夏ー彼女と周りの騒動

カビと魔王とお嫁お姫 1

雨の多い季節になった。

今日も昨日も朝からずっと雨である。

雨の日は冒険者ギルドは仕事が少ない。なので基本みな、ギルドでグダグダしている。

ルーちゃんはカーペットの上でうつぶせに倒れている。湿気を髪の毛が吸うようで、いつものもふもふが、ぼふっぼふっという感じに爆発している。さながら毛玉のようである。かわいい。

おっさんズも近所のおっさんたちとカードをしたりしながら時間をつぶしている。


そしてお姫は……


「ほら受付ちゃん!! 今日も教会に行くよ!!!」


天気に限らず元気である。





梅雨の花嫁、というものがある。

梅雨を司る慈雨の女神さまの祝福により、梅雨の時期、特に雨の時の花嫁は幸せになれる、という伝承である。

ただ、雨の日の結婚式は大変なので、そんな伝承があってもあまり梅雨時期に結婚式が行われることは多くない、いや、去年までの話なら少ないぐらいだったのだが……


「今月の予約10件…… 多いね……」


今月に入って3日に1回ぐらいのペースで教会で結婚式が行われている予約が入っている。前なんて、1月に1回ぐらいだったのに、なんでこのペースなのだろうか。しかも竜神教会での結婚式が増えている。さすがに神父さん一人じゃ捌ききれないので、上級司祭資格を持つお姫が手伝っており、その手伝いということで私も手伝っている。

今まで竜神教会での結婚式なんて、年に数回もなかった。大体みんな大地母神教会の方でやっていたからだ。信者の割合や、祭る神様のご利益が違うんだから当然なのだが……


「がんばらないとねー」


楽しそうに尻尾を振るお姫。大体の原因はこいつだろう。

お姫はバレンタイン祭で恋人を量産した後、半年弱あとのこの時期に結婚式をできるようにいろいろキャンペーンをしていた。

ウェディングケーキと呼ばれる、結婚を祝うケーキを広めたり、ウエディングドレスのレンタルを始めたりしていた。何よりこいつ自身が司祭をして結婚式をするというのは非情に箔がつく。聖職者としての階級は、神父さんのほうが主教で上だが、お姫は帝国の皇族、お姫様である。そんな人に結婚式を執り行ってもらえるのはやはり魅力の一つだろう。ただ、なぜか私も毎回手伝うことにされてしまった。正直結婚式は同年代の知り合いのことも多く、めんどくさかったのだが、お姫が駄々をこねたのでしぶしぶ手伝うことになっている。


さすがにいつものギルド制服では、結婚式には合わないのはわかっている。ただ、祭服も持っていないし……と悩んでいると、やはり出てくるのはお姫のドレスだった。七色に変わる不思議ドレスだが、その色のおかげで基本的には葬儀以外のあらゆるシチュエーションに対応できるらしい。ぴったり張り付いて体のラインが出るから恥ずかしいのだけれども、他の服もないし渋々、この服装で出ることになった。


記念すべき初梅雨の花嫁は、鍛冶屋の娘さんのユースティアナさんであった。自分で剣まで打つ男、勝りで竹を割ったような快活な性格の人である。武器の購入なんかで冒険者ギルドとも取引が結構あり、私が行くと手作りのお菓子をくれる、乙女な部分もある人で、それなりに親しくさせてもらっていた。今までは乙女な部分をあまり表に出さない人だったおで、男性受けがあまり良くなく、なかなか結婚できなかった。しかしバレンタイン祭の時に乙女乙女した服を着たら男性陣にモテたらしく、この度無事に結婚することになった。すごくめでたい。


お姫と二人で私は心を込めて祝詞を詠み上げながら、結婚式は厳かに進んでいく。いつもの男性服と違う、花嫁衣裳を着たユースティアナさんはすごくきれいだった。

そんなこんなで式次が進み愛の誓いをする段になったその時


「その結婚、異議あり!!!」


バーン、と教会の扉が開いた。

扉の向こうには黒髪黒目のイケメンが立っていた。大声を出したのはこいつであろう。

一瞬三角関係、という言葉が思い浮かんだが、すぐにその可能性を否定する。

ユースティアナさんは、今までとにかくモテなかった。私含めた数人とモテない同盟を結成する程度にはモテなかった。最年長で案外乙女趣味なのだが、仕事柄どうしても荒々しい姉御という感じがあるからじゃないかなと同盟では噂していた。そんなユースティアナさんであるが、バレンタイン祭で一念発起し、やっとの思いで相手を捕まえたのだ。そのあとは今日まで、お相手一筋だったというのはほかの同盟員からも聞いている。

現にユースティアナさんも、こいつ、誰、みたいな顔をしている。つまり、こいつはユースティアナさんのストーカーか、でなければただの変質者である。許すまじ。


どこのどういうイケメンか知らないが、ひとまずこいつは敵だということだろう。排除しないといけない。こういう時のトラブル対応は、身分もあるお姫にやらせるべきだろうか、と思いお姫を振り返ると、お姫はなんというか、ゴキブリを見た時の嫌悪感と、小さい子が怪談を聞いたときの恐怖感を、足して二をかけたようなすごい表情をしていた。どうやらお姫の知り合いらしい。しかしいつもニコニコが取り柄のお姫がそんなネガティブな表情をするのは、初めて見た気がする。だれなんだこいつ。


静まり返った教会の中、黒イケメンはつかつかとお姫のほうに近寄ると、そのままお姫を抱きしめた。お姫は汚いものでも触ったかのようにかなり必死に腕の中から逃げ出そうとしていた。

ひとまずこいつはギルティ決定である。教会にいたほかの同盟員たちの眼もそう語っていた。イケメン死すべし慈悲はない。これが私たちの合言葉である。どうにかこの黒イケメンをお姫から引き離して教会から投げ出そう、最悪お姫ごと投げ出そうと思っていた私の頭の中に声が響いた。


『魔王を殺せ』


と。あの聖剣という名の呪われた武器の声だった。そして理解する。こいつが魔王であると。


「聖剣ホワイトファング!!! 来い!!」


頭に浮かんだことそのまま、手を掲げて叫ぶ。光とともに温泉の媒体となっていた聖剣があらわれた。温泉にずっと置いてあったのに、錆び一つない聖剣が手のひらに飛び込んでくる。

ぬちょ。

握るとぬちょっとした。見ると柄の部分がすごくかびていた。テンションがすごく下がった。


「ば、ばかな、聖剣がなんでこんなところに!? しかも勇者までっ!? だが、目覚めたばかりの勇者に、この魔王様が倒せ」

「うるさいっ!!」

「あべしっ」


聖剣をフルスイングすると、魔王は教会の入り口から外に飛んで行った。悪は去ったのだ。

ひとまずカビカビの聖剣をこれ以上持っていたくないので、祭壇に置く。『我、魔王、倒した』という誇らしげな声が聖剣から聞こえた。


結婚式が無茶苦茶になりかけたが、ひとまず軌道修正をしないと……

こういうのをうやむやにするのが得意なお姫に丸投げしようと思ったのだが、お姫はやばいぐらい憔悴していた。眼の光が完全に消えている。これは完全に使い物にならないだろう。


「魔王は、聖剣をもって払いました。あなたたちは、たとえ魔王が来ようとも、その愛を違えませんか?」


必死に頭を回転させて、魔王が来たことを不吉と思われないようにしながら、私はどうにか式を進めていくのだった。

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