海とタコと水着お姫 1

私たちが住んでいる都市、白雪は海に面している。

古くは北方の最前線防衛基地だったここは、海からの補給に頼っていたということである。いまは、砂糖樹から取れる砂糖を主に港から運び出す、交易港として使われていたりもする。


まあそのあたりは本筋の話ではない。何がいいたいかというと……


「さー! およぐぞー!!!」


お姫が海水浴を始めたというだけである。私を巻き込んで。





始まりは数日前だった。

公衆浴場ができてから、ほぼ毎日公衆浴場には行っていたが、忙しい時などには、お姫の洗浄魔法に頼ることが時々あった。

この洗浄魔法、術者自身の時は大丈夫なのだが、他人にかけると服まで吹き飛ぶという欠点がある。そのためいつも部屋で服を脱いでかけてもらっていたのだが……


「受付ちゃん、ふとった?」


お姫の何気ない一言が、私の胸に突き刺さった。


「絶対お腹に肉ついたよね。ほら、ぷにぷに」

「やめろー!! もむなー!!! というかあんただって太ったでしょ!! 私よりお菓子食べてるじゃない!!」


お姫が来てから、お菓子を食べる機会が圧倒的に増えたのは自覚している。お姫がもらってきたり、お姫が買ってきたり、そんなで昔よりもかなり食べていた。というかふとったのお姫のせいじゃない!!

それに、私以上にお菓子を食べているのはお姫だ。きっとこいつだって太ったに違いない。

試しにお姫のお腹を触る。あんまり太っている気がしない……


「ちょ、ちょっと受付ちゃんどこ触ってるの!? まだ日が明るいよ!?」

「何言ってるのよ ……もしかして」


お姫の胸を鷲掴みする。……大きくなっている気がする…… ついでに抱き着いて尻も鷲掴みにする。……くそう、なんで肉がつくところが違うんだ……


「ちょっと、受付ちゃん!? すとっぷ、すとおおおおっぷ!!!」

「これが、格差…… 揉めば小さくなるだろうか……」

「にゃ、にゃああああああん!!!」







お姫の肉付きは置いておいて、ダイエットをすることになった。運動が大事だ。確かに私はあまり運動しないし運動しようという方針に反対はしない。ただ、どうして海水浴になったのだろう。

そんなこんなでダイエットを始めようと決まった時から三日後、街の砂浜で海開きが行われることとなった。海開きって何だろう、と思っていたのだが、どうやら海水浴ができるよーって知らせるお祭りらしい。本当にお姫はお祭りが好きである。


私は水着なんて持ってなかったのだが、お姫がどこからともなく調達してきたものが渡された。競泳用水着ということだが……


「足が露出しすぎてて、恥ずかしいんだけど……」

「似合ってるよ、受付ちゃん」


ワンピース型なのだが、脚刳りの位置が深く、脚の露出がすごく多いのだ。正直見られると恥ずかしいんだけど……


「んー、じゃあボクが着てるやつのほうがよかった?」

「いや、そっちの方がもっとご遠慮したいかな」


お姫が着ているのは白いセパレート型の水着であるが、おへそも胸元も丸見えで余計恥ずかしい。タートルネックで胸元は見えないこっちのほうが、まだ、きっとましな、気がする。あまり大差はない気もするけど。




海開きのイベント、といってもあまり多くの行事は準備されていない。せいぜい、領主様のたちが海開きの挨拶と宣言をするぐらいだ。50歳ぐらいになる領主様も、今日は水着で登壇していた。元騎士だけあって、若干お腹に脂肪がついているが、それでも腕とかすごい筋肉である。お姫も無駄にテンションが上がっている。その前に登壇した領主様の息子にはまるで興味がなさそうだったのに。筋肉とおじさんが好きなお姫である。趣味が結構悪いと思う。


領主様の海開きの宣言が終わり、皆海に飛び込んでいった。お姫も私の手を引いて、さっそく海に飛び込もうとしたのだが……


「アンジェさん、今日はどうもありがとうございます」


領主様の息子であるオスカーさんに声をかけられた。

あ、お姫のテンションがすごく下がった。見た目は微笑であるが、付き合いが長くなってきた私にはわかる、完全な営業スマイルである。個人的にはきれいすぎて、ちょっとお面みたいに見えてコワイ微笑である。


「いえいえ、こちらこそ許可をありがとうございます、オスカーさん」

「少し何か飲みませんか。暑いでしょう」

「いいえ、私たちは泳ぎに来たので、今から泳いできますわ」


そういってさっさと話を切り上げて離れるお姫。すごい塩対応である。

オスカーさんに下心があるのかどうかはわからないが、お姫を狙うのはあまり得策とは思わないんだけど…… 狙いたくなる気持ちはわからなくもない。

お姫はなんだかんだ言っても見た目はすごくいいし、頭も回転が速く、独創性に富んでいる。個人としてみても変わり者だがハイスペックな上、その血筋は非常に高貴なものである。妻に迎えられたらそりゃ貴族社会では鼻が高いだろう。

でも…… 残念ながらイケメンが大の苦手なのである、こいつは。水原王国は、たぶん帝国でもそうだったと思うが、イケメンとされるのはだいたい線が細く、きれいな顔をした男である。だが、お姫はそういうイケメンが苦手だ。多分魔王のあたりのせいとか、もしくはそれ以外の理由があるのかもしれないが、とにかく苦手である。

貴族というのは大体イケメンであり、オスカーさんも例にもれずイケメンである。態度も紳士的で、街の女性の人気が高いのは確かだ。だからこそ無理だと思うんだけどなぁ。


まあ、お姫のスペックならどこでもうまく生きていけるだろう。あんまり無駄なことを考えずにひとまず今日はダイエットだ。

私たちはそのまま海に飛び込み、そして私は……


「受付ちゃん!? うけつけちゃああああん!!!!」


そのまま海に沈んだ。






そもそも私は泳いだことが生まれてこのかたない。だからよく考えたら泳げなくて当然なのだ。海に飛び込んで即沈んだ私は、お姫に助けられたのであった。


「泳げないなら初めから言ってよ」

「いや、私もエルフの血を引いてるし、泳げるかなぁと」

「なんというか、そういうところ結構チャレンジャーだよね、受付ちゃん」


私はハーフエルフだし、エルフは水と樹の加護を持つ種族だから当然泳げると信じ込んでいたが、全くそんなことはなかった。

今は、両手をお姫に持ってもらって、顔をあげながらバタ足の練習である。ばちゃばちゃと水しぶきが飛ぶが、全く進んでいる気がしない。


「ひとまず人は水に浮くはずなんだけどなぁ。受付ちゃん、息を吸い込んでから止めてみて」

「はい」

「そのまま力を抜いててね。手を放すよ」


お姫が手を放す。私はさも当然のようにすーっと水に沈んだ。


「なんでぇえええ!!!」

「いや、まあ沈んだっていいじゃないですか」

「よくないよ!? 泳げてないからね!?」


エルフの血がなせる業なのかどうかは知らないけど、水に沈んだからって別に怖くはなかった。ただ息ができなくて苦しいので、足が下につかない場所まで行くつもりはないのだけれども。


「ひとまず私のことは放置してても大丈夫だから。適当に水に沈んでるし」

「適当に沈まないで!? 適当にするなら浮かんで!?」


全くわがままなお姫である。

なんだかんだで水の中にいるのが楽しくなってきたので、この後沈んだり波打ち際に打ち上げられたりしていようかと思ったのだが、お姫が大騒ぎするので、水泳は終わりになってしまった。解せぬ。

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