お休みと教会と雪だるまお姫 3(2019.1.31修正)
勝手知ったる教会の台所で、ココアを入れて戻ってくると、神父さん以外にも雪だるまが子供たちと一緒に屋内に戻ってきていた。一応子供たちの分と、雪だるまの分も準備しておいて正解だったようだ。
雪だるまはいつの間にか服装が変わっており、もこもこの白い上着と赤い帽子をかぶっていた。すごい雪だるまな外見になっていた。どこから持ってきていつ着替えたんだ、その服は。
部屋には香ばしいにおいが充満していた。どこから調達してきたのかわからない焼き鳥が机の上に置いてあり、神父さんと雪だるまが食べていた。子供たちはよく食べるな、といった表情で二人を見ていた。
「あれ? 神父さん、今って断食じゃなかったでしたっけ?」
ココアをみなの前に置きながら、ふと気づいた。竜神教では新年15日から10日間、断食の期間がある。昔竜神様が、世界を滅ぼす悪い竜を10日間かけて退治したとか、そんな出来事に由来しているとかなんとかいう話だった記憶がある。聖職についていない人たちは行わなくてもいいので、あまり知られていない教義だが、神父さんはダメなのではないだろうか。
ちなみにこの断食は、食べるのはダメだが飲むのは許されている。といっても酒はダメとか、他にもダメなものがあったりして、結構ルールが厳しい。ダメなものリストから洩れている飲み物の一つが、最近大陸外から入ってきたこのココアであり、これに糖蜜をたっぷり入れて飲むのが最近の神父さんの流行である。だから今もココアを入れてきたのだけれども……
「断食中ですが、これは捧げものですから。捧げものは食べても構わないんですよ」
「へー、そんなルールがあるんですねぇ。なら私も、何か作ってきたのに……」
初めて聞くルールだ。そんなことなら私も何か作ってきたのに。
私も料理に自信がある、とまではいわないが、料理はそれなりにできる。なんせ、ギルドで出される食事は基本私が作っているのだ。特にみな文句も言わずに食べるし、そうまずすぎるものではないだろう。雪だるまなんかはおいしいと言ってくれるし。昨日の肉じゃがとかまだあった気がするし、あとで持ってこようか。
「捧げものは、同じ聖職者からしか貰ってはいけないのですよ」
「それ、ルールとして意味あるんですか?」
聖職者はみな同じ時期に断食しているんだし、同じ聖職者から食事をもらう、なんてことはあり得ない様な気がするんだけど……
私も神父さんに教えられたので聖典はある程度頭に入っているが、細かいルールまでは知らないので、もしかしたら何か意味があるのかもしれない。
「断食中でも自分で狩ってきたものは食べられるんですよ」
「へー」
神父さんは足が悪い。もともと冒険者だった神父さんだが、魔族との戦争で膝に矢を受けてしまったとかいう話をしていた。さすが100年以上前の魔王大戦参加者である。日常ではそこまで困っているようには見えないし、昔は武闘祭に出て、優勝をすることもあったので、そこまで悪いわけではないと思うが、最近は足を引きずることもあるし、狩りはできないだろう。
「同じ聖職者ってだれです?」
「私ですよ。これでも竜人教の上級司祭位も持ってるんです」
「あんたほんとに色々無駄にできるのね」
「それほどでもないですよ」
「褒めてないよ」
雪だるまがドヤ顔している。そういえば一昨日、雪だるまはコカトリスを狩ってきていたし、この焼き鳥はその肉で作っているのだろう。コカトリスといえば逃げ足が速くて石化の呪いも使うものだから捕まえるのは難しいが、その肉は高級食材だ。ひとまず私も置いてある焼き鳥に手を伸ばす。甘しょっぱいタレの味付けの美味しい焼き鳥だった。
「え、ちょっとまって雪だるま、あんた聖職者ってことだよね」
「そうですよ。すごいでしょ」
「でも昨日あんた、普通にケーキ食べてたじゃない」
もぐもぐと、1串完食したところで思い出す。コカトリスを狩った記念ということで、昨日マスターがケーキを買ってきてくれたのだ。一人一つずつだったが、雪だるまは、甘いものが得意ではないベアさんの分ももらって二つも食べたのも覚えている。
別に恨んではいない。雪だるまがおいしそうに食べていた新作のチョコレートケーキおいしそうだなと思っていたなんてことはない。私はいつもモンブラン派だが、チョコレートケーキを選べばよかったとかも思っていない。なんとなくいつも通りでモンブランを選んでしまって結構後悔したなんてこともない。というかこいつが来る前はベアさんが残すケーキは私の次の日の朝ご飯になっていたのだ。そうすればあのチョコレートケーキは私のものになっていたかもしれないのに。
「そう、普通のクリームのケーキと、チョコレートケーキと二つも食べてたよね? 二つ。」
「受付ちゃん目がこわいよ!?」
「しかもチョコレートケーキは新作。すごくおいしそうに食べてたよね? ね?」
「半分要る? って聞いたら要らない、って言ったの受付ちゃんじゃない!」
「異論は認めない。神父様、これ、断食を破っていますよね」
今日で断食3日目なはずだが雪だるまは普通に食事していた気がする。ケーキも普通に2つもたべて、新作のチョコレートケーキまで食べたし。悪い子にはお仕置が必要ですよね、神父さん。
「アンジェ、教会ではちゃんと守っている風に見せていましたけど、まさかギルドのほうでチョコレートケーキなんて言うごちそうを食べていたなんて、ずるいですねぇ」
「神父さん待った待った! 鞭持ちながら笑顔でにじりよってこないで、けっこうこわいよ!!」
「お話は懺悔室で聞きましょう」
「ちょ、神父さん力強い!! 助けて受付ちゃん!!」
「チョコレートケーキの恨み、忘れない」
「だから半分わけるっていったのにー!!!!」
主役が雪だるまだったし、なんか甘いものでがっつくのはキャラクターじゃないからできなかったという乙女心がわからない雪だるまはまだまだである。
そのまま雪だるまは、神父さんに麦袋のように担がれて、懺悔室に消えていった。
子供たちは怯えた表情で神父さんを見ていた。わかる、神父さんのお仕置、すごく痛いのだ。私も何回されたことか……
数秒後、バシーン、という何かが叩かれる音と、「いたい!!!!」という雪だるまの叫び声が懺悔室から響く。その音を聞きながら、私はもう一本焼き鳥を手に取った。
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