chapter.60 黒幕

 歩駆たちが宇宙へと上がっていた頃、マコトたちも宇宙に向けて出発の準備をしていた。

 ここは太平洋沖の島に作られた統合連合軍の海上基地。

 ネオIDEAL基地が《擬神》により壊滅状態になったため機体を改装するためにやってきたマコトたち。

 そこで消息不明だったイザと《ソウルダウト》が地球外縁軌道を何度も周回しているとの情報を得た。

 出発まで暫しの間、休息が訪れる。


 ◇◆◇◆◇


「何故だ? 何を考えているのだ、上の連中は?!」

 自室で夜空の星を眺めながらヴェント・ヤマダ・モンターニャ中佐はグラスの酒を一気に飲み干した。

 マコトたちをここまで運んだのはヴェントの戦艦アキサメ改だ。

 だがマコトたちネオIDEALの逮捕状は突然、現れた《擬神》を撃退したことによる功績が認められ軍本部によって逮捕が取り下げられてしまったのだ。


「まぁ、そうカッカするな。奇妙な親戚だがお互いに仲良くやろうぜ艦長殿? 次は日本の酒だぞ。やっぱ酒は日本だ」

 既に顔を真っ赤にしたツキカゲ・ゴウがヴェントのグラスに酒を注ぐ。

 酒を持ち込み勝手に押し掛けて迷惑していたが今日は飲みたい気分だったので入室を許可した。


「私は大佐、貴方を認めたつもりはない!」

 ヴェントはゴウから瓶を奪い、自分でグラスに酒を注ぐ。

 エリート街道を行くヴェントがゴウのような粗暴な見た目の男と、血の繋がりがあるなどと信じたくはなかった。


「穢れた血、私はあの女に復讐を果たすために今日まで生きてきた。なのに……軍はいつまでSV狂いのエセ芸術家を野放しにするんだ」

 なみなみになったグラスの酒を一気飲みするヴェント。

 育児放棄をした母シアラとの良い思い出は全くない。

 父親はおらず、遺伝子バンクから得た優秀な人間のDNAを引き継いだヴェント。

 家にはシアラが高い依頼料を払って代わりに家事をするヘルパーが沢山いた。

 不自由のない生活を送っていたヴェントだったが、いつの間にか親子の縁を切られていたと知ったのは十二歳の時だった。

 激しい恨みを抱くヴェントだったが、その裏には母を振り向かせたいと言う意識も存在した。

 彼が軍に入ったのも少しでもシアラに自分と言う存在と認めさせる為と言ってもいい。

 シアラは現在、ネオIDEAL基地の復旧に当たっている。


「あんな軍だがアニメの会社だがわからん建物など全部、崩れてしまえばいいんだ」

「ネオIDEAL……いや、IDEALは元々、模造獣に対抗するため設立された組織と言うのは知っているか?」

 ゴウが尋ねる。


「興味ないな」

「今から八十五年ほどの話だ。メンバーの中にヤマダ・アラシと言う男がいた。アンタと俺の祖父に当たる人間らしい。そしてSV開発の第一人者でもある」

「ふん、出来すぎた話だ」

「俺のお袋、月影瑠璃はヤマダ・アラシを正体を暴くため死ぬ間際まで真相を追っていた……結論から言う、ヤマダ・アラシは生きている」

「…………待ってくれ大佐。貴方はおかしな事を言ってる自覚はあるのか?」

 会話の違和感にヴェントの酒を注ぐ手が止まる。


「大真面目だ。そいつがこの戦争を裏から操る黒幕だ」

「だから八十年以上前だろう? 百を越える老人のそんな事を可能な訳がない。それとも不老不死とでもいうのか?」

 呆れるヴェント。

 まるでシアラの作ったアニメの中で見たような荒唐無稽すぎる話を思い出して、酔いが冷めるほど白ける。


「知っているか? 三代目ニジウラ・セイルとかいうジャイロスフィアのアイドルを」

「あぁ……まぁ」

 ヴェントは曖昧な返答する。

 あまり人には言えないが新曲が出る度にチェックを入れるほどファンであった。


「奴はこの間の南極でゴーアルターに撃墜された。だが、先日の衛星放送で奴は五体満足な状態で姿を現したんだ……月影瑠璃が残したレポートにはニジウラ・セイルは代々クローン人間だと言う。そして、その父親こそが」

「待て待て! いくらなんでもそれはどうなんだ? 全て同じ人間が裏で仕組んでいると言うことか?」

「偶然なんかじゃない。そして奴はクローン人間として現世に生き続けている」

 一枚の写真を見せるゴウ。

 何かの式典なのか壇上に立つTTインダストリアル代表アンヌ・ヴァールハイトの後方、左目に大きな傷のある男が映っていた。


「月ではガイと名乗っている。こいつこそが真の敵、ヤマダ・アラシだ」



 ◇◆◇◆◇



 数日後、機体改修を終えた早朝。


「ふぁ~……もう、お偉いさんだかなんだか知らないけど朝っぱらから人集めてなんなのよ」

 出発を控えたマコトたちは軍の会議室へと呼び出された。


「マコトちゃん寝癖が爆発してますよ」

 クロス・トウコがマコトの背後に回りブラシで髪をとかす。


「全く、レディは身だしなみが大事なのよ?」

 マコトにヘヤスプレーを塗布しながらウサミ・ココロが言った。


「あれ? ココロちゃん、織田のおばあちゃんは?」

「それが何処にも居ないのよ。おかしいな……ここにいる皆のすら位置情報が把握できない」

 電子脳内にレーダーを表示するウサミだが何か強力な電波により邪魔されているようだった。


「見てください皆さん!?」

 会議室までの廊下、ホムラ・ミナミノは窓から見える滑走路の三日月型の巨大戦艦を指して叫んだ。


「あれはクィーンルナティック。なんで、月の船が統連軍の基地に……まさか」

 月出身のアンヌ・O・ヴァールハイトが衝撃で開いた口が塞がらなかった。

 クィーンルナティック。

 月の技術を結集して作られた旗艦であり普段、イベント毎に表で見ることのない貴重な


「行けばわかるんじゃない? だから呼び出されたんでしょ」

 マコトは嫌な予感がした。


「やぁ、久し振りだねサナナギさん」

「アンタ……どうしてここに?!」

 思いもしなかった人物の登場に驚くマコト。

 そこに居たのは月のTTインダストリアル代表である織田ユーリ・ヴァールハイトだった。


「どういうつもりだ? 敵の大将が乗り込んでくるなんて」

 楯野ツルギは眉間にシワを寄せながらながら言う。

 サイボーグの身体を大改修中のため全身を黒いマントで覆っている。


「やだなぁ、僕は争いに来たんじゃないですよ?」

「よく言うわね。セレーネの件、忘れたわけじゃないでしょうね?」

 指摘するマコト。

 数週間前、マナミ・アイゼンの率いる月面騎士団による竜華のジャイロスフィア・セレーネへの強襲は死傷者を出すほどの甚大な被害を被った。

 一度は友好的だったマナミが敵として現れ、こんなことになったの許せないが、一番悪いのはそれを指示した人間だということもマコトは理解している。


「あの時は僕の不手際だった。僕自身、手荒な真似はして欲しくはなかったけど現場の判断に任せきりにしてしまった部分がある」

 悪びれもせずユーリは言ってのけた。


「あんな巨大SVをパイロットの判断で自由に運用できるのね?」

「ガイザンゴウは本来、月の防衛用に作られたSVだ。もし君のゴッドグレイツと対抗するときに必要になると判断したのだろう」

「そう言えばアイゼンさんは呼ばれてないんですね?」

 集められた者たちを見てクロス・トウコは言う。

 ネオIDEAL関係者はマコト、トウコ、ツルギだけで統連軍のホムラや、月のアンヌとココロを入れた六人だ。 


「彼女は返してもらったよ。ウチの大事な月面騎士団の“副”団長だからね」

「降格したんだ……」

「今は新しい子が着任しているからね。それと先々代も既にクィーンルナティックに搭乗済みさ」

「お婆様も?! どういうことなのよユーリ!?」

 と、アンヌは詰め寄る。


「今は地球と月で争っている場合じゃないってことさ。でもジャイロスフィアが厄介でね。休戦に応じてくれない」

 アンヌの質問には答えずユーリは立ち上がり、壁のスイッチを押すとそこに映像が投影される。

 それは統連軍が撮影したネオIDEALを襲う謎の仏像マシンとマコトの《ゴッドグレイツ》との戦闘映像だった。


「知っているだろう、君たちも擬神の存在を」

「この前戦ったデカイ奴のこと?」

「あれは人類共通の敵だ。このまま放っておけば地球滅亡する。協力しなければ人類に未来などない」

「まだ来るって言うの?」

「察しがいいねサナナギさん。そうレーナ様の御告げなんだよ」

 すると部屋の入口の扉が開く。


「私からもお願いします」

 四人の屈強な護衛に囲まれて現れた、白いドレスを纏う少女の登場ににマコトは目を見開いた。


「ナギサ……レイナ?」

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