√真薙真:エピローグ

夢見る少女は鎧の魔神と共に

 ──黒いSV……この機体はゴッドグレイツ?


 ──G‐ODD、ジーオッドだ。これはサナナギ、これは“お前のために作られたSV”さ。

 ──まさか貴方はオボロ、さんなの?


 ──合体しないの? このゴッドグレイツ?

 ──さっきから何を言っているんだ。敵が来るぞサナナギ、気を引き締めろ!


 ──トウコちゃん

 ──気安く名前を呼ばないでもらえるかしら?


 ──クロス・トウコ……やっぱり敵として立ちはだかってくるんだ。

 ──そのSVは忌むべきマシンです。貴方の父親と同じところに送って差し上げますわ、サナナギ・マコト!



 ──何故、計画がバレた?! フォートレスの浮上システムは完成していない。その時まで私が捕まるわけにはいかないというに……トウコ!?

 ──叔父様ごめんなさい。貴方が動く前に、こうしなきゃいけなかったんです……お願いします、サナちゃん!

 ──……。



 ◇◆◇◆◇


 時は西暦2059年3月。


 ◇◆◇◆◇


 ここは日本の偉瀬湾に浮かぶ人工島ヤマトフロート。

 SVパイロットを目指す若者が集う海上学園都市。


「気にすることありませんよ、マコトちゃん。先に卒業してはしまいますが、私は島に残りますから……元気出して、食べましょ?」

 学園内カフェのテラス席に座る生徒が三人。

 黒髪の少女クロス・トウコはテーブル一杯に並べられた数々のスイーツを眺めながら言った。


 高校で言えば三年生に当たる彼女たち。

 エレベーター式でそのまま学園の大学へ進学することも可能だが、島内の企業へ就職することも島を出る選択もある。

 トウコは学園を卒業し、元から在籍していた島の治安維持部隊FREESの正式な隊員になる予定だ。


「うん……でもイイちゃんは?」

「ゴメンねマコっちゃん、トヨトミインダストリーからスカウトされちゃってるんだよねぇ。やっぱメカニックであるアタシ的に見ても、ここは毎年発表される新型機に間近で触れ合えるってのは魅力的だしさ」

 派手なギャルメイク少女のナカライ・ヨシカは申し訳なさそうに言うも、憧れの会社に入れることの嬉しさに目が輝いている。


「しょうがないよね……」

 赤い眼鏡娘サナナギ・マコトはストロベリーパフェにがっつく。

 とある事情で三年生になってから単位も出席日数も足らず、マコトは留年を希望していた。


「マコトちゃんほどの技量を持ったパイロットなら引く手あまたですよ。ファイト、オーです!」

 トウコはクリームまみれなマコトの口を紙ナプキンで拭き微笑んだ。


「…………つーかさぁ、マコっちゃん聞いてもいい?」

「なあにイイちゃん?」

「マコっちゃんとトウコってそんなに仲が良かったっけ? もっとこう昔は険悪な感じじゃなかった?」

 ヨシカは妙に距離が近いマコトとトウコに怪しんだ。


「三年も一緒に入れば親友ですよ」

「ふーん……?」

 するとヨシカのスマホから着信音が鳴り響く。


「ゲゲ、噂をすればなんとやらじゃん……。はぁ、行ってくるわ」

 島のSV整備士総長である父親に呼び出されたヨシカは肩をがっかりと落としながらカフェを後にした。

 先程までの明るい雰囲気はどこへやら、残されたマコトとトウコの間に重い空気が流れていた。


「…………やっぱり後悔してるんですか?」

 しばらくの沈黙の中、トウコが尋ねる。


「マコトちゃんはどこから“記憶”を覚えてますか?」

「なーんか引っ掛かる言い方、まるで覚えてないことがあるみたいだ」

「そう、ですね。実は去年の中頃なんですよ。全てを思い出しました……」

 トウコはマコトに迫る。


「マコトちゃんのお父さん、どうして生き返らせなかったんですか?」

「……前にも言ったでしょ? 私は世界の改変なんそんなこと望んじゃいないんだ」

 最後の戦いでヤマダ・アラシの操る《ドラグゼノン》から分離した黒い《ジーオッド》の中にはマコトの父・裕志とオボロの魂が乗っていた。

 世界改変後のオボロは前世界での記憶はなく、普通の人間としてマコトの前に現れた。

 しかし、父の裕志は前世界と同じ理由、SVによる事故でマコトの幼少期に既に死亡。

 事故の切っ掛けとなったSVを製造する黒須エレクトロニクスは倒産せず現在も業界二番手に居座っていた。


「私にとっては父さんがいないことが当たり前なんだ」

「でも私の家は、父様は生きてます。ズルいですよ……」

「ごめん……でも、父さんが生きてたら父さんを越えるパイロットになるって誓ったことまで意味がなくなる。もちろん父さんに死んでて欲しいわけじゃない……でも、ごめん」

 マコトは謝った。

 鍵剣ソウルダウトによって開かれた世界は、様々な改変を受けていた。


「そう言えばオボロさん……今のホシノ・オボロさんは不老不死でもないリターナーの諜報員になっていましたね」

 暗い雰囲気をどうにかしようと話題を変えるトウコ。

 トウコは独自に現状の世界について調べていた。


 大きく違うのはこの世界には2015年に襲来した“イミテイト”という宇宙から来た人類の脅威を切っ掛けにした模造戦争が起こらず、トヨトミインダストリーによって作られた人型マシンSVの開発経緯も前の世界とは変化している。


「そうなったのも世界改変の中心人物、ヤマダ・アラシの存在が抹消されているせいなんでしょう。そのクローンであるガイさん、そして……彼に正体でもある真道」

「トウコちゃん」

 言いかけてトウコはマコトの眼差しに圧倒され口を閉じる。


 マコトの戦い。


 学園を襲うテロリスト。

 謎の美女、リターナーのオボロに誘われるまま学園の地下にやって来たマコトが見たものは漆黒のSV──名はジーオッド──だった。

 島の実質的な支配者であるFREESの司令ガラン・ドウマの野望を食い止めるため、ツキカゲ・ルリ率いる私設武装組織リターナーに参加するマコト。


 ここまでの流れは歴史の改変で細部が異なる部分もあるが概ねマコトが一度経験した戦いであった。

 解決法方が分かれば前回よりも展開を早めて攻略することは造作もなく、ガラン・ドウマの計画は未然に防ぐことが出来たのだった。


「ガイが居なくなってもやれたんだ。前よりも早くさ」

「そうでしたね、すいません」

 今度はトウコが謝る。


「いいんだよ……ガイは自分から別れるって言ったんだ。もう知らないよ、あんなやつ」

 ぼんやりと空を見詰め、寂しそうにマコトは呟く。

 本心ではどうでもいいという訳ではなかった。

 マコトは密かにリターナーの協力を得て、マコトも今の世界がどうなっているのかを探っていた。

 そして本当にガイという存在が消えてしまったのか、それを確かめるために各地を飛び回る。

 膨大な時間を費やした結果、ガイを見つけることは叶わずマコトは留年という結果に終わるのだった。


「移動しましょうか?」

「うん」

 マコトは頷くとスイーツの残りを急いで口に頬張る。

 代金をテーブルに置いて二人はカフェを後にした。


 ◇◆◇◆◇


 しばらく歩いて港の公園にやって来た二人。


「そう言えばゼナスさん結婚したみたいですよ」

「やっぱりウサミさんと?」

「えぇ、もうすぐ出産ですよ」

「えーっ?! 全然知らなかった……」

 穏やかな潮風を体に受けながら、ベンチに座り海を眺めながら他愛ない会話をする。

 晴れた天気の下、定期的に島を行き交う大型輸送船が汽笛を鳴らしながら目の前を通り過ぎた。


「そう言えばその指どうしたんですか?」

 トウコはずっと気になっていたマコトの左手を見る。

 指五本全てに絆創膏が貼ってあった。


「ずっと怖くてさ、昨日試してみた。血は出るし痛いし治らない……これが本当に生きてるって感じかな」

「無茶しちゃダメですよ。もう不老不死でもないんですからね。一つしかない大事な身体です」

 マコトの手をそっと擦るトウコ。


「本当に世界は平和になったんでしょうか?」

「さぁね、なるようにしかならないよ」

「この世界、少しおかしく感じるんです。2100年で見たこの時代に起きてる出来事と」

「それに私が鍵剣(ソウルダウト)に願ってしまったのは世界の平和じゃなくて……」

 言葉を止めてマコトは上着のポケットからスマホを取り出し、画面を開いた。


「……来るよ、トウコちゃん。ベンチにしがみついて!」

 マコトの注意と同時に空から黒いSVがマコトたちの前に振ってきた。

 ドシン、腹の底に響く振動。

 突然の出来事に公園に来ていた人々も驚きの声を上げる黒いSVを見ていた。


『サナナギ、出撃だ。本土に敵が現れた、部隊の救援に行くぞ』

 スマホから聞こえるオボロの声。

 土煙を上げながら《ゴッドグレイツ》は膝をつき、ハッチを開くと主人がコクピットに搭乗するのをじっと待っていた。


「このゴッドグレイツ、自動操縦なんですか?」

「うん、なんでも学習する高性能AIが搭載されているとか……じゃあ、行ってくる」

「気を付けてくださいね」

 マコトはトウコに別れの挨拶を済ませ《ゴッドグレイツ》に乗り込んだ。


「……ふぅ…………はぁ……っ」

 シートに座り、ベルトを装着する。

 気持ちを落ち着かせるためにマコトは深く深呼吸した。

 新たな世界に来てマコトは一つの仮説に辿り着く。

 それはこの《ゴッドグレイツ》を作り出した人物だった。


「私のために作られたSV……」

 この世界でのオボロに言われた台詞。


 それは一体誰なのかとリターナーの人間に尋ねるも、存在はトップシークレットの為に正体は明かすことが出来ないらしい。

 だが、マコトはコクピットに座っていると不思議とその人物に抱かれているような感覚があった。


「君はそこにいるんだよね」

 操縦桿をしっかり握り、前を見据える。

 暗いコクピットが一瞬で明るくなり、周囲の映像を360度の壁面モニターで映し出す。

 マップが示す目的の場所は真芯市の郊外。

 予測ではヤマトフロートから飛んで五分で到着できる距離だ。


(自分の過去は変えない。未来がどうなるか何てわからない。私は今を生きたい)

 マコトの意思に反応して《ゴッドグレイツ》の装甲が漆黒から深紅に変わる。


「ゴッドグレイツ、発進!!」

 真紅の魔神は真の姫を乗せて快晴の大空へと飛翔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る