受付ちゃんと聖剣温泉とマシュマロお姫(2019.1.26改訂)

アンジェリーナさんがお姫と呼ばれるようになり、ギルドになじみはじめて数日が立った。

天氷竜を顔面一発殴って躾けた時から、彼女はギルドヒエラルキーのトップだ。なんせ冒険者ギルドは脳筋の集まり、強いヤツこそ偉いというなんとなくの雰囲気があり、天氷竜をステゴロで躾けた彼女がギルドで一番強いのは明らかになったからだ。

うちのギルドマスターだって暴れる天氷竜を討伐したことはあるが、仲間をそろえ、装備や道具をきちんと準備し、そのうえで雪のない日を選んで仕留めたものである。

雪が積もっているという天氷竜が一番強い環境で、武器も量産品の鋳造の大剣のみで道具も用意せず、しかもその武器すら使わずに拳で殴って一撃で従わせるとか、非常識にもほどがある。そんな非常識の塊過ぎてなんかもうヒエラルキーのトップというより外にいるんじゃないかとも思うお姫。

暖炉の前に置かれた、くたびれたソファに座ったお姫が座り、近くのテーブルの椅子にマスターとヴォルヴさんとベアさん、あとギルバードさんが集まっていた。大体いつものメンバーである。そんなおっさん4プラスお姫の集団は、殺気から一生懸命何かを話し合っていた。


「建物はそう難しくはないが、燃料どうするんだよ」

「それ結構問題なんだよねぇ。ボクが魔法でバーンってやるのもできるけど」

「却下だ。お姫だっていつまでここにいるかわからんし、いなくなったら廃墟になっちまうような施設は無駄だ」

「薪とか石炭で沸かしたらどれくらい費用かかるかなぁ」

「そんな商売みたいなこと俺にはわからん」


おっさんたちに囲まれて、お姫が何かを一生懸命書いている。いったい何をやっているのだろうか。安いワインを温めて糖蜜を入れた飲み物を人数分用意し、お盆に乗せて騒いでる場所を覗きに行く。


「うわぁ、ざっと計算してもかなりかかるなぁ」

「これ入場料だけで回収するの無理でしょ。やっぱり無理なんじゃね?」

「でも受付ちゃん薄汚れてて匂うのどうにかしたいんだけど」

「あ“?」

「ひいっ!?」


お姫のいいように思わず声をあげてしまった。薄汚れているとはなんだ。におうってお前毎日私の膝で昼寝してるじゃねーか、うつぶせで。


「おいマシュマロ。いまなんていった?」

「マシュマロってなにー!?」

「白くて脳みそまでふわふわなお前のことだよ」


この暴言を吐いたマシュマロの両方のほっぺをつかんでひっぱる。びにょんとやめられない止まらない感じのふわふわ感触の頬っぺただった。なかなか病みつきになる。それにしても無駄にすべすべだなこいつ。頬っぺた押し込むと「びにゅー」っていう謎に不細工な鳴き声をあげた。


「それで、なんのはなしをしてたの?」「ぴにゅー」

「いやな、その、お姫が公衆浴場を作りたいっていう話をしてたんだ」

「公衆浴場?」「にゅー! にゅー!」

「この辺寒くて、今の時期だと水浴びもできないだろ。だからさ、体をきれいにする場所として、お湯で体を洗える場所を作りたいんだと」

「ふーん、で、なんで私の話が出るの」「にゅうううううん!!!!」

「それよりそろそろお姫放してやれよ。顔がすごい愉快になってるぞ」

「しかたない」「ふにゅっ」


ぽてっとソファに落ちたマシュマロを放置して、私も話に加わるべくソファに座る。確かに冬場はろくに水浴びもできないし、時々体を拭くぐらいしかできない。お湯で体を洗える場所ができるなら興味がある。

ただ、この街に公衆浴場はない。こんな寒いところでお湯を沸かすなんて、それこそ燃料費が大変だろう。


「で、話はどこまで進んでるの? お金関係だと、うちは余裕ほとんどないけど」

「利益が出るなら出資はしてもらえる先がある。問題はどうやって利益を出すかだ」

「ああ、それで燃料がどうとか言ってたのね」


ちびちびとホットワインを舐めながら、マシュマロが書いていた紙に目を通す。何が書いてあるがさっぱりだ。人族共通語でも、竜人語でもない謎の文字だ。暗号か何かしら。

マシュマロは、もぞもぞとソファを寝ころびながら移動すると、私の膝の上にうつぶせで頭を乗せてきた。確かに角があるから横向きになれないのはわかるけど、うつぶせはそれはそれでないような。


「くんかくんか、受付ちゃんのいいにおいする」

「……」

「ぶみゅうううううううう!!!!」


マシュマロの後頭部に肘を乗せぐりぐりと動かすとマシュマロはまた不細工に鳴いた。




マシュマロのあたまをぐりぐりしていると一つ気づく。こいつの髪、サラサラだな、と。マシュマロはいま、教会に泊まっているはずだ。あそこだって別に毎日お湯につかれるようなぜいたくな暮らしをしているわけではない。というか一般平均よりも質素な生活をしている。

なのにこいつは全体的にすごくきれいだ。輝くような銀髪だってつやつやだし、ほっぺもモチモチだ。白いワンピースやオーバーニーのソックスだって真っ白だし汚れ一つ見えない。


「ぷはぁ、ん? 何、受付ちゃん」

「いや、馬鹿は風邪ひかなくてうらやましいなって」

「どういうこと!?」

「こんな雪が積もるぐらい寒くても水浴びできるんだから。真似したくないけど」


外に出るときも薄着だし、きっとマシュマロは寒くても風邪をひかないのだろう。だからきっと毎日水浴びをして服も洗っているに違いない。河は凍結しないとはいえ、この寒さの中の水浴びはなかなかの荒行である。馬鹿ならではの方法だ。私はもちろん、ギルドの脳筋の皆さんだってマネできない。そこにしびれないし憧れないけど。


「いやいや、水浴びなんてしてないよ。さすがにこんな寒さで水浴びしたら風邪ひいちゃうよ」

「謙遜しなくていいのよ、馬鹿は風邪ひかないし、あんたが馬鹿だって私は十二分にわかってるから」

「ひどい!!!」


ぷくー、っと私怒ってますとアピールし始めたマシュマロにホットワインを渡す。一口口を付けると、すぐにご機嫌になって尻尾を揺らし始めた。簡単である。


「まあ、さすがに水浴びは冗談よ。本当にしてないよね?」

「してないよ、ボクは魔法できれいにしてるんだ」

「何、そんな魔法あるの?」



体を清潔にする魔法なんて聞いたことがない。私は魔法が一切使えない体質だが、ギルドの受付をやっている関係上、どんな魔法があるかはちゃんと勉強し、一通り知っている。だが、そんな私でも聞いたことがなかった。この中で一番博識なギルバードさんを見るが、彼も知らない様子だった。


「オリジナル魔法だからね。浄化魔法の応用だよ。来年度の魔法大全から載る予定」

「オリジナル魔法!?」


オリジナル魔法とは、魔法協会が新しい魔法と認めた魔法のことを指す。協会に申請を出してオリジナル魔法として認められると魔法大全に乗せられ、協会から報奨金が出る上、魔導士という称号を得られる。お金もそれなりの額だが、何よりも魔導士というオリジナルの魔法を作れたというのが何よりの名誉であり、魔法を使う職業や学者では一流の証として認められる。


「どんな魔法か、教えてもらえないか?」

「いいですよ。術式はこうで、出力調整はここでやります」


ギルバードさんがさっそく食いついた。1冊10万Gもする魔法大全も毎年買っており、本を部屋に置き過ぎて宿舎の床が抜けたぐらい、魔法や新しいもの大好きなギルバードさん。最新のオリジナル魔法などといわれれば興味津々だろう。


「なかなか魔力を食うな。これは人を選ばないか?」

「汎用性はあまりないですね。対象は使用者限定ですし、魔力の消費も結構多いです。」

「まだ改良の余地がありそうだな。最低でもここをこうやってショートカットして…… ここの回路は必要なのか?」

「それ、対象限定のために入れてるので削るとまずいです」

「対象限定?」

「それを削ると服が傷んじゃうんですよね」

「ああ、そういうことか。服ではなく服の表面に浄化をかけているんだな」


ギルバードさんとマシュマロが楽しそうに、わけのわからないことを話し始めた。マスターをはじめとしたほかのおっさんたちも興味深そうに聞いている。みんな脳筋のくせに、私と違ってみな魔法はそれなりに達者だ。どうせ魔法も使えないので一人取り残された私は、カップをもって、流しに向かうのであった。





カップを洗って戻ってきたら、みんなきれいになっていた。

ギルバードさんの灰色だったローブも見事真っ白になっていた。というかそれ、白のローブだったんですね。ずっと灰色だったし、そういう色のローブだと思っていた。

他のおじさんたちもみな服も髪もきれいになっていた。シャツも真っ白になっているし、髪もつやつやだった。

一方私は何も変わっていない。何日も髪を洗っていないので艶はなくなっているし、服だって全体的に汚れている。薄汚れた自分に悲しくなってきた。

私の様子を察したのかマシュマロがこちらによって来る。


「受付ちゃん!! 今、ギルバードさんと話してずいぶん改良ができました! きっと受付ちゃんでも使えるよ!!!」

「いや、お姫、エリスは魔法が使えないんだ。魔力が全くなくてな」

「え、あ、そ、そうなんだ」


魔力が全くない、というのはかなり珍しい体質だ。現在ではそんなことはないが、昔はそれだけで迫害されたり、場合によっては殺されたりしたらしい。ただ、迫害されたりしないとは言っても、やはりほかの人ができることができないというのは結構つらい。誰が言わなくても自分が劣っている、といわんばかりの事実だから。魔法が使えなくても、日常的にはあまり困らないのだが、今回はちょっと心に突き刺さった。

というか、それ以上にピカピカのおっさんたちと、薄汚れた自分が対比させられてつらい。おっさん以下という事実が乙女心につらすぎた。

いつも無表情な私だが、つらさが顔に出てるのだろう。マシュマロが目に見えて焦りだす。マシュマロって確か皇族なはずなのに、こうやって見ていると感情が羽と尻尾にすごく出てる。もう簡単に丸わかりである。そんなんで皇族って務まるのか、ちょっと心配になるぐらいに丸わかりであった。

若干微妙な空気が流れる中、マシュマロが私の手を握った。


「だ、大丈夫、ボクが受付ちゃんに魔法をかけてあげるから!!」

「おい、お姫。これ自分用だろ。他人にかけるのはさすがに無理だろ」

「開発者だから大丈夫!! これをこうして、ここをこういじって……」

「いや、マシュマロ、いいからそういうの、私は一人、醜いアヒルの子なのよ、薄汚れていて当然なの。ふふふ」

「エリスもそんなにたまってるのか!? おい、だいじょうぶかよ!?」

「術式完了、3・2・1・術式発動しますっ」


私の足元に魔法陣が浮かび、真っ白の光が私を包む。

光が収まると、私の汚れは、服ごと消し飛ばされていた。


「……あれ?」


おっさんたちは慌てて明後日をむく。マスターは慌てて私に上着をかぶせた。まあ、みんな幼いころから知られているおっさんたちだし、裸ぐらい見られても騒ぐつもりはないが、それでもさすがに少し恥ずかしい。


「受付ちゃん…… ナイスバディ」


私はマシュマロの顔面には拳をたたきこんだ。






ひとまずさっぱりはしたのは確かである。部屋から服を引っ張り出してきて、着てから暖炉の前に戻ってきた。マシュマロは土下座をしていたので足置きにする。


「まあ難しい魔法なのはわかったし、これに頼るのも難しそうだよね。そうすると、公衆浴場作りたいけどどうしようか? 賢者ギルバードさんなら何か思いつくんじゃない」


冒険者は一定以上の実績があると、異名を付けられる。うちのギルドだと、ヴォルヴさんは疾風、ベアさんは怪力、マスターは竜殺しなのだが、ギルバードさんは賢者の異名を持つ。もともと王国の大学を首席で卒業した秀才でありながら、こんな辺境にいる変わり者のギルバードさんではあるが、魔法に関する知識は誰にも負けていないと思う。


「燃料を使うのは燃料費もそうだが人件費もかさむ。そうするとコスト面でやはり難しいだろう。魔法でどうにかできればいいのだが」

「魔法ねぇ。お湯を沸かすのは簡単そうだけど?」

「湯を浴びて、浸かるとなると必要なお湯の量が半端ない。効率をかなりよくしないと魔力供給が間に合わん」


魔法には、個人の魔力を使って行使するものと、魔法陣を使って自然にあるマナを使って行使するものと2種類ある。今回使おうとしているのは、魔法陣式の魔法である。どうしても自然にあるマナの供給は一定速度以上にならないので、水を温めるほうの効率をよくしないといけないのだが、なかなかそれが難しいようだ。


「ふーむ、そっかー」

「何かいい媒体があればなぁ」


媒体、ねえ。マシュマロをぐりぐりしながら考える。魔法媒体というと魔獣の体の一部や宝石などが一般的だ。この前マシュマロがとってきた天氷竜の牙は触媒にはいいだろうが、属性の問題で冷やすほうしか使えないだろうし、近辺でとれる他の動物も似たり寄ったりだ。

この際触媒に最適な高級な宝石か、レッドドラゴンの牙でも取り寄せるか、とか考えていると、壁に刺さったものが目に入った。


「ギルバードさん。あれ、使えないの?」


指さした先には聖剣の刀身が刺さっている。勇者の武器かと思いきや魔王絶対殺すという呪いのかかった武器だったあれだ。折れてもずっと光っているし、仮にも聖剣を名乗っているのだからすごいパワーがありそうだ。触媒になるのではないだろうか。


「いや、確かに聖剣なら使えるだろうけど…… あれ、帝国の国宝だし、まずいんじゃないかな」

「そんなことないよねぇ。使っていいでしょ?」

「ハイ、ベツニカマイマセン」


かかとで頭をぐりぐりするとそう答える聖剣の所持者であるマシュマロ。


「エリス、完全に躾けたというか」

「押さえつけたというか」

「やはりうちのギルドのヒエラルキートップは受付なんだな」


おっさんたちうるさい。






結局マシュマロのことは、公衆浴場が完成するまで毎日の魔法洗浄と、聖剣を献上することで許した。服まで吹き飛ぶ魔法だが、全裸ならば特に問題はなく、毎日服を脱いで部屋でかけてもらった。手つきがなんか嫌らしかったが見なかったことにした。


川の水を引いて、聖剣を触媒とした魔法陣でお湯を沸かす、というやり方で作った公衆浴場は、1月もたたずに完成した。男女別に露天風呂と室内風呂、そしてサウナまで備え付けられた公衆浴場は『天然 聖剣温泉』と名付けられ、街の人のみならず、観光資源として、旅行者を呼べる施設にもなった上に、排水を町の側溝に流すことで雪かきの利便性も上がった。この公衆浴場はそれなりに収入が上がり、管理する冒険者ギルドの財政に大いに貢献するのであった。

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