お休みと教会と雪だるまお姫 1(2019.1.31改訂)
ギルドの受付としての仕事は10日に1日休みというルールになっている。といっても普段の仕事中からやることは多くないし、ギルドで出す食料などの買い出しに出かけることも多いため、自分の必要なものはその時についでに買ってしまう。だから、休みだからといってやりたいことがあるわけでもなく、部屋でごろごろしている。
今日の休みも、部屋でごろごろしてようかなと思ったのだが、急にお姫が私の部屋に押しかけてきた。
「ん、どうしたの、お姫」
「受付ちゃん、教会に行くよ!!」
「教会? 何する予定?」
「いいからいくよー!!」
「ちょ、変なところ触るなっ! なんでお姫様抱っこぉおおおおお!!!」
私はお姫様抱っこされて、そのまま教会に連行された。
受付の休みは上に述べたとおりだが、所属する冒険者の休みは各自が自由にとって良い。冒険者は仕事をしなければ給料が入らない完全出来高制だし、危険な仕事も多いので体調管理が大事であるため、ギルドは基本的に冒険者が仕事を受けるかどうかには口出ししないのだ。現に、大物の狩りの前後は何日も休んだりする人は結構多い。
お姫もこの前のドラゴンの牙で、1月ぐらいは暮らせるお金を稼いでいたし、しばらく働かなくても暮らしていけるだろう。だから私の休みにあわせて彼女が仕事を休みにしても特に心配はないのはたしかだ。ただ、わざわざ私と一緒に教会に来たのは何かあるのだろうか。
「神父さーん!! 連れてきました!!!」
教会の礼拝堂前で、神父さんと出会った。神父さんはこの教会の主教であり、教会の身分としてはそれなりにえらい竜人のお爺ちゃんである。見た目は20代にしか見えないが、この街でだれよりも年上という年齢詐欺であり、本人に年齢を聞いたら、200から数えていないといわれた、そんなすごいお爺ちゃんである。
そんな神父さんとの付き合いは長い。父親のマスターは、こと女子供相手はすごく不器用な人なので、私の面倒はあまり見ることができなかったし、母親はすぐ野生に帰る森ガール系ハイエルフだったので、子育てを心配した周りの勧めで、私はよく神父さんに面倒を見てもらっていた。そんな親代わりの神父さんにはいつも頭が上がらない。
「おかえりなさい、アンジェさん。エリスさんもこんにちは。いつも子供たちがお世話になっています」
神父さんたちの言う子供たちというのは孤児院の子たちである。あの子たちもギルドメンバーなので、お小遣い稼ぎにちょこちょこ冒険者ギルドに顔を出すのだ。前は私が面倒を見ていたが、最近はお姫が子供たちを引き連れてあっちこっちに行っているし、あまり私が面倒を見ているという気がしない。
「こんにちは神父さん。こんな姿勢ですいません」
現在私はお姫にお姫様抱っこされている。宿の部屋からずっとこうである。街中ですれ違う人に若干怪訝な顔を当然されたが、力の差が歴然だし、暴れて逃げようとしたら、体格差的に落とされかねないのでおとなしくしていたのだが…… そろそろ降ろしてほしい。
そんな格好の私たちを神父さんは微笑みながら生暖かい目で見守っている。ちょっと恥ずかしい。
「ということで今から受付ちゃんをお姫様にするのだ!!!」
「は?」
そんなことを考えていると唐突にお姫が変なことを言い出した。お姫様にするとは何を言っているのだ。
そういえば、昨日は特に寒い日で、お姫はギルドには来ていたが一日中暖炉の前のカーペットに溶けかけた雪だるまみたいに寝転んでいたが、本当に頭の中まで溶けてしまったのだろうか。
「そもそもなんでお姫様?」
「いえ、アンジェさんにエリスさんの昔のことを聞かれましてね。エリスさんが昔、将来はお姫様になりたいって言っていたという話をしたら、アンジェさんが張り切ってしまいまして」
「あー、そんなこともありましたね」
神父さんの補足で、昔のことを思い出す。神父さんに読んでもらった勇者物語に出てくるきれいで可憐で素直なお姫様に子供のころすごくあこがれていて、私もあんなになりたいなーと思っていた時期があったのだ。「お姫様になりたい!!」というと神父さんはいつも「機会があったらお手伝いしましょう」といっていたなんてことがあった。もう10年ぐらい前のことじゃないだろうか。私は結局小汚くてひねくれた性格に育ってしまったので、その夢はとうの昔にあきらめてしまった。なんにしろお姫様とは難しいものである。
「で、お姫様にするって具体的に何するの? ドレスでも着せてくれるの?」
「ボクと受付ちゃんが結婚するんだよ。ほら、ボクの配偶者は皇族だからお姫様だからね」
「は“?」
かわいいドレスでも着せてもらえるのかな、とちょっと期待した私の予想をぶっ飛ばすような回答が返ってきた。結婚ってなんだよ。
「おい、この雪だるま。何考えてるんだ?」
「受付ちゃん声がドス効いてるよ!? 女の子が出していい声じゃないよ!?」
「答えろ雪だるま」
「びにゅうううううううう!!!」
お姫様抱っこされていても両腕はフリーなのだ。雪だるまの頬っぺたを両掌で押しつぶす。相変わらずこいつの頬っぺたはぷにぷにすべすべである。つぶすと不細工な鳴き声をあげた。変顔と合わせてかなり面白い。
「なんで結婚なんだ。おい、答えろ」
「びにゅうううううううう!!!」
「ふん」
「いぬがみけっ!?」
そのまま雪だるまの首を左脇と両腕で固めて、体をひねって回転させながら、雪だるまの体を引っこ抜く。神父様から教えてもらった竜神流格闘術の一つ、竜旋投げである。
雪だるまはなすすべもなく重心を崩し、そのまま前後に回転して、雪の中に頭からさかさまに突き刺さった。雪だるまのくせにパンツは黒だった。
「仲がいいですね」
「仲がいいとは違う気がしますが」
そのまま着地すると神父さんはニコニコと楽しそうにこちらを見ていた。お姫と仲がいいかといわれると、かなり微妙だ。お姫は私に良く絡んでくるのは確かだが、私は結構すげなく断っているし、あまり好かれているとは思わないのだが。
「同年代の子たちとは、あなたはあまり合いませんでしたからね。抱きかかえられていたのもそうですが、これだけ距離が近い相手があなたにもできたのはいいことだと思いますよ」
「うっとうしいだけなのですが」
「縁とはそういうものです」
同年代の人間も当然この街には居るが、私は交流があまりない。結婚もしてなければ工場や店などで働いているわけでもない。冒険者ギルド関連の人間はみんなおっさんばかりなので、同年代の人たちと話す機会がないのだ。教会にくる子は今も昔もそれなりに多く、私が教会に良く通っていたころも同年代の子供たちも何人かいたが、やはり話も合わなければ、趣味も合わなかったため、私は一人浮いていた。こんなに絡む相手は確かに同年代だと今までいなかったかもしれない。
「でもうっとおしいですよ」
「あなたにはそれくらい押しが強い相手が必要ですよ」
「そんなものですかね」
神父さんがそういうならば、少しは我慢して付き合っていくことにしよう、そんなことを思いながら、私と神父さんは雪だるまを放置して、礼拝堂横にある、待合室に入った。
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