chapter.84 愛のために

 太陽系外縁より冥王星へ向かう魑魅魍魎(ちみもうりょう)。


 それらは誰が言ったか《擬神》と呼ばれる銀河系を漂流しながら星のエネルギーを残らず吸い尽くす怪異。

 生命の出来損ないである《イミテイト》の成れの果てであり終着点。


 神を模した、この世に生きる全ての命にとって忌むべき敵だ。


 ◆◇◆◇◆


 光に吸い寄せられる虫ように冥王星の周りを取り囲む夥(おびただ)しい数千万の《擬神》は静かに様子を伺っていた。


 巨大なマモルをした卵のように内包した冥王星は表面を包み込む光を失い、青く透き通っていた表面は黒々とした岩の塊に変わる。

 だが《擬神》は死に往く星をただ見守っていることなどはしなかった。


 前列に並ぶ《擬神》たちが一斉に攻撃を開始。

 全方位から隙間なく放たれる怪光線が渇いた冥王星に降り注ぎ、星は砕かれ起こる超新星爆発。


 そして、冥王星の消滅の光と共に《白き機神》が現れる。


「ゴォォアルタァァァァーッッ!!」

 歩駆の咆哮と共に《擬神》から受けた光線のエネルギーを吸収し、それを倍の威力にして攻撃してした《擬神》に全て反射する。

 冥王星を取り囲んだ《擬神》の先頭集団から中盤にかけての数百万体が消滅する。


 新生の《ゴーアルター》はここに甦った。


「半分以上は削ったか、マモル?!」

「うん。逃げてくのもいるみたいだよ」

 複座式となった《ゴーアルター》のコクピットで歩駆とマモリは状況を確認した。

 戦力の過半数近くを失って一部の《擬神》は本能的に《ゴーアルター》を恐怖し撤退していく。

 だが、そんな戦意を喪失した《擬神》を他の好戦的な《擬神》は許さず、逃走する背後から襲い出した。


『同士打ち……ですかね? 時間もないですし好都合かも』

「アイゼン・マナミ、あんた何処にいるんだ?」

『私はガイザンゴーアルターの中に居ます。あれだけ破損していたのに、修復されてるみたいですけど……ゴーアルターってこっちよりも大きいんですね』

 歩駆は声のする方に目を向ける。

 そこに《ゴーアルター》の肩にしがみつく《ガイザンゴーアルター》の姿があった。


「歩駆が復活するのを待つ間に治しておいたよマナミさん。前よりも、いやもっともっと強くなってるはず」

『そうなんですか? それは良いですね!』

 全長40mあった大きさが《ゴーアルター》の半分ほどになっている《ガイザンゴーアルター》であったが実は元よりもサイズが小さくなったのだ。


「もちろん歩駆のゴーアルターも格段にアップグレードしたよ。あんなもんで終わりじゃない。これまで溜め込んだ冥王星の力、好きに使って!」

「あぁ、恩に着る」

 三人が喋っている間に共食いを終えた《擬神》たちも取り込んだ《擬神》の力を得て変貌する。

 元は神々しさすらあった《擬神》であったが、並び立つ今の姿は正に“邪神”と呼ぶに相応しい、おぞましく禍々しい姿をしていた。


「お前らなんかに構っている暇はないんだよ!」

 一斉に襲いかかる醜き《擬神》の軍団。


「俺は礼奈の元へ帰るんだ。邪魔をするんじゃねえ!!」

 歩駆の意思に呼応して《ゴーアルター》は宇宙を流星のように駆けた。

 両手から何百メートルも伸びる光の刃で《擬神》を次々に斬り伏せていく。

 見えない太刀筋で刃を振るう毎に数百、数千もの《擬神》が意図も簡単に両断した。


「くそ、キリがねぇな。纏めて吹き飛びやがれぇっ!!」

 まだまだ押し寄せる《擬神》を蹴散らして《ゴーアルター》は両手の光刃を丸く固めて巨大なエネルギー球に変えると、群れになっている《擬神》の集団に向けて投げ飛ばした。

 射線上の《擬神》を一掃しながらエネルギー球は群れの中心で広範囲を巻き込む大爆発を起こした。

 さらなる敵の大量消滅を確認して歩駆は心が高揚してガッツポーズするも、不思議と直ぐに冷静さを取り戻し真面目な顔をする。

 一度分離した心が再び一つとなり、自分の中の気持ちやテンションがチグハグしていることに気持ちが悪かった。


「おい、マモル」

「なぁに歩駆?」

「アイツらは地球に向かう可能性はあるのか?」

「まあ……ここでずっと奴らが地球に来るのを食い止めていたからね」

 苦虫を噛み潰したような顔でマモルは《擬神》を見詰める。

 何千万体もの数を撃退しているはずが、まだまだ終わりが見えない。

 それどころか《ゴーアルター》から受けた致命的なダメージを完全回復する《擬神》や体内で別の《擬神》を生み出す《擬神》もいるせいで残り総数は増えつつあった。


「ハードだな。連れて帰るわけにはいかないし、こんな状況でどうやって地球に戻ればいいんだ?!」

『歩駆さん、マモリさん、ここは……私がやります』

 絶望的な状況にマナミが一つの提案する


『私が敵を食い止めます。二人は地球に向かってください』

「はぁ?! アンタ何言ってんだよ?! 俺とゴーアルターならコイツら全員倒すなんてわけないぞ」

『時間がもうないんですよ』

 マナミは表示されているタイムスケジュールを歩駆に見せる。

 地球時間で12月31日の午後11時過ぎ。

 三代目ニジウラ・セイルのスフィア落とし決行まで一時間を切っていた。


『今日がリミットなんです。歩駆さんのゴーアルターなら間に合うのかはわかりませんけど行ってもらわなきゃ駄目です』

「マナミ……」

『マモリさんもう一度聞きます。このガイザンゴーアルターは強くなっているんですよね?』

 再度、マナミはマモルに確認する。


「あ、うん。その機体にも冥王星のパワーを送り込んで治したからね。ゴーアルターぐらいとは行かないけど、それ普通のSVとは比べ物にならないぐらい強いよ」

『それを聞いて安心しました。なら行けます』

「でも」

『歩駆さんは礼奈さんの助けるんしょう? だったら早く行かなきゃ……私のSVもゴーアルターの兄弟です。なら負けるはずないですよ?』

 歩駆の言葉を遮るようにマナミは笑顔で答える。

 本心では恐怖しかなく、歩駆側が見るモニターには映らないマナミの足はガクガクと震えていた。

 

『それじゃお二人とも、また会いましょうね』

 歩駆たちに別れを告げてマナミは通信を切ると《ガイザンゴーアルター》は《ゴーアルター》から離れて《擬神》の方へと飛ぶ。

 引き留めようとして歩駆は《ゴーアルター》の手を伸ばそうとするがマモルの意思によって停止させられた。


「忘れないでね歩駆。君の使命を思い出して。そして思い浮かべて、渚礼奈の姿を」

「……くっ…………」

 歩駆は意識を地球に向けて集中させる。

 出来ることならばここで《擬神》も倒し、三人一緒に地球へ帰還したい。

 だが、マナミの決断を無駄にするわけにもいかなった。


 ──あ……るく……歩駆…………助けて……歩駆……!


「礼奈が、礼奈が泣いている」

 遥か彼方より声を聞く。

 少女の悲痛な叫びが歩駆に届いた。


「こっちからも呼び込んで。二人の想いが届けば必ず道は開く」

「……待ってろよ、礼奈。今度こそ俺がお前を助ける……!」

 歩駆の方からも地球の礼奈に呼び掛ける。

 すると目の前の空間が裂けて異空間に繋がるゲートが現れた。


「感じる。この先に礼奈が待っている。俺を呼んでる」

「さぁ行こう歩駆!」

 意を決して《ゴーアルター》はゲートの中に飛び込んだ。

 その後ろから《擬神》が追い掛けようと攻め入るが《ガイザンゴーアルター》の放ったミサイルによって撃退、侵攻は阻止された。

 歩駆たちの通り抜けたと同時に異空間ゲートは消滅する。

 安心して見送ることが出来てマナミは安心すると、表情を切り替えて残る《擬神》の軍勢に目をやる。


『これは時間稼ぎじゃない。私と、このガイザンゴーアルター対あなたたち擬神との殲滅戦よ。もちろん私は勝つ……勝って地球に戻って見せる』

 心に激しく燃え上がるマナミの闘志に応えて《ガイザンゴーアルター》は七色に輝く。


『歩駆さん、私は貴方が大好きです』

 決して届かぬ愛の力を原動力に、マナミの飽くなき戦いが幕を開けた。

 


 ◆◇◆◇◆



 西暦2101年。

 一月一日。

 午前0時0分。


 二十二世紀を迎えた地球。


 三代目ニジウラ・セイル率いる親衛隊とサナナギ・マコトたち、そして地球統連軍のスフィア落とし攻防戦はクライマックスを向かえていた。


 既にスフィアは大気圏に突入し、地球へ降下を始めている。

 三つ巴の戦いは泥沼と化し、スフィア落としは誰にも止められないと諦めかけていた。

 だがその時、スフィア降下先の空間にゲートが出現する。

 目映い閃光を放ちながらゲートより《ゴーアルター》が現れた。


「歩駆! もうスフィア落とし始まっちゃってるよ!?」

「見ればわかるさ!」

 迫り来る駒型の巨大な人工建造物を前に《ゴーアルター》は拳に力を溜める。

 皆を待たせた分、歩駆はこの一撃に全てを賭ける。


「やるぞ、ゴーアルターッ!!」

 もう迷いはない。

 輝く拳を天に掲げて《ゴーアルター》は、摩擦熱で真っ赤に燃え始めるスフィアに突撃した。

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