chapter.50 母を想って

 ネオIDEAL占拠作戦を指揮するヴェント・Y・モンターニャ中佐は表面上、冷静を装いながらもイライラが爆発しそうだった。

 数々の戦いで成果を上げ、二十三歳の若さで統連軍の戦艦アキサメ改の若き艦長に任命されるというスピード出世を遂げる彼の唯一の汚点がこの先に待っている。


「様子はどうだ?」

「はっ、今は眠っているようです」

 入り口の見張りから鍵を受け取り、その場から離れさせるとヴェントは暗い一室に入っていった。


「全く、自白剤も効かないとはどうなってるんだ? ヤマダ・シアラ」

 鍵を開けて営倉の中に入ると、冷たい床に寝そべる白衣の女性を見下すように睨んだ。


「……ふははァ、普段から息を吐くように嘘をついているからなァ……っ」

 不敵に笑うシアラ。

 腫れた目の奥は、まだ正気が宿っていた。

 抵抗されないために武器を仕込んだ義手義足は外され、立ち上がることすら出来ないシアラを尋問官に寄って集って殴る蹴るの暴行を受けたのだ。


「もうすぐ22世紀になろうとしている。この機会に統合連合軍は前時代的な物を一掃しようと計画している。いつまでも貴方のような者がいると上は目障りなんですよ」

 ヴェントはアニメのゴーアルターが描かれた統連軍の募兵ポスターを、シアラの頭の上でビリビリに破り始めた。


「…………そのためにソウルダウトごと私らを消そうと? でも残念だったねェ?」

「そんな幻想を広めたのもお前だろう? そのような物があるから戦争は終わらない。なら無くしてしまえばいい」

「幻想……だって? ふふ、ははは、あっはっはっはァ……」

 痛みを押さえながら大笑いするシアラの腹にヴェントは一発、蹴りを入れた。

 

「何が、おかしい?!」

「く、くっ……いやァ、だってねェ?」

 力を入れて蹴ったはずなのにシアラは余裕そうな顔をする。


「世界を変えるのに創作物に出てくるような、都合の良いアイテムなど存在しない」

「なのに軍は、ソウルダウトを破壊するのかァ……矛盾してない? それは信じているってことじゃないかァ……?」

 バカにしたように喋るシアラの胸ぐらをヴェントは持ち上げて壁に叩きつけた。


「言ったはずだぞ、前時代的な物は一掃する。今世紀の異物は次世代には持ち込まない」

「……君は私のアニメを見て何も学ばなかったのかァ?」

「アレから学ぶものなど何もない」

 硬い床にシアラを叩きつけるヴェント。

 だが、シアラの表情から不気味な笑みは変えない。


「私はお前のような子が真っ直ぐ育ってくれるだろうと思って、物語を作ったつもりなんだがなァ?」

「そっちが勝手に思っているだけなど、わかるはずがない。棄てた分際で母親面をするな!」

 営倉に響くヴェントの叫び。怒りに任せて何度も何度もシアラを蹴り続けるが、シアラは幸せそうに笑っていた。


「君を愛しているよ……私の唯一、血の繋がった息子」


 ◇◆◇◆◇


 車椅子から立ち上がる織田竜華は、監視一人とボディーガード二人を連れて格納庫の様子を一望できる渡り廊下から眺めていた。

 統連軍の戦艦に南極での戦いを生き抜いたネオIDEALのSVがトレーラーに乗って運ばれる。

 これまでの戦闘記録を収集するため機体ごと軍本部へ移送するつもりだ。


「あぁ……歩駆さんのSVが……」

 悔しげな声を上げる竜花。

 運搬中の機体にはヤマダ・シアラと共同で開発した真道歩駆が搭乗するはずだった特別製のSVが頑丈なコンテナの中に隠された状態で運ばれていった。


「機体は軍でお預かりするだけです。然るべき時が来ましたら返却するとのことです」

「あれは歩駆くんの機体よ。今すぐに返しなさい」

 監視のホムラ・ミナミノにボディーガードその1、マナミ・アイゼンは苛立った口調で言う。

 月によるマインドコントロールや肉体強化の投薬により汚染されていた体は、ようやく浄化してきたがホムラに対する怒りの感情は簡単に消えるものではなかった。


「ですから預かるだけです」

「勝手に開けてごらんなさい。竜花さんの代わりに私が……」

「落ち着いてマナミ。ねぇホムラちゃんは私たちを裏切ったの?」

 興奮してホムラに迫るマナミを宥めながらボディーガードその2、ウサミ・ココロはホムラに問う。


「裏切るもなにも、初めから私は軍に派遣されて来ている身です。統合連合所属の軍人なのは変わっていませんよ」

 軍上層部の命令により極秘でネオIDEALとヤマダ・シアラから調査する任務を任されていたホムラであったが、これといって得られた情報もなく定期連絡では連役役の上官に叱責されてばかりだった。


「なら南極にミサイルが来ることをホムラちゃんは知っていた?」

「それは……」

 ココロの質問に口ごもるホムラ。


「ホムラちゃん、本気で私たちを騙すだなんて本当は思ってないんでしょ?」

 ネオIDEALが表向きアニメは《ゴーアルター》を作っている製作会社であり、統連軍を代表する量産型SVである《Dアルター》を設計した憧れの組織と知り、初めはホムラも喜んで受けた任務であった。


「要はネオIDEALを消したい人間が軍の中にあるということでしょう? 貴方は連絡役として都合よく利用されていた。今もそうでしょ?」

「軍人が命令を守るのは当然です」

「じゃあ貴方は軍が死ねって言われたら死ぬのね?」

「子供みたいな例え話は止めてくださいよ。貴方も元軍人なら」

 また殴り合いにまで発展しそうなヒートアップする二人の喧嘩は止めたのは、どこからともなく走ってきてぶつかった少女だ。


「ぜぇ……ぜぇ……ま、待ちなさいっマモリィ!」

 マモリと呼ばれた少女を追って仲頼ヨシカはドタドタと息切れしながらやって来る。


「げ、元気なのはいいことだけど……何も逃げなくてもいいでしょうにっ!」

「マモリ……マモリなの?!」

 自分に抱き付く少女を見て声を上げる竜花。


「あの機体の中から出てきた少女でしたよね。彼女、お孫さんだったんですか?」

 ホムラが尋ねる。

 南極での戦いにてイザ・エヒトにより《ソウルダウト》から引きずり出された少女。

 極寒の海に墜落しそうになるのを、とっさにココロが飛んで救い出さなければ南極大陸と共にグラヴィティミサイルの爆発に巻き込まれるところだった。


「こんな小さな子が、ソウルダウトのパイロットだったなんて」

 しゃがみこんでマモリの姿を観察するマナミ。

 入院患者用の検査服に身を包む、ショートカットの髪で十代前半ぐらいな普通の女の子に見えた。


「いいえ、彼女は三十年前に行方不明にしまったの。まさか、あんなところで見つかるなんて……」

 ココロがマモリの頭を撫でる。

 ガイにより渚礼奈が連れ去られた後、礼奈と一緒に暮らしていたマモリは礼奈を追って失踪した。

 二人の警護に当たっていた楯野ツルギが必死に捜索したが結局、見付かることはなく戦いにより命を落とし、ヤマダ・シアラにより全身を機械にするに至ったのだ。


「三十年?! だって、どうみても小学生くらいにしか……」

「と言うことは彼女も歩駆さん達と同じ不老不死、と言うことなんですね?」

 驚くホムラに対して冷静に分析するマナミ。


「…………リュウカ……おばちゃん……」

 するとマモリが顔を上げて喋った。


「どうしたの? どこか痛む?」

 車椅子に座る竜花は優しくマモリに問いかける。

 マモリは涙ぐんでこう言った。


「冥王星の……お願い、母さんを助けて……っ!」

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