カビと魔王とお嫁お姫 2

結婚式は無事終了した。

私が丸め込めたとは思わないが、一応空気感的に、あのゴキブリ魔王もサプライズとして認識され、それを退治した縁起のいい結婚式みたいな感じに持って行けたはずだ。最低でもユースティアナさんは満足したといってくれた。


そして結婚式の最中はぎりぎり取り繕っていたお姫であったが……


「……」


ギルドに帰ったら無表情で洗浄の魔法を自分にかけ続けている。

一発でお風呂上りみたいにきれいになる魔法なはずなのに何回も何回もかけていた。ちょっと怖い。


「ってお姫、ちょっとやり過ぎて髪の毛パッサパサになってるよ!?」

「うう、受付ちゃん、ボク、穢されちゃった」

「そこまで嫌な出来事だったの!? というかあれ誰だったのよ!!」


お姫の知り合いだとは思うんだけど、関係性がいまいちわからない。

向こうはお姫に非常に好意を抱いているように見えたが、一方でお姫はやばいぐらい嫌っている。苦手な相手にはフェードアウトしてくのも結構うまいお姫があそこまで嫌う相手とはいったい誰なのだろう。


「うわあああああ、おもいだしたくもないいいい!!!」

「ほら、膝枕してあげるから」

「わーい」


膝枕ですぐに機嫌が直ったようだ。でも髪がぱさぱさだし、あとで油塗り込まないとだめだろう。私がお姫を膝枕していると、大体ルーちゃんがお姫のお腹に乗ってくる。天然毛布である。うらやましい。


「で、あの黒ゴキブリ誰だったのよ」

「受付ちゃん、その呼び方はゴキブリに失礼だよ」

「そこまで嫌いか」


まあ、他人の結婚式に無駄に乗り込んできて無茶苦茶にしようとしたんだから、私も嫌いであるのは確かだが。


「嫌いだね。あれは魔王だよ」

「魔王? 魔の国の王様だよね。こんなところでフラフラしてていいの?」

「ああ、そこの説明も必要だよね。魔王っていうのは実は二種類あるんだよ。一つは今受付ちゃんが言った魔の国の王様ね」

「ふむふむ」


魔の国というのは魔族が主に住む国だ。農業には適さない山がちな島国にあるが、鉱山資源、特に貴金属とそれを加工する産業が盛んな、先進国である。魔族の独特な文化もあるらしく、一度行ってみたいところではあるけど…… ここからだと帝国のちょうど反対側になるので、船旅で半月はかかるだろう。そんなところの王様がやすやすとこれる場所ではないと思ったのだが、どうやら別の魔王がいるらしい。


「もう一つはおとぎ話に出てくる魔王。ぬばたまの夜の王たる魔王だよ」

「おとぎ話? ぬばたまの夜の王?」

「闇の女神の加護を受けた者のことだよ。昔はぬばたまの夜の王が魔の国では王になっていたから、魔王っていうわけ。で、あれは魔国の王様ではないけど、闇の女神の加護を持っているっていうことだよ」

「わかりにくいねぇ」


闇の女神は魔国のほうで信仰される神様だ。夜と安息を司る神であり、この辺ではあまり信仰される神ではないが、向こうでは盛んだと聞いている。そして神の加護というのは、神から強い力を受ける人だ。神の力の片鱗を借り受けるのみともいうが、それでもその力は絶大である、といわれている。

つまりあの黒ゴキブリは、神の力を持っていてすごく強いめんどくさいゴキブリということになる。


「で、お姫とあれはどういう関係なの?」

「俺とアンジェは、婚約者なんだよ」


黒ゴキブリが、ギルドの中に勝手に入ってきた。

後ろには、街の女性数名を引き連れている。街の若い子たちだ。まあ黒ゴキブリ、見た目はすごくいいからキャーキャー言いたくなる気持ちはわからないでもない。


「まずお名前をうかがってよろしいでしょうか。他人通しの話に口をいきなりはさんでくるノーマナーなお方」

「ははは、生意気だな。俺は魔国第三王子にして王太子、そして闇の女神の加護を受けし射干玉の闇の王、バウアー様だ」

「左様ですか。私は、水原国白雪冒険者ギルド主任冒険者兼竜神教上級助祭のエリスと申します。それで、冒険者ギルドに何の御用でしょうか」


この長たらしい正式な肩書を述べながらできるだけ慇懃無礼に言い放ってやる。ちなみに主任冒険者というのは、Bランク以上になると自動的に与えられる肩書のためだけのポジションでしかなく、ヴォルヴさんもベアさんもお姫も主任冒険者だ。なおギルバードさんは副ギルド長である。竜神教の助祭位は、最近神父さんが、エリスさんにも何かあげましょうね、といってチョコバナナと一緒にくれた位である。実質的な効力は何もないが、こう並べるとちょっとかっこいい気がしてくる。


「ふん、よく見たらなかなか見れる見た目をしているじゃないか。気に入った。傍においてやるからついてこい」

「寝言は寝てから言ってください。愛人にしてやるとか言われて喜ぶのなんて尻軽ぐらいですよ。魔国というのはよっぽど低俗なんですね。この程度が王太子などとは」

「侮辱するのか!!」

「ははは、侮辱しているのはあなたでしょう? 他人の結婚式に土足で上がり込んで無茶苦茶にしようとしたり、初対面の相手を愛人にしてやるとか上から言ったり、ほんと頭スカスカなんですね」


なぜか怯えて震えるお姫をなでなでしながら、私は話を続ける。こんな頭空っぽの奴の何がこわいんだか。


「という自称婚約者らしいですがお姫、本当なんですか?」

「違うもん」

「ということでおかえりください自称婚約者様。今度は脳みその治療をしてからいらしてください」

「なんだと!! この婚約は帝国と魔国の王の間で結ばれた約束だぞ!!!」

「脳みそが本当に足りてないんですね。婚約は当事者間が神の前で誓約して初めて成立するんですよ。つまり、あなたのパパは頑張ってお姫を口説け、といっていたはずですが、まあ今までの話とかお姫の態度を見れば、何をしてきたか一目瞭然ですね。ぺらっぺらのクズ野郎。早くパパのところに帰ってちゃんと常識を一から教えてもらいなさい」

「なんだと!!!」


婚約というのは基本的に神の前で行われる当事者間の誓約である。なので、当事者間ではない間で結ばれた約束には本来意味はない。

とはいっても、貴族や王族なら、当然政略結婚もあるし、家同士で将来の結婚を約束する場合は普通にある。当然拘束力はないが、普通は両当事者ともに利益があるので双方努力して歩み寄り、そのまま結婚するパターンは非常に多い。ただ、あくまで双方の努力が必要だ。まあお姫がどこまで努力したかは不明だが、この黒ゴキブリは、おそらくずっとこんな感じだったのだろう。


「まあいい、なんにしろアンジェを渡してもらう。帝国と魔国の要請に基づいた引き渡しだ。断るなんてことはないよな?」

「はぁ、本気で言っているんですか? お姫は今冒険者ですから、冒険者ギルド憲章第16条に従い、水原王国の国王令状が必要になります。それをお持ちになってください。あと竜神教の上級司祭でもありますから、管轄主教の白雪教会からの令状も必要ですわ。いいから早く帰れ」


しっしっ、と追い払うように手を払う。お姫が何で冒険者になったか、が分かった気がした。冒険者ギルドは独立性が結構高いうえに、その身分は保障がされており、他国が早々干渉できるような存在ではないのだ。お姫はそのあたりを利用することを考えていたのだろう。まあ、王国のほうはよくわからないが、最低でも管轄主教、つまり神父さんの許可が必要であり、神父さんがこんな黒ゴキブリに協力するわけがない。あの結婚式を邪魔されて、一番怒っていたのは神父さんなのだから。

なんにしろそっけなく振り払われて、黒ゴキブリは顔真っ赤の赤ゴキブリに暮らすチェンジした。そんなに怒ると脳卒中になっちゃうぞ。そんなわけわからないことが思いつくぐらい私は冷静だった。

当然次の行動もわかっていた。


「いいから言うことをきけっ!!!」


こういう短絡的な男は、口で負ければすぐ暴力をふるってくる。そんなの簡単に予想ができた。ルーちゃんは慌てて逃げ出し、マスターたちが立ち上がる。そして私は……


「出でよっ!! 聖剣!!!」

「なっ、その剣はっ」


聖剣を呼び出して、黒ゴキブリの手を受け止めた。やっぱり柄がかびていて、ぬちゃっとしていた。


「聖剣ホワイトファング、まさか先ほどの勇者がお前だったとは!!」

「あ、気づいてなかったんだ」


まあ緑髪のエルフってこの辺では珍しくないし、わからないでもないけどさ。服装も全然違うし、化粧もしてないし。


「先ほどは不覚をとったが、今度は負け」

「うるせえさっさと消えろ!!」


フルスイングで聖剣を振る。顔面にクリーンヒットした魔王は、そのまま飛んでいき、ギルドの窓から飛び出て、お空の星になった。魔王が窓ガラスに衝突する直前で窓を開けたルーちゃん、ナイスプレイである。


さて、このままあの黒ゴキブリも、帰ってくれればいいけど……

まとわりついてくるお姫をなでなでしようとして、ひとまず私は手を洗おうとお手洗いに向かうのであった。

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