√真道歩駆:エピローグ

メタフィクション・ドリーマー

 欲しかった。


 自分の正義を通せる力が。


 神にも悪魔にもなれる、誰にも負けない絶対的で唯一無二の力が。


 力を手に入れて何がしたいかって?


 それは俺にもまだわからない。


 ただ俺は漠然と願う。


 決まったナニカになりたいわけでもないけれど。


 それでも、力を欲しているのだ。



 ──だけど、もしそれが手に入れられなかったら?



 ◆◇◆◇◆


 西暦2021年。

 三月。


 ◇◆◇◆◇


 県立真芯高等学校。


 風が強く桜の花びらが舞い散る今日は終業式であった。


「つまらねえ」

 立ち入り禁止の屋上。

 錆びたベンチの上で卒業証書の筒を枕にスマホを弄る少年が一人。


 真道歩駆は辟易としていた。


 時刻は午後十二時になる。

 校庭では卒業生たちが記念写真を撮ったり、二次会のメンバーを集めたりして楽しそうに騒いでいる。

 そんな様子を時折、覗いては恨めしそうに溜め息を吐き、スマホの画面とにらめっこしている。


「何もかも面白くねぇ」

 ポチポチと画面をタップし文章を打つ歩駆は自分だけの世界に浸る。

 紡がれる物語は佳境、人類を救う戦いは最終決戦。

 黒幕との決着をつけるために白き巨神が仲間たちと共に異次元に決死の突入をするシーンだ。


「……山田嵐センーセっ!」

 せっかく執筆がノリにノって集中していた意識を途切れさせるのは、バカに明るい声。

 ひょっこりと歩駆の画面を盗み見するショートカットのボーイッシュな女生徒。

 同級生で親友の楯野守だった。


「人をペンネームで呼ぶな。しかも学校で」

「ふふ、どう? 執筆は順調?」

 スマホに顔を近付けようとする守を歩駆は押し退け、立ち上がった。


「三年かけた超大作が完結する。邪魔をするな」

「そっか、頑張ってるね。僕の方は単行本が二冊目発売するよ」

 ショルダーバックから取り出す新刊を自慢げに見せびらかせる守。


「侍、異世界に転生する第二巻! そのサンプル品なんだ」

 歩駆は守から本を受け取る。

 挿し絵だけ確認してパラパラと捲ると、腕を大きく振りかぶり本を遠くに投げた。


「あぁーっ!? な、何するのさ?!」

 守の本は運動部のボールなどが校舎の窓や花壇に当たらないように立てられた、防球フェンスの一番高いところに引っ掛かった。

 歩駆は悪びれもなく再びベンチに寝転がり執筆に戻る。


「異世界とか転生とか、そんなもんを俺に見せてくれるな」

「もぉう! 酷いよ歩駆!」

「……昔はお前もロボット物を書いてたろ」

 寂しそうに歩駆は言う。


 高校に入って自分だけの物語を作ろうと二人で始めた小説執筆。

 いつしか二人の間には大きな差が生まれてた。


「今だって書いてるさ」

 そう言って守は自分のスマホの画面を歩駆に見せる。


「ロボットアニメ転生。悪役仮面エースに無双してみた」

 小説投稿サイトの作品ページ。

 感想数、ブックマーク数は共に千件を越えていた。


「ぶち殺すぞ」

「止めてよ。スマホはマジでダメだって」

 また投げられてしまいそうになるのを、守は歩駆の腕にしがみついて必死に抵抗する。


「俺のエゴサに目障りなんだよ、その糞パロディなタイトルが!」

「そんなの僕の勝手でしょ!?」

 押し問答の末、何とか力ずくで歩駆からスマホを取り返す守の怒りが爆発する。


「大体さ、そんなに羨ましいなら歩駆もそう言うの書けば良いじゃん! いつまでも同じタイトルを何年も書いてるんじゃなくて新しいのをさぁ!」

「うるっせえなぁ!! 俺は、自分が好きな話を納得のいくまで自由に書きたいだけなんだよっ!」

 怒る歩駆の前で守は歩駆の書いた作品のページを開いた。


 ジャンル、SF。

 タグ、ロボット/メカ/近未来/SF。

 ブックマーク数は百を越えてあるにも関わらず、感想数は二百話を越える話数に対して十件ほどしかなかった。


「感想が書かれてるのほぼ序盤。半分ぐらいは誤字脱字の指摘。僕は歩駆の作品はちゃんと読んでるよ。でも歩駆のはさ中途半端。すぐ時事ネタに走る。思い付きで出したキャラの扱いに困ってるなってのが読んでてわかる! あと話が暗すぎて読んでるこっちが滅入るよ。ちょっとネットのスコップで取り上げられたりして一時的にPVが上がるけど、そういうときに限って更新が遅い。チャンス逃しすぎ! 貰ったイラストと挿絵で使ってる歩駆が自分で描いてる絵も、古い奴は下手くそすぎでそりゃ序盤で読むの止めるよ。小説書きたいの? 絵描きたいの? 自分の自由に書きたいって今そんなこと言ってるけど普通に有名になりたい書籍化したいってしょっちゅう呟いてるじゃん。嘘じゃん! 何も足りない。努力が足りない。やるなら徹底しろ! もっと更新しろ! 毎日更新しろ! 毎秒更新しろ! わかってるのか真道歩駆ッ!!」

 つもりに積もっていたことが爆発するかのように全てを吐き出す守。

 それに対して歩駆。


「くっ……言うなぁ!!」

 情けない声で涙目になりながら言う。

 ぐうの音も出ないほど完膚なきダメだしは歩駆の心を深く抉る。

 こっちが八つ当たりしたことに正論をぶつけられて暴力を振るなど、そんなことをしてしまった終わりだ、と掲げた拳は行き場を見失う。

 すると屋上の扉が勢いよく開かれる。


「何やってんの二人とも!」

 二人の言い争いを止める声に一瞬、教師に見つかったと思い慌てる二人だったが直ぐに勘違いだと気付く。


「……なんだ礼奈か」

「卒業式終わったばかりでケンカする人がどこにいるの?」

 赤い眼鏡の少女、渚礼奈は歩駆の額にデコピンをする。


「うわーん、渚ぁ~! 歩駆が天才美少女小説家を苛めるんだぁぁ!」

「守も歩駆を煽らないのっ!」

 嘘泣きで抱き付いてくる守を引き剥がす礼奈。 


「歩駆、ちゃんと本取ってきなさい」

「うっ……わーったよ。わかりました!」

 礼奈に言われてしぶしぶ了承する歩駆。

 そして三人は屋上を後にした。


 ◇◆◇◆◇


 歩駆が投げた守の本を取り戻すため校庭にやってた三人。

 誰か見ていないか周りを確認し、歩駆は高さ15mの防球フェンスの前に立つ。


「……はぁ…………すぅ……うおぉぉああぁぁぁぁーっ!!」

 奇声を上げる歩駆。

 気合いと根性でフェンスを一気に駆け昇る姿は、まるでゴキブリのようなシャカシャカした動きであった。

 頂上部に引っ掛かかる本を掴むと、そのままの勢いで降りていく。

 所要時間、僅か十秒の出来事だった。


「ゼー……ハー……ゼー……ハー……ほらっ!」

「ちゃんと謝る」

 と礼奈。


「……はぁ…………すいません、でした……っ!」

 息も絶え絶えになりながら土下座のような格好で謝罪する歩駆。


「うん。いいよ、許してあげる。僕も言い過ぎた」

 歩駆の背中を擦りながら守も謝った。


「さて、歩駆も守も仲直りしたところで何か食べに行こっか? 歩駆の奢りで」

「本当? わーい! じゃあ僕ステーキ食べたい!」

 ロボットアニメのキャラがデザインされた財布を取り出す礼奈と、小躍りする守。

 

「やめろー! それは明日プラモを買うための資金だっ!」


 ◇◆◇◆◇


 近くにあるデパートのフードコートで昼食を済ませ、適当に遊んで買い物をし、気付けば夕方になっていた。

 さんざん遊び倒して結局、プラモ代が消えてしまった歩駆であった。


「じゃあ僕は兄さんを向かえに行かなきゃだから先に帰るね! バイバーイ!」

「あぁ気を付けて帰れよ」

「またね守」

 守に別れを告げて歩駆と礼奈は二人きりになる。

 夕暮れを背にして歩く歩駆の自転車には、ゲームセンターで手に入れたぬいぐるみやお菓子が大量に積まれていた。


「ねぇ、あーくん」

 礼奈はアダ名で歩駆を呼ぶと自分のトートバッグから紙のブックカバーに包まれた本を歩駆に手渡す。


「これ……借りてた本、返すね」

「サンキューな。礼奈の家で読んでたのを忘れてたんだよな」

 発売日を待ちに待って購入したアニメロボ大全2021と呼ばれた本を歩駆は頬擦りする。


「面白かったよ。ちょっと詳しくなった」

「そうか。それはよかった」

 嬉しそうに笑う歩駆の顔を見て、礼奈は立ち止まる。


「どうした?」

「……あーくんはさ、もしロボットアニメみたいな世界の主人公になれたらどうする?」

「急に何だよ」

 おかしな質問をする礼奈の目は真剣だった。

 何かの心理テストか何かなのかと思い、自転車を路肩に止めて歩駆はしばし考える。


「……俺は、嬉しいかな?」

「嬉しい?」

「なんか人生は退屈しなさそうだ」

「でも、戦って、もしかしたら死んじゃうかもしれないのに?」

「主人公なら死なない。それがロボアニメの主人公ってもんだよ……でも、どうして」

「ううん、なんでもないの」

 少し礼奈の顔が寂しそうなのを察して歩駆は礼奈を抱き締める。


「ちょっ、あーくん?!」

「いや……なんだか寒いよなぁ、なんて」

 適当な嘘をつく歩駆であったが、礼奈も拒否はしなかった。

 周囲の目など気にもせず、しばらく抱き合う。


「でも、あくまでお話の中での話で、現実にあったらと思うと違うんだよな。きっと辛いし、嫌だよな」

「うん」

「それで俺は、いろんな作品を見てきたけど。そんな辛さも誰かと一緒なら乗り越えられる。現実だって同じことさ。人は一人じゃ生きていけない」

「うん……」

「礼奈」

「なに?」

 体を離し、歩駆は礼奈を真っ直ぐ見つめて言う。


「……好きだ」

「知ってる。ずっと前から」

 昇る満月がスポットライトのように二人を照らし祝福した。


 ◇◆◇◆◇


 これからも日常は続く。


 これは“神話”でも“英雄譚”でもない。


 誰かが語る必要などない、どこにでもある一つの人生だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イミテイターイドル ~模造のヒトと偶像の機神~ 靖乃椎子 @yasnos

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ