chapter.59 本物の自分

「次の曲は虹浦愛留の定番曲だった“フライング・ザ・ゲッター”です! さぁ、盛り上がって行くぞォーっ!」

「「「「うおぉぉぉーッ!!!」」」」

 港に停泊する旧式の航宙艦から響く音楽。

 10畳ほどの狭いブリーフィングルーム内に作られた即席のライブ会場は超満員の大盛り上がりを見せていた。


「…………どうしてこうなった?」

「むー! せ、零琉のファンたちだったのにぃっ!!」

 部屋の角でつまらなさそうに座る歩駆と零琉。

 先日まで自分達の命を狙うスフィアからの刺客だった親衛隊は、愛留が召喚した《ゴッドグレイツ》に瓜二つな白い兜型SVの《ルクスブライド》によって味方となった。


 ◆◇◆◇◆


 数時間前に戻る。


 体勢を建て直した三機の《アユチ》は再び歩駆たちに襲い掛かろうとする。

 零琉の《アレルイヤ》から新たな姿に変貌した《ルクスブライド》は《アユチ》の攻撃を華麗に回避する。


「このルクスブライドは“アナザージーオッド”のロストナンバーなの。この戦いの戦いを止められるのは私だけ」

 飛翔する《ルクスブライド》は背中の六枚羽根を展開すると突然、愛留は歌いだした。

 曲は愛留のサードシングル“LOVE STRIKER”だ。


【逃げたくない 待ちきれないから 君の心に襲撃する】


【愛の弾幕 もっといっぱい バラ撒いて欲しい】


【燃え上がるような恋がしたいから 私は君と戦う 明日も明後日も】



 激しい歌声が《ルクスブライド》を通して光の粒子となり放たれ、親衛隊の《アユチ》たちを一斉に飲み込んだ。


「やったの?!」

 零琉が叫ぶ。

 だが、光の直撃を浴びたはずの《アユチ》は全く無傷であった。


「……敵から戦意が消えていく?」

 パイロットの意識を感じ取った歩駆は呟く。

 手に持った武器を降ろすと《アユチ》から通信で降伏するとメッセージが送られてきたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 地上で戦いの様子を伺っていた者たちも含めて三代目ニジウラ・セイル親衛隊全員が歌声に心を射抜かれてしまい、親衛隊は愛流の軍門に下った。

 彼らが宇宙から乗ってきた航宙艦に案内され艦内はライブ会場と化した。


「わからん……何故そうなったのか全然わからん」

 頭を抱える歩駆。


「はぁ……いいよな、アイドルって奴はちやほやされて」

 盛り上がるステージを眺めながら歩駆は昔を思い出す。


 深夜ラジオのイベントで物販ブースに主役の声優が手渡しでグッズ販売をしていた。

 グッズを買おうとしていた歩駆だったが好きな声優を前にして「あの人と会うのは自分が有名になってからだ」と変なこだわりでチャンスを逃したことがあった。


「……俺は……何者にもなってない……」

「あれぇ? でも、お兄ちゃんってゴーアルターのアニメの人じゃないの? 零琉見たことあるよぉ。結構マニアで」

 自慢気な零琉の言葉に歩駆は露骨に嫌な顔をしてみせる。


「…………俺は、ゴーアルターは嫌いだ。アニメも、本物も消えてなくなればいい」

「でもゴーアルターないと月の悪大巫女レーナーだっけ? を助けられないでしょ?」

「誰だよ悪大なんとかって」

 歩駆は未来人の《ゴーアルター》に対するイメージがわからなかった。

 誰から何をどう伝わったら自分達の戦いが古くさいスーパーロボットアニメのようになるのか見当も付かなかった。


「礼奈は、そんなんじゃねえよ……アイツは俺の幼馴染みで、それで…………なぁ、この船は月に向かうんだよな?!」

 丁度、曲が終わった頃合いでステージの愛留に向かって歩駆は叫ぶ。

 

「スフィアに寄るつもりよ。それと真道歩駆君、月より前に君には行ってもらいたいところがあるの。この間、話が途中になってしまったこと」

 愛留はステージを降り、親衛隊をの間を掻き分けて歩駆の元へやって来る。


「一体、何処にだよ?」

「冥王星よ」

 その名を口にして歩駆の表情が変わる。


「めい……おーせー?」

 かつては太陽系九番目の惑星として知られた星だが、2100年を生きる零琉や親衛隊はピンと来ていない様子だ。


「そりゃ零琉たちは知らないわよね。惑星から準惑星に格下げされたのが2006年頃だからね」

「で、なんだよ?」

「完全な力を手にいれてもらいたいの。今後の戦いのためにもね?」

 ステージのモニターに愛留の作った予定表が表示される。

 地球。

 月。

 スフィア。

 三つに分かれた人類の戦争を止めなければならない。

 この大きな問題を早急に解決しなければ異次元からの敵である《擬神》に対抗することはできない。

 先日、歩駆たちが戦った《阿修羅艦型擬神》を親衛隊たちも目撃している。

 これは人類全体の問題だ、と親衛隊は愛留に協力してくれると約束してくれた。


「今すぐにでも出発して欲しい。休息は充分だし、行ってくれるよね?」

「俺は行かないぞ」

 間髪いれずに歩駆は拒否した。


「えぇ、どうして?」

「行く必要はない。俺は礼奈を取り戻せたらそれでいい」

「はぁ……君はまたそんなこと言って」

 呆れる愛留。後ろで親衛隊のブーイングも聞こえるが歩駆は無視する。


「ゴーアルターの力は礼奈を助けたらもう使わない。月にゴーアルターより強いSVがあるとは思えない」

「擬神はどうするのよ?」

「ゴッドグレイツがあるだろ。アンタのSVもいる……十分だろ?」

 歩駆は顔を伏せる。自分に構ってくれるな、というオーラを貼っていた。


「そう。それで零琉、貴方はどうするの?」

 歩駆は置いて愛留は隣の零琉に向かう。


「これから行くスフィアにはニジウラ・セイルがいる。貴方は彼女をどうしたい?」

「…………零琉は、零琉は宇宙一の詩って戦うアイドルよ」

 零琉は立ち上がり、駆け出すとステージに上がる。


「なら、やることはただ一つ。どっちが本物のアイドルなのか確かめてやる!」

「流石は私の娘ね、そうこなくっちゃ。今日は特別に私と貴方でユニットを組みましょう。さぁ、ライブ再開よっ!!」

「「「「FOOOOoooo!!」」」」

 二人のアイドルの共演にブリーフィングルームは最高の盛り上がり見せる。

 歩駆は一人、そそくさと部屋を出ていった。


「…………」

 フラフラと艦内を歩き続ける。

 ふと窓の外を見ると、月がそこに見えた。


「礼奈……」

 もうすぐ会える。

 そう思うと胸が高まったが、どうしようもない不安も同時に膨れ上がっていく。


「……どっちが本物、か」

 零琉の言葉が頭に何度も繰り返される。


 冥王星。

 今から65年前の戦い。

 そこには《ゴーアルター》によって複製されたもう一人の自分がいる決戦の地。

 

 時々、歩駆は考える。


 本当はあの時に分裂したあのアルクが本物で、自分がコピーの方なのではないかと。

 だから自分は不老不死の存在なのだと。


「馬鹿馬鹿しい」

 自分は正真正銘の真道歩駆だ。

 そう心に言い聞かせて歩駆は月に思いを馳せながら夜空に手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る