海とタコと水着お姫 2

お姫に遊泳禁止を言い渡された私は、暇を持て余していた。

正直やることがあまりない。いつの間にかお姫ともルーちゃんともはぐれた私は、そのままあてどなくさまよっていた。


砂浜には屋台がいくつも出ていた。おいしそうな匂いがする食べ物が売っているが、そもそもダイエットのために海に来ているのに、ここで買い食いしてしまったら元も子もない。我慢我慢、と唱えながらうろついていると、海岸の隅の方、石積みの防波堤のところで、マスターたちおっさん数人が釣りをしていた。

何が釣れるのだろう。ちょっと覗きに行こうかな、と思い近寄ろうとしたところで、波間から大きなにょろにょろした足が生えてきた。


「キングオクトパスがいるなんて聞いてねえぞ!!!」


マスターがにょろにょろした足、タコ足らしいものを腰に巻き付けながら叫ぶ。ほかのおっさんたち、えっとだれが居るかな? ヴォルヴさんと、ベアさんと、あ、後あれ領主様かな、の腕や足、体にタコ足が巻き付いている。

タコ足の主、キングオクトパスは、おっさんたちを海に引きずり込もうと必死のようである。おっさんたちは、それに対抗し、筋肉を脈動させながら、引っ張り上げようとしているようだ。

周りの人もその光景に気付いたようで、はやし立てたり騒いだり、一部の人は慌てて助けようとしている。マスターがいれば特に心配する必要ないと思うんだけどなぁ。マスターは王国有数の冒険者、ドラゴンスレイヤーなのだ。こと対魔物の能力については、マスターを上回る人は世界中探しても早々居ない。そのマスターが、苦戦はしているが余裕の表情でいるし、後ろに控えたギルバードさんは、魔法の準備もせずに釣りを続けている。おそらく力づくでも勝ち目があるのだろう。

それよりも慌てて駆け寄ろうとして海に落ちたオスカーさんのほうが心配である。護衛さんたちが必死に引き上げている。


海水浴客たちは、みんな楽しそうに領主様たちの戦いを観戦していた。

領主様もマスターも、この街では英雄である。こと武力に関しては絶大な信頼を置かれているのがはっきりわかる。腰の太さぐらいのタコ足に巻き付かれているのに、オスカーさんたち以外だれもあわてていないのだからその信頼はすごいものだ。

賭けをしようとして成立しなかった人や、なんか妙に熱っぽい目線を送る人もいる。偶然隣にいたエメラルダさんは、はぁ、はぁ、と荒い息をしながら領主様に熱視線を送っている。この人も筋肉オヤジフェチだったのか。ちょっと見る目が変わった。



「おい、エイドリアン、ギルドのマスターになってから、筋力落ちてるんじゃないのか?」

「はっ、オーウェン。俺は生涯現役だ。お前こそ領主様、なんて呼ばれて訓練怠ってるんじゃねえか。」


マスターと領主様は、お互いに挑発しあいながらタコ足と戦っている。どれだけ余裕があるんだか。二人ともタコ足を握りなおしたし、そろそろ終わりだろうか。


「んなわけねえだろ。ほら、1,2の3でこのデカ物を海から引っこ抜くぞ」

「おうよ! 1、だっ!!!」


1,2の3の掛け声で引き抜く、とか言いながら二人とも1の掛け声でタコ足を全力で引っ張った。お互い出し抜こうとしたのかよくわからないが、息があっているのかあっていないのかわからないタイミングで二人に引っ張られたキングオクトパスは、そのまま宙を飛び、砂浜に打ち上げられた。


キャーというおばさま方の黄色い声援と、うお―というおじさま方の掛け声が上がる。周り中大興奮である。キングオクトパスはそのまま、冒険者ギルドのおっさんたちと領主様の手にした銛に貫かれ、あっけなく息絶えた。



突発的なイベントであったが、周りは大盛り上がりであった。キングオクトパスは確か食べられるはずだ。このまま解体ショーからのタコ焼きパーティが始まるのが目に見えている。周囲を囲まれて大騒ぎするおっさんたちを尻目に、私は一度ギルドに解体用具をとりに帰るため、その場を立ち去ろうとする。


「あれ? お姫とルーちゃん、何してるの?」


砂浜のちょうど逆側の端っこで、お姫は一心不乱に穴を掘り、ルーちゃんはその掘られた砂でお城を作っていた。結構立派なお城である。


「いや、なんか嫌な予感というか、ここに穴を掘れ、という直感が働いてね。ひとまず掘ってるの。大体こんなものかな」

「ルーはお城を作っていたのです!!!」


胸に「るー」と書かれた白い布が縫い付けられた、紺の水着を着たルーちゃんが、胸を張る。砂の量が多いせいか確かになかなか立派なお城である。


「すごいお城だね、あとでマスターたちにも見せようね」

「はいなのです!!!」

「で、受付ちゃんは何してるの?」

「今から一度ギルドに戻って、解体用具をとってくるの。向こうで領主様たちがキングオクトパスを釣り上げたから、それ用にね」

「へー、ちょっと見てみたかったかな、その釣りあげる光景」


若干うらやましそうにするお姫。これだからおじさんと筋肉好きは……


「じゃ、ボクも受付ちゃんと一緒に行くよ。みんなで持ってきたほうが楽でしょ」

「ルーも手伝うのです」

「そう? 二人ともありがとう」


そのまま三人そろってギルドに向かう。

砂浜から出た直後、砂浜の方で「何か面白そうなことをしているじゃないか、我もまぜぬわぁー!!!」という黒ゴキブリの叫び声が聞こえた気がするが、きっと気のせいであろう。

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