海とタコと水着お姫 3
目の前には小山のようなタコ。キングオクトパスの死骸である。
領主様がぜひ皆に振舞いたい、というので、今からこれを解体しないといけない。いけないのだが……
「ちょっと大きすぎるよねぇ、これ」
「だねぇ」
足の一本一本が、私やお姫の胴回りより太いのだ。
もちろんただばらばらにするだけなら、大変だが悩むことはないのだが……
「これ、どうやって洗ってどうやってゆでるの?」
美味しく食べるためには下ごしらえが必要なのだ。
冒険者ギルドのお仕事の一つに魔物の解体がある。狩ってきた魔物をばらばらにして、使えるところと使えないところ、そして毒など危険なところに分ける作業だ。魔物によってはやばい毒を持っているものもいるため、かなり重要な作業だ。
うちのギルドでは基本的に私がしているのだが、それを助けてくれるのが解体手引と呼ばれる本である。この本にはあらゆる魔物の特徴と素材、そして解体方法が書いてあり、私もなれている魔物以外は基本的にこれを見ながら解体する。
キングオクトパスについても当然記載があった。内臓には毒はないが、寄生虫などの危険があること、そのため良く茹でること、足先10cmは毒がある危険性があるため食べないこと、そんなことが書いてあった。毒も危険な牙もほとんどないので、解体は簡単、かと思ったのだが、よくよく読むと、食べる場合には下ごしらえが非常に大変だった。
内臓を抜いたら塩もみをして、ぬめりがなくなるまで水で洗うことや、できるだけバラバラにせずに茹でること、なんてことが書いてあった。
「やっぱり無理じゃない? これそのまま洗ったり茹でたりするの」
そもそもこの大きさのものを本当にそんな風にできると解体手引きの作者は思っているのだろうか…… いや、もしかしたらキングオクトパスがたくさん出る地域にはそれ用の設備があるのかもしれないけど……
「まーひとまずやってみましょうか。みなさーん、手伝ってくださーい!!」
「え、ちょっと待ってよ。お姫、人集めてどうするの」
「受付ちゃんはひとまず内蔵だけ引きずり出して」
「まあそれくらいならできるけどさ……」
お姫が周りの人に声をかけている間、私は早速解体に取り掛かった。
ひとまず、胴体と脚の接続部分に腕を突っ込む。ここから胴体をひっくり返すようにして、内臓と目玉を取り出すらしいが……
「ぐぎぎぎぎぎぎぎ!!!!」
サイズがサイズだけに非常に硬い。腕が胴体の内側に入っても、内臓を包む膜が破けないのだ。これは非常に苦戦する。解体用のクレーバー包丁はあるがあれは関節なんかをたたき切るためのもので、こういう時に突き刺す風にはできていない。かといって牛刀を刺したら刃が折れてしまいそうである。
この際、聖剣を呼び出すか、なんてことも頭をよぎる。しかしおそらく現在海水浴上がりの人で公衆浴場は満杯であろう。ここで聖剣を呼ぶとお湯が止まってしまう上、たぶん聖剣が機嫌を損ねてしばらくお湯が出ない状況が続いてしまう。何より聖剣だって使い方によっては牛刀より脆そうである。
にっちもさっちもいかず迷っていると、領主様が来た。
「エイドリアンのところの娘よ。手伝うか?」
「領主様にお手伝いいただくのは気が引けるのですが……」
優しい領主様は声をかけてくれたのだがぶっちゃけ気が引ける。なんせこのタコ、ぬるぬるなのである。現状ですら私自身ぬるぬるである。領主様までぬるぬるになるのはちょっとどうなのかと気が引けてしまう。
「何、わしも元々は傭兵上がりよ、この程度どうということはないわ」
そんなことを言って領主様がタコの胴体のところに腕を突っ込む。
めりめりめり、という音がして、胴体がめくれ上がった。
「して、娘よ。どうすればいいのだ?」
「あ、胴体を裏返して、内臓を取り出します。大体とったらあとは海の水で洗う感じですね。」
「なるほど承知した」
領主様は、そのままタコを強引に裏返すと、内臓をわしづかみにして抜き取った。すごい力技である。内臓は食べられないので、このあとお姫が焼却予定である。
ギリギリ、という歯ぎしりの音が聞こえてきて、そちらの方を見るとマスターがこちらを見ていた。領主様もマスターのほうを見ていた。ああ、マスターは出遅れていいとことられた、とか思っているんだろうな、と思った。
さて、ここからどうするか、と思っていたのだが、お姫が周りの人の手のひらに塩を配りはじめた。各々の手に、山もりの塩を置いていく。
塩自体は、冒険者ギルドに保管されていたものを一樽持ってきている。塩というのは非常に便利であり、一部の毒を無毒化出来たりもするし、腐敗防止にも使えたりする。そのため冒険者ギルドには大量の塩が保管されていて、今回そのうちの一樽をお姫に担いできてもらったのだ。
塩を配られた人たちは、それぞれタコを塩もみし始めた。どうやら人海戦術でどうにかするつもりらしい。子供たちは率先してタコにまとわりついているし、おそらく漁師のところのおかみさんだろうおばさんは、やけに手慣れた手つきで塩を刷り込んでいく。領主様も率先して塩を塗りこんでいっているので、周りの人も手伝わなきゃという雰囲気になっている。
どの程度塩を揉みこめばいいのかわからなかったが、そこは漁師の人たちがよくわかっているようで、そういった人たちが音頭をとってやってくれていた。15分ほどかけると、イイ感じになったらしい。
今度は、みんなでタコを持ち上げると、そのまま海に投げ込んだ。海の水で洗うらしい。子供たちが海に浮かぶタコに乗っかってぺちぺちとたたいている。大人たちは海に使って、手で一生懸命タコを洗っていた。数人が、塩を持って、さらに細かいへこみなどに塩を塗り込んでいる。みんなななかなか作業が細かいなぁ。
もう途中から私は完全に観戦モードである。どうやら、そうやってタコの塩もみは終わったらしい。どうやろうかと思っていたが、案外みんなでやればできるものである。
しかしここからどうやってゆでるのだろう、と思っていたら、お姫が声をあげた。
「はい、では今から神龍族に伝わるドラゴンブレスを皆さんにお見せしましょう」
「おおおー!!!」
ドラゴンといったら火を噴くモノ、というイメージは確かにあるが、お姫も火を噴けるんだ、ということを今日初めて知った。
波打ち際近くに掘った浅くて広い穴、どうやらみんなで塩もみしている間に、マスターたちが掘った穴らしい、の淵にお姫は立つ。そのまま息を吸い込み、白い炎をその口から噴き出した。なんというか、白くてあまり熱そうには見えないのだが、実際は非常に暑いのだろう。熱のせいで穴の底は赤く赤熱しているし、穴の周りには陽炎が立ち上って空間がゆがんで見えている。人間が受けたら骨まで燃えてしまいそう、そんな雰囲気の炎だった。
十二分に熱くなった穴を見届けたお姫は、穴の淵を崩す。そのまま海の水が穴に流れ込み海水がすぐに煮えたぎった。
「じゃあそのまま、タコを穴に投げ込んでくださいー」
「おおー!!!」
海に浮かんでいたタコを、水の流れに沿って穴に投げ込む。案外うまく、煮えたぎるお湯のたまった穴に、タコは落ちた。
グラグラと煮える海水で茹でられるタコ。ひとまず崩した穴の淵は、再度砂を盛って固めたが、これって徐々に冷めていってしまうのではないだろうか。そんな心配をよそに、海水はずっとグラグラと沸騰し続けていた。
そんなこんなで、タコは無事煮えあがったのだが、それからがまた大変であった。
タコ自体は非常に美味であり、領主様をはじめ、皆気に入ってくれたのだが……
なんせ、小山のようなタコを切り分けなければならないのだ。切っては盛り、切っては盛り、の繰り返しである。暑いし重いし、かなりの重労働であった。漁師のおかみさんたちが包丁を持ち出して、手伝ってくれなかったら確実に心が折れていた。
結局私の海水浴は、海でほとんど泳ぐことなく、タコの解体をし続けるという作業だけで終わってしまったのであった。
海開きの後、私とお姫は浜辺に残り、後片付けをしていた。といっても道具類はすべてマスターたちに持って帰ってもらっており、私たちの仕事はごみの焼却だけである。お姫の魔法で、廃棄された内臓やら、いろんなごみやらが燃えている。
日もすっかり沈み、人もいなくなった暗い浜辺には波音だけが響いていた。
「お疲れ様、受付ちゃん」
「お姫もお疲れ様」
なんだかんだですごく疲れた。火をのんびり眺めながら、そんな正直な感想が浮かぶ。
お姫もずっとタコを捌いていたし、おそらくすごく疲れているのだろう。珍しく口数が少ない。
「飲む?」
そういってお姫が取り出したのは瓶に入った飲み物だった。暗くて色はよくわからないが、おそらくお姫が好きな野イチゴのビールだろう。
お姫は普段お酒は飲まないが、お祭り騒ぎが終わると、理由は知らないが大体最後にはこれを飲んでいる。
正直お酒は一度飲んだきりだし、あまりいい思い出はないが、しょうがない、付き合ってやろう。
「のむ」
そういって瓶を受け取った。渡されるときに、キャップはお姫が明けてくれた、栓抜きもなく指で栓を開けるんだから、かなり馬鹿力である。
火が消えるまで、ゆっくりビールを飲む。
やはり私はお酒に弱いのだろう。ビールを飲んだあとの記憶はやはりなくなった。気づいたら朝であり、私は裸でお姫と抱き合って、自分の部屋のベッドで寝ていた。頭がすごく痛かった。
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