Episode.12 √サナナギ・マコト:Dearest

chapter.85 バースデイ・パーティ

 三代目ニジウラ・セイルによる地球へのスフィア落とし決行まであと三日。


 ◆◇◆◇◆


 西暦2100年。

 12月28日。

 正午。

 月、ルナシティ。


「「ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデーディア、マコトちゃーん! ハッピバースデートゥーユー!」」

「はぁ……ふぅーっ!」

 チョコレートケーキに刺さったロウソクの火が消え、部屋のライトが点灯する。

 六畳ほどの小さな個室に少女たちはテーブルを囲み、ささやかな誕生日会を開いていた。


「何歳ですか?」

「お互い不老不死みたいなもんなんだから聞くのは野暮ってもんでしょ」

「それはそうですね、ふふふ」

「ははは……はぁ。皆、忙しくしてるのに私たちだけこんな事してていいのかな? あっ、チョコのとこちょうだい!」ななや

 サナナギ・マコトは皿に切り分けられるケーキを見詰めながら言った。

 四人分の皿とフォークにコップ。

 残り二人の招待客はまだ来ていなかった。


「休めるときに休んでおかないと本番で力出ませんよ?」

「こんな時間空けてやる意味あんのって感じ。ダレるだけでしょ」

「月も完全に傷が癒えていませんから。向こうがこちらに攻撃して来ないなら月の復興が先決ですし、下手に動いて刺激しても危機に晒されるだけですよ。マコトちゃん、どうぞ」

 ロウソクを外し、チョコのネームプレートが付いたケーキをマコトに渡すクロス・トウコ。


「直接、ミナヅキに行って私がゴッドグレイツで叩けてたらなぁ」

「統連軍が返り討ちにあってしまったらしいですからね」


 ◆◇◆◇◆


 二週間ほど前。


 地球統連軍の部隊と三代目ニジウラ・セイル親衛隊の激しい衝突があった。

 その戦いをライブ配信しなから三代目ニジウラ・セイルは新たなる声明を発表する。


『元旦まであと十日ちょっと。素晴らしき二十二世紀はもうすぐそこまで来ているのに、未だに地球は統連軍の解体を宣言しない! そこで今までどこに落とすのかは明らかにしていませんでした。セイルは決めました、今から発表します……それは、統連軍本部のある日本! 日本に決定いたしました!』


 ジャイロスフィア“ミナヅキ”に集まった統連軍艦隊は月に大きな被害を与えた《DアルターFS(フォトンスマッシャー)》部隊の砲撃により消滅する。


『これはやがて人類が宇宙が進出するための第一歩なのです! 軍による力での支配ではなく、人々に必要なのは先導者です! このニジウラ・セイルがそれをやります! セイルの手はこんなにちっぽけです。一人では何も出来ません。でも、皆の手が合わされば何だって出来ます。だからセイルに力を貸してください!』

 この歴史的大敗の様子は世界中に人々に勇気と感動を与え、三代目ニジウラ・セイルを指示する声は日に日に大きくなっていった。。


 ◆◇◆◇◆


 そして戦いから数日後。

 離反者が続出して窮地に窮地に立たされた地球統連側から、月に再び和平交渉の話を持ちかけてきた。


「虫が良すぎでしょ。全くさぁ!」

「ヴェント艦長もツキカゲ大佐もかなり御立腹でしたね」

「そりゃ怒らない人なんていないでしょ? 勝手にウチらのことを反乱者扱いして都合が悪くなると助けてーってバカじゃないの?!」

 マコトは力強くフォークでケーキを両断すると大口で向かい入れる。

 ビターな味わいが口一杯に広がり、甘過ぎないので飽きずに何口でも食べられそうだ。


「でもスフィア落としは阻止するんですよね、マコトちゃん?」

「それはそれ、これはこれ。ケーキのお礼もあるからさ」

「食料プラントが復旧したのは良かったですね。こうしてケーキの材料も分けてもらえましたし」

「……そうだね、こんな世の中でも良い人はいるんだなぁ」

 今から一週間前。

 とある地球の財団法人から復興の手伝いをしたいと申し出があったのだ。

 名を、守護財団。

 その代表を名乗る“怪しいアイマスク”をした若いロン毛の男が地球から物資や人員を呼び寄せ月の復興は驚くべき早さで進んだ。


「トオル・サエバさんだっけ? あの一人仮面舞踏会みたいな人、何者なんだろう?」

「私、何処かであの方を見たことあるような気がするんですよね……どこだったかしら」

「彼は統連軍の元エースパイロットだァ。仮面で顔を隠しているが実は相当なジジイなのさァ。フォーク取ってもらえる?」

「へぇ、そうなんだ……はい…………ん?」

 違和感にマコトは気付く。

 この部屋には二人しかいないはず。

 マコトとトウコは声がする方に顔を向ける。


「ん、まァまァ気にしないでサナナギさん。話を続けて続けてェ」

 マコトは護身用の小型拳銃を懐から抜き、その人物に突き付けた。


「あらァ! 来賓に向かってそんなおもてなしはないんじゃないかなァ?」

「アンタなんて呼んでないから、ヤマダ・シアラ」

 白衣の女、元統連軍特務機関ネオIDEALのリーダーヤマダ・シアラはマコトの拳銃をフォークで叩きながら言った。


「サナナギさんは相変わらず万年短気だなァ。カルシウム足りてる?」

「軍に逮捕された人が何の用なんですか?」

「フッフッフッ……よくぞ聞いてくれたねクロス・トウコ君。実は」

 勿体ぶったように喋りだすシアラの額にマコトは銃口を押し付ける。

 その表情には感情はなく引き金に掛けた指に少しでも力が入れば撃ってしまいそうだった。


「自分の部屋を汚したくない。さっさと部屋から出てってよ」

「ふーん、もしかしてあのDアルターを作ったのが私だってバレてるのかァ……いやはや、この天才、我ながら恐ろしいSVを作ったものだなァ」

「このッ!」


 破裂音が狭い部屋に木霊する。

 焦げたような匂いが漂い、天井には小さな穴が開いていた。


「掃除が大変ですよ」

 トウコは微笑む。

 発砲の瞬間、一瞬にして近付いたトウコが拳銃を持つマコトの手を上に反らしたのだ。


「……誰なのアンタ?」

 俯きながらマコトはシアラに質問する。


「それは私に言ってる、サナナギさん?」

「アンタは私の名字を間違えて呼ぶ。普通にサナナギって言ったことない。誰なの?」

「ふーん…………さて、時間稼ぎは済んだかなァ。この天才はこれで失礼するよ、アデュー!」

 最後までおどけた姿勢を崩さずシアラはそそくさと部屋を出ていった。


「何だったんでしょうね?」

 しばらく二人はドアを見詰めて考えた。

 この一ヶ月間ほど、月に攻撃を仕掛けてくる勢力はいなかった。

 大打撃から復興作業に初めの内は皆ピリピリしていたが、守護財団からの支援のお陰で緊張感も緩和してきた。


「まさか守護財団の輸送船から?」

「嫌な予感がする……」

 マコトの予感は当たった。

 突然、腕の通信機がけたたましく鳴り響いた。


『マコちゃん?! 一体どこにいるの?』

 スピーカーから慌てたような声を上げるのは整備士長ナカライ・ヨシカだ。


「どこってずっと部屋に居たけど? まだ来れないの?」

『それどころじゃないって! 連絡してるのにマコちゃん全然繋がらないんだもの。マコちゃんも連れ去られたのかなって思って……』

「も、って誰かが連れ去られたの?」

『……ナギサ・レイナを、ガイ君が連れ去っていった』


 ◆◇◆◇◆


『追ってきたかァ……マコト』

 宇宙の墓場、戦闘の残骸が漂うデブリ地帯。

 眠る礼奈をシートの後部にある隙間に寝かせながら、ガイは《ブラックX》は真っ二つに破壊された艦に停まる。


「どういうつもりなの、ガイ!」

 猛スピードで《ブラックX》を追い掛けるのはマコトの《ジーオッド》だ。


『おい、ゴッドグレイツはどうしたァ? 合体しないで勝てると思っているのかァ?』

「私はやると言ったらやる」

『こっちには渚礼奈がいるんだァ。攻撃できるわけないよなァ』

 ふざけたように脅すガイの声を聞いてマコトはシアラに感じた違和感を再び覚えた。


「マジ意味わかんない。今日が何の日か分かってるの?」

『はァ? クリスマスも終わって大晦日も少し先だし、こんな中途半端な日は何でもない日だなァ?』

 とぼけるガイ。

 マコトの中で何かがプツン、と切れる音がした。


「…………やっぱり、違う。あんたもガイじゃない。前から時々その喋り方が気になってたけど何なの? 誰なのよアンタ……っ」

 ガイの《ブラックX》に詰め寄ろうとするマコトの《ジーオッド》は死角から攻撃に気付かなかった。

 真っ赤な鉄拳の衝撃がコクピットの中のマコトに襲い掛かる。

 残骸の山に突っ込んだ《ジーオッド》は身動きが取れなくなってしまった。

 パイロットスーツを着ずに発進してしまったため、衝撃で頭を強く打ち、マコトは気絶してしまう。


『やァやァ大丈夫かなァ、ダディ?』

『あァ娘。心配かけたァ』

 遠く離れた場所からマコトに不意打ちを食らわせたのはシアラだった。

 シアラの乗るそのSVは、炎の様な真紅の重装甲をした手足を装着した三代目ニジウラ・セイル親衛隊の操る機体とは違う特別製の《DアルターFS》である。


『トドメはァ?』

『必要なしだァ。マコトにはもっともっと怒りを溜めていて欲しいのさァ。それが扉を開くためには必要不可欠だからなァ』

『人類が二十二世紀を越えることはない。世界は次の階層に進む……楽しみだなァ』

 並んで地球を見詰めるガイとシアラ。

 二人一緒にする同じような奇妙な笑い声が宇宙に轟いた。



 ◆◇◆◇◆



 薄れゆく意識の中、マコトは声を聞いた。


 ──マコト、もうすぐ俺は“俺”でなくなる……迷わず俺を撃て。

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