花見とコンテストとお団子お姫 3
そんなこんなでコンテストの時間になった。
エメラルダさんは結構前に教会にもどった。きっと着替えるためだろう。
私はめんどくさいので今着ている冒険者ギルドの制服そのままで参加するつもりだ。
まあ制服といっても、うちの冒険者ギルドには女性職員は私一人なので、私が勝手に制服といっている服だ。
キャンパス生地でできた1分丈のショートパンツとサスペンダーに、木綿製のノースリーブシャツ、手足を保護するためのロンググローブとオーバーニーソックスが、ギルドの制服だ。基本的に安物だが、グローブとソックスは耐酸性が高く、丈夫ながら柔らかい大蜘蛛絹糸を使っているのでそれだけは結構高級品だ。ただ、見た目はただの黒いグローブとソックスで高そうには見えない。正直地味である。
「ムー、受付ちゃんが着替えてくれない」
「うるさい団子、あんなのもう二度と着ないからね」
団子が進めてくるのは、先のバレンタイン祭で着たドレスだ。見たこともない布地で作られていて、すごい高そうなうえに体にぴったり張り付いてボディラインが出ちゃうあのドレスである。正直あんな羞恥プレイはもう二度とごめんだし、万が一傷でもつけたら弁償できなさそうな高級品である。団子が弁償しろとは言ってこないと思うが、そんなことになったらまず心が折れる。
その点ギルドの制服は楽である。魔物の解体で汚れてもいいように作られているうえ、そう簡単に破けることのないぐらいの丈夫さである。万が一のときは冒険にも出られるぐらい動きやすく着心地もいいため、普段着としても最適なのである。
「つまり、制服の方が優れてるのよ、あのドレスより」
「受付ちゃんのそういうところ、嫌いじゃないけどもっとおしゃれしてもいいと思うんだ」
「うるさい団子、じゃああなたがあのドレス着て出ればいいじゃない」
「いや、私出るといろいろ問題あるし、盛り上がりに欠けそうだからね」
まあ確かに団子は、自身が気にしてなくても、地位もメンツもある人間だ。団子だけど。コンテストに出たら、よくわからない政治力学とか、そういうのが働くことを懸念するのは、わからなくもない。団子はお祭り好きだし、こういうのにも出たいって思っていたりするのかねぇ。その辺はよくわからなかった。
「そういえばさっきから何飲んでるの、団子」
「これ? 野イチゴのビールだよ。大地母神教会の新作らしいんだけど、甘くておいしい」
「あんた、酒なんて飲んだのね」
冒険者ギルドでも酒は出す。マスターやヴォルヴさんなんかは結構飲んでいるが、団子はおつまみをご相伴にあずかりながら、ココアやミルクを飲んでいた記憶しかない。
ギルバードさんなんかもお酒は一切飲まないし、団子も飲まない人だと思っていたのだけれども。
「ギルドだとのまないもんねー、苦いやつ苦手なんだよ。だからこういう甘いのなら飲むのだー」
「へー、甘いのも用意してあげようか?」
確かにギルドで出しているのはホップのビールか蒸留酒か、ぐらいである。甘くない、安めのお酒しか置いてないのは確かだ。需要があるなら甘いのも置いてもいいんだけど。
「んー、いいかなー。こういうのはお祭りで飲むのが楽しいし、飲みたいときは自分で用意するよ」
「わかった」
「そういえば受付ちゃんってお酒飲まないよね。なんで?」
「なんでって言われても、あまり理由はないよ。飲んだことがないだけ」
「そっかー、これ、飲んでみる?」
団子がビールを差し出す。赤い液体に、しゅわしゅわと泡が出ている。ガラス製のコップに入ったそれは見た目もおしゃれである。いつもギルドで注いでいるビールや蒸留酒は、飲んでみたいと思わなかったが、これはちょっとおいしそうに思えた。
「ん、もらう」
「はい、あ、ボクは代わりの買ってくるから、それ飲んでいいよ」
「ありがと」
ビールは口に含むと結構甘かった。炭酸はあまり強くなく、ちょっとシュワッとするぐらいの刺激で、口当たりは悪くない。香りもベリーのちょっと甘い匂いがしており、飲みやすい感じだった。
「おいしい」
「気に入ったならよかったよ」
甘い割にはのど越しがすっきりしていて、どんどん飲んでしまう。コップの中はすぐに空っぽになってしまった。
「ぽかぽかする~」
「受付ちゃん、お酒弱いんだねぇ。顔赤いよ」
「なのかも~」
なんか頭がふわふわして、体がポカポカして気持ちいい。ふわーっとどこかにとんでいってしまいそうである。でも、何でもできそうなよくわからない感覚にとらわれる。これが酔っぱらうということか。マスターたちがお酒を飲む気持ちがわかる気がした。
「さて、そろそろ時間だし、逝ってくる」
「いってらっしゃ、ってなんで受付ちゃんはボクを抱えてるのかな? かな?」
「アンジェがかわいいから!!」
「ちょっと待って受付ちゃん!!! すとっぷ!! 会話になってない!!! あなた正気じゃありません!!! とまってええええ!!!!」
「走り出したらもうとまらない!!!」
人ごみの中、アンジェをお姫様抱っこしてコンテスト会場まで駆け抜ける。アンジェは案外軽かった。私でも抱えられるぐらいの軽さである。ぷにぷに団子のくせにずるい。
教会前のコンテスト会場では、さっそく出場者のアピールタイムが始まっていた。コンテストといっても、別にそこまでたいそうなことはしない。一人5分程度、アピールタイムが与えられ、その中で好きなことはしていいといわれている。出場者が出てくる順番も自由で、出たい人から舞台に上がるとなっている。
私がコンテスト会場にたどり着いたときはちょうど、エメラルダさんが舞台裾に消えようとしているところだった。ナイスタイミングだと思い、私はアンジェを抱えたまま、舞台に飛び乗った。
「エントリーナンバー多分3番!!! 冒険者ギルド所属のエリス=アーデルです!! 今日は、われら冒険者ギルドと、そこでやっているお団子屋について話に来ました!!!」
「受付ちゃん違う!!! 今は受付ちゃんのアピールタイム!!!」
「私のことなぞどうでもいいのです!!!! みてくださいうちのアンジェを!! かわいいでしょう!! ぷにぷになんですよ!!! 触り心地抜群!!! 枕にしてもちょうどいいのです!!!」
「ボクのことクッションみたいに宣伝しないで!?」
「でもこれは私のですからさわらせませーん!! ふふふ、残念でしたー!!!」
「なに!? 突然の告白タイムなの!? さすがのボクもペース早すぎてついていけないんだけど!!」
「アンジェは触らせませんが、このアンジェみたいな白くて丸くて甘くてぷにぷにのお団子なら、そこで売ってますよー!!! まあチョコバナナのほうがおいしいですので、みんなチョコバナナを買いましょう!」
「宣伝ー!!!! いまの宣伝にすらなってないー!!!」
「うるせーぞ団子、食っちまうぞ!!!」
「んー!!!!!」
ひとまずうるさいアンジェの唇を奪った。ぷにぷにだった。
「ごちそうさまでした」
「うにゃああああああ!!!!!!」
「ということで、エリスの自己紹介は終わりです!! みんな、チョコバナナを食べよう!!!」
「なんでこんなにチョコバナナ押しなの、受付ちゃん……」
「おいしいからだよ!!!」
私はそのまま、アンジェを引きずって舞台袖に引っ込んだ。エメラルダさんとすれ違ったが、彼女の顔は真っ赤だった。
記憶がしばらくなくなり、気づいたらギルドの自室のベッドで横になっていた。
頭が結構いたい。これが二日酔いだろうか……
サイドテーブルに置いてあった水を飲むと、少し痛みが落ち着いた。
えっと……団子にベリーのビールをもらって飲んだ後の記憶がいまいちない。
酔っぱらって倒れてしまったのだろうか。
まあいい、ひとまず寝よう、頭が痛い。
そう思い、水をもう一口飲んで、私はベッドに横になった。
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