chapter.58 花嫁の白兜

 辺りはすっかり暗くなり夜になった公園を移動した歩駆たちは一度、愛留の別荘に戻る。

 しかし、そこにはハンバーガー屋に現れた“三代目ニジウラ・セイル親衛隊”を名乗る武装ファン連中が建物の周囲を見張っていた。

 まだ歩駆の体力が回復しきっていないため《ゴーアルター》を呼び出すことが出来ないので、一行は仕方なく引き返すことになった。

 流石に野宿をするわけにはいかないが、町行く人にホテルや泊まれそうな場所はないか、と聞くも近場には一件も無いらしく歩駆たちは途方に暮れた。


「あのお爺ちゃんの所って止まれないのかな?」

 零琉の一言で歩駆たちは《アレルイヤ》を預けた整備工場に向かい、ダメもとで交渉してみるとオーナーは快くOKしてくれた。

 日系三世のオーナーは昔、統連軍でメカニックをしており腕は良かったがリストラされ、ずっと個人で修理屋を営んでいる。

 最近は客足が減り滅多にSVを持ち込む客も少なくなったので零琉の《アレルイヤ》のような最新鋭のSVを弄れることにとても満足しているようだ。

 歩駆は事務所のソファで毛布を被り一人、雑魚寝である。

 愛留と零琉は歩駆の寝ている直ぐ隣の部屋。

 休憩スペースになっている和室に布団を敷いて一緒になって寝た。


 時刻は夜中の一時を過ぎる。


「……ねぇ、まだ起きてる?」

 モゾモゾしながら零琉が小声で囁いた。


「おしっこ?」

「ううん、眠れない」

「寝なきゃ駄目よ。起きたら直ぐ出発なんだからさ」

 ばっちり目を開けて天井の染みを数えてどうにか寝ようと頑張る愛留が答えた。


「お話の続きなんだけど……どうして南極で倒れたのに生きてるの? お母さんはいったい何者なの?」

「…………少なくとも“私自身は”子供を作った覚えはないの。でもね、貴方には私の遺伝子が流れている。奇妙よね、あの人との子供が出来たらこんな感じになるんだ」

 愛留は零琉のことを我が子のように抱き締める。


「その男の人とは結婚はしなかったの?」

「だってキスもまだよ。私はアイドル止めるまでは清い関係でいたかったけどね……それで、南極で私がどうなったのかだけど。ちょっと難しい話になるかもけど付いてきてね?」

 寝る前に子供に絵本を読み聞かせるように愛留は語った。



 ◆◇◆◇◆



 南極の最下層でヤマダ・アラシに刺されてしまい意識を失おうとする愛留。

 このまま氷漬けにされて何万年も海中に沈められるのかと恐怖した。

 いつの間にかヤマダと《荒邪》の姿は何処にもなく、盗られてしまったらしい。

 どうにかここから出ようと愛留は這いずってみるが大量の出血と体温の低下で今にも意識を失いそうだった。

 そんな愛留に氷の中に佇む巨大な剣の《ソウルダウト》が応える。

 突然、床の氷が溶けだしたかのようになり愛留の体は冷たい液体へと沈み、そのまま《ソウルダウト》の中に招き入れられた。


 愛留の乗ってきた《荒邪》と同等ぐらいの大きさにも関わらず、光なき空間がどこまでも広がっている不思議な《ソウルダウト》の体内。


 朦朧としながらも愛留は何か掴めるものはないかと手を伸ばす。

 すると愛留が手にしたものから青白い閃光が放たれた。


 愛留の頭の中に映し出される何億年もの膨大な地球の歩み。

 破壊と再生、戦争と和平により紡がれるそれは偶発的に生み出された歴史ではなかったのだ。


 創造主。


 または神とも言うべき存在。

 歴史の影で暗躍する人物の姿が浮かび上がる。

 それこそが、あの男であった。



 ◆◇◆◇◆



「それから私が目覚めたのは今から四十年前の2060年。私が荒邪を初めて見た時にヤマダ・アラシと一緒にいた男に助けられた。彼はもう死んでしまったけど彼のお掛けで、ヤマダ・アラシがしようとしていることもわかったわ……あれ?」

 胸の中でいつの間にか寝息を立てている零琉の頭を愛留はそっと撫でた。


「ま、知らない方が言いかもね。私も知りたくなかった」

 愛留は歩駆がいる部屋の扉を見詰める。


「……君にはこの世界の命運が委ねられている。どんな未来を作るかは“主人公”である貴方に掛かっているのよ……」


 ◇◆◇◆◇


 そして、事件は早朝に起きた。

 殺気を感じ取り一番に目を覚ましたのは歩駆だったが、身体の不調は一日寝ただけでは回復には至らなかった。

 飛び起きて、まだ寝ている愛留達を引っ張り上げたと同時に建物が爆発した。


「なっ、何事?!」

 爆音に気付いた零琉の目に飛び込んできたのは修理が完了していた《アレルイヤ》だった。

 爆発に吹き飛ばされながら三人は予め開けておいた《アレルイヤ》のコクピットに転がり込む。

 歩駆は乱暴に手でフットペダルを押し込むと《アレルイヤ》は天井をぶち抜き空へ舞い上がった。


「おはよう、随分と乱暴な起こしかたね?」

 冗談混じりに愛流が言う。


「んもう! 狭い! あっち行ってよ、変なところ触らないで!」

 零琉に顔を叩かれる歩駆。

 一人用の狭いコクピットをどうにか移動して、零琉をシートに座らせると操縦桿を握らせる。


「工場が、跡形もないな……」

 もくもくと黒煙が立ち上ぼり炎上する整備工場。

 オーナーは少し離れた場所に自宅を置いているので被害は無いと思われるが、今は心配をしている暇はない。

 体勢を立て直す《アレルイヤ》の前には三機のSV。

 派手なピンクに『セイル命』とデザインされた月製量産機の《アユチ》が立ちはだかる。


『機体まで模倣するとは、やはり悪質な“セイラー”は排除せねばならん!』

「ちょっと待ってよ! セイルは本物のセイルだってば!?」

『黙れ! 今、セイルちゃんは宇宙なのに、こんな場所にいるわけないだろ! ボイスチェンジャーまで使って本物を語るかニセモノめっ!』

 声の主は昨日、歩駆達を襲った“三代目ニジウラ・セイル親衛隊”の中にいた内の一人のようだった。

 アイドルライブでファンが使うような、鮮やかな光を放つハンドライト型ヒートスティックを構えて《アユチ》は問答無用に襲い掛かってきた。


「信者に何を言っても無駄だなようだな」

「これも日頃の行いが悪いからだろうね“零琉”ちゃん?」

 歩駆と愛流が零琉を煽る。


『不届きなモノマネガールは拙者がわからせてやる!』

 ロングタイプのヒートスティックを振り回す角付きのリーダー機らしき《アユチ》の一撃が《アレルイヤ》の肩を突く。バランスを崩した《アレルイヤ》は雑木林に落下した。


「ふ……ふざけんなっ……ぅぅ」

 ガチャガチャと操縦桿を動かす涙目の零琉。

 整備が不十分なせいか必殺の音波兵装が発動できずイライラが溜まる。

 何故、自分がこんな目に会わなければならないのか。

 宇宙一のアイドル街道をまっしぐらだったはずなのに、どこで間違ってしまったのか。


「こうなったのも、全部お兄ちゃんのせいだからねっ!?」

 零琉は隣の歩駆に八つ当たりした。


「返してよ! セイルの人生返してよっ!! ……うぅ、うわぁぁーん!」

 ポカポカと歩駆を泣きながら叩く零琉。


「知るか! お前だってこの戦争の元凶の一人だろうが! 今さら被害者面するんじゃねぇよ馬鹿っ!!」

「あぁぁぁぁぁー! バカって、アイドルにバカっていったぁぁぁぁぁぁぁ! アアァァァァァァッ!」

 暴れる零琉と抵抗する歩駆。

 コクピットの中で繰り広げられる子供の喧嘩に敵は付き合ってくれない。


「……二人とも、うるさいッ!!」

 ゴチン、と騒ぐ二人の頭を拳骨で治める愛留。


「仕方ない。切り札は取っておきたかったけど今は切り抜けないと」

 そう言って愛留は《アレルイヤ》のハッチを開き、外へ出て胸部装甲の上に立つ。

 三機の《アユチ》に取り囲まれている状況で、愛留は右手を空に伸ばし名を叫んだ。


「来て! ルクスブライド!!」

 白い煙を上げる超高温のヒートスティックが降り下ろされようとしたその瞬間、上空から雨の如く放れたレーザーが《アレルイヤ》に迫る《アユチ》の貫く。


「零琉、合体するよっ!」

 朝日を背にする不思議なシルエット。

 愛留の呼び掛けに応えて、手足と胴体のない白き兜型のSVが現れた。

 白い《兜型SV》は急速落下して《アレルイヤ》の頭部に覆い被さる。

 その瞬間、衝撃波が周囲の《アユチ》を吹き飛ばし《アレルイヤ》のピンクのは機体色は真っ白に変化した。


「あれは……exSV」

 歩駆が呟く。

 特徴ある合体した姿は真薙真の操る《ゴッドグレイツ》そのものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る