日食べるぐらいなら私は豚になると思うぐらいまずい。

ワインの搾りかすは、糖蜜や果汁を入れた水につけておくと安いお酒になるので、酒場などではよく使っていると聞く。

お姫の持ってきたお酒の搾りかすもそんな風に使うのだろうか。


「ふっふっふ、これでおいしい飲み物を作るのだ」

「へー」

「受付ちゃん夏バテしてるからそれに聞くやつを作るのだー」

「そっかー、楽しみにしてるね」

「はいはーい、じゃあ今から作ってくるね」


そういって、台所に消えていくお姫。

私は、キャーキャー言ってるルーちゃんをバサバサする作業に戻るのだった。かわいい。





15分ぐらいたつと、お姫がコップを3つ持って戻ってきた。

なんか湯気の立つ白い液体が入っている。なんだろう、あれ。


「はい、これ、甘酒だよ」

「甘酒?」

「魔国のほうで作られる飲み物なんだ。お米で作ったお酒の搾りかすをお湯で溶かしただけだけどね」

「へー」


お酒は弱いんだけどなぁ…… と思って匂いを嗅ぐが、アルコールの匂いはしない。ジンジャーの香りがふわっとしている。


「…… どんな味なの、これ。ジンジャー入ってるみたいだし、辛いの?」

「甘いよー、糖蜜も入ってるし」

「ふむ……」


見慣れない飲み物だし、口を付けるのにちょっと躊躇するんだけど……

そんな風に迷っていると、ルーちゃんが飲みはじめた。ルーちゃんは何でも口にする。野生で生きていけるのか心配になるレベルで、警戒心がないのでちょっと心配である。

一口飲んだルーちゃんは、おいしー、とそのまま全部飲んでしまった。おいしいらしい。

毒見させたような気持ちになりながら、一口口を付ける。ほのかに甘く、ジンジャーのほかになんだかよくわからない香りがする。確かに味は悪くないし、夏バテしていてもなんとなく入っていく味だ。ちびちびと全部飲み干す。ルーちゃんは2杯目を飲んでいた。


「暑い飲み物なのに、なんとなく涼しくなるのね」

「そうだねー、夏の名物だからね。もう一杯飲む?」

「ん、いただく」

「夜は、酒かす使った鍋作るから楽しみにしててね」

「でも、食事はあんまり入らないんだよね」

「気が向いただけ食べればいいとおもうよ」

「じゃあ楽しみにしてる」


夕飯はお姫が作ってくれるみたいだし、私はもう何もしないことを決めた。ごろーんと、ルーちゃんの横に転がる。きゃー! といいながらルーちゃんが上にのしかかってきた。あつい。すごくもふくて暑い。でもなんか動く気がしない。そのまま二人でごろごろしながら、しばらく過ごすのであった。

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