Episode.7 Yの血統

chapter.49 月の業

 南極での戦いから三日後。


 補給の無いままゆっくりと日本、ネオIDEALの基地へと命辛々、帰ってきたマコトたちを待ち受けていたのは統連軍の一団だった。


『この基地は我々が接収した。ヤマダ・シアラ、お前には逮捕状が出ている。軍の許可もなく南極に立ち入った罪は重いぞ。大人しく出頭しろ』

 基地の周囲を移動空母と複数の《Dアルター》が囲っている。

 レーダーに映っていないが戦艦イデアルの周りにも隠れているSVや歩兵部隊が狙っている。

 戦いの疲れからマコトたちが抵抗することはなかったが、肝心なヤマダ・シアラは逃走を計ろうとした。


「残念ですけど、それは故障中です。動きはしませんよ?」

 脱出用ポッドで逃げ出すシアラの前に現れたのはホムラ・ミナミだ。後ろにはネオIDEALの制服を着た者たちが数人。


「どういうことかなァ? ゴーアルターの秘蔵原画じゃ足りないって?」

「あれはありがたく頂戴します」

「そもそも捕まる理由がなァい。イシズエのオッサンが私を嫌いなだけだろう?」

「製作資金の横領や中抜き、オーディション参加者に不当な高額契約を迫るなど容疑は多々に渡る。あとは法廷が待っている……拘束しろ」

 潜入捜査のスパイであったホムラたちによりシアラを捕まえられ、マコトたちはネオIDEAL基地内に留置されることとなった。


 ◇◆◇◆◇


「お茶が入りました。お菓子もありますので皆様どうぞ!」

 配膳カートをガラガラと小さな身体で押しながらクロス・トウコは、ネオIDEALのアニメスタジオにいる作画スタッフに差し入れを持ってやってきた。


「ありがとうクロスさん」

「いいんですよ。頑張っている皆様にしてあげられるのは、これぐらいなものですから」

「そんなことないですよ。クロスさんの気遣いにはみんな助けられてます。これ手作りのクッキーなんですね、ありがたく頂きます!」

 作画監督も兼任するオノサキ・イツキは各スタッフにトウコのクッキーを配っていく。


「私はこれで、頑張ってくださいね」

 トウコは一礼してスタジオを去っていった。


「あれが本来やるべき彼女たちの仕事なのよね……どうなってるのかしら、このネオIDEALって組織は」

 カートを食堂に戻し、残りのクッキーを籠に入れてトウコは次の目的地に向かう。


 現在、マコトたちパイロットは行動を制限され。自由に行き来できるのは地下フロアのエリア一部のみである。


「許可証、はい」

「ん……ご苦労」

 見張りの男に首から下げたパスを見せ、トウコはエレベーターで地下に降りる。

 知らない人から見れば小学生ぐらいに見えるトウコが、実はSVが動かせるパイロットだと統連軍にはバレていないので、こうして他のネオIDEALメンバーとの連絡役を買って出ていた。


「マコトちゃん、クッキー焼きましたの」

 SVシミュレーターの筐体をコンコン、とノックする。

 ふと、外付けのモニターに表示された得点を見てみると“9”の数字が最大までカンストしたスコアがいくつも並んでいた。


「……もの足りない」

 マコトは片手でクッキーの入った籠に手を突っ込み、三枚ものクッキーを一気に口の中へ放り混んだ


「かれこれ五時間ぶっ通してやっといてよく言うわよ!」

 向かいの筐体から窶れた顔のアンヌ・O・ヴァールハイトが出てくる。

 途中まではマコトに付き合い対戦モードで試合を行っていた。

 だがが、延々と対戦を止めないマコトに呆れ果て、戦闘データを元にしたミッションを作成してマコトに挑戦させていた。


「まだ行ける。ドンドン来なよ」

 お茶の入ったボトルで水分補給をするはマコトは余裕のある表情だが、先日の南極戦のことで溜まっているイライラは晴れていなかった。

 まず、ナカライ・ジェシカの仇である三代目ニジウラ・セイルを討てなかったことから始まる。

 その三代目ニジウラ・セイルを真道歩駆がトウコの《ゴーイデア》を勝手に持ち逃げして倒したこと。

 

「休んだ方が良いですよ」

「大丈夫だってトウコちゃん、私は……おっと」

 目の前が一瞬、暗くなり倒れそうになるマコトをトウコが支える。


「左目、血が出てますよ。右目も潤んで」

 戦闘の後遺症で感情が高ぶるとマコトの眼球の色は赤と青に変化し、血涙と涙を流す。この時代に目覚めてから症状が現れるのは初めてだった。

 トウコはポケットティッシュを取り出してマコトの目元を拭く。 


「捕虜が楽しそうだな」

 不意に聞こえてきた男の声でマコトたちは振り向く。


「所詮はシミュレーターなどゲームと同じだ。何度やろうが戦場の緊張感はないニセモンだ」

 肩掛けのサポーターで固定された左腕は包帯が巻かれ、右手でタバコを吸う人相の悪い軍服の男。

 統連軍のツキカゲ・ゴウ大佐だ。


「緊張感を持っても怪我はするんですね。あと、ここ禁煙ですよ」

 嫌味ったらしくマコトは言う。

 ゴウの放つ何とも知れない高圧的な雰囲気がとても不快に感じる。


「タバコぐらい気にするな」

「気にするでしょ。それに南極にミサイルを撃ったのはどういうつもりなの? 統連軍の友軍もいたってのにソウルダウトごと私たちを消そうと?」

「何の話だ? 俺はお前たちが南極に行ってる間は宇宙でこの様だ」

 サポーターのポケットに隠した携帯灰皿に吸い殻を片腕で器用に捨てる。


「統連のやり方は不可解だ。お前たちを捕まえようとすることはいつでも出来たはずだ」

「聞かれてもわかるはずないでしょ?!」

「俺は信じていないが軍が躍起になって探すソウルダウトとやらは本当に世界を変えるだけの力を持っているのか? ならなおさら条約で禁止されているはずグラヴィティミサイルを使って攻撃をする必要が?」

「それは私も聞きたいよ。でも、そんな事が出来るなら私はソウルダウトを破壊する。それだけだよ」

「……くく、ははは!」

 真剣な眼差しを向けるマコトを見て、険しい表情だったゴウが突然、笑いだした。


「な、急に何がおかしいの?!」

「ふふ、いや俺にも変えたい過去はある。だが、過去を変えるのは今の俺を否定することになるからな。そうなるか」

 同じ考えを持つマコトにゴウは安心していた。


「だが、軍はどうやってもあれを手に入れるつもりだ。俺は軍側の人間、敵対することになるがそれでもやるのか?」

「……やるよ」

 オッドアイの瞳でマコトはゴウを見詰める。

 数々の戦場を潜り抜けてきた歴戦の軍人であるゴウだが、マコトから放たれるプレッシャーは恐ろしく巨大な悪魔に睨まれているような感覚で、か弱い眼鏡の少女から感じるそれではない。


「頼もしいな」

 平然を装うが気圧されてゴウは一歩下がる。


「お前、ツキカゲ・ルリと言う女を知っているか?」

「もし知ってると言ったら?」

「俺の母だ。俺を生んですぐに亡くなったがな」

「そうなんだ……」

 ゴウの報告にマコトは黙り俯いた。


 ツキカゲ・ルリ。

 マコトにとっては“レディムーン”と呼んだ方が馴染みがある、かつて存在した統連軍の私設武装組織リターナーのリーダーである。

 計画を遂行するためには手段を選ばない非情な女だ。

 マコトが《ゴッドグレイツ》の中で眠っていた後、ルリに子供が出来ようが何をしようが関係を絶っていたマコトには一切、関係ないことだった。


「ガイ・ヤマダという男は?」

「……さあ、ヤマダ?」

 ゴウは一枚の写真を取り出す。

 そこにはマコトのよく知る黒衣のコートとサングラス姿のレディムーンと左目に傷のある青年、ガイの姿があった。


「こいつは、俺の父だ」

「…………はぁ?! 父っ!?」

  衝撃的すぎて思わず大声で反応してしまったマコト。


「最低、浮気ですわねマコトちゃん」

「どういうこと? ガイって月面騎士団のガイ教官よね? あっちの方がどう見ても若いけど……って言うかネオIDEALのヤマダ・シアラとは何の関係なの?」

 驚きよりも軽蔑するトウコと事情をよく知らない疑問だらけのアンヌ。 


「いやいやいや、だって……だってさ、ガイは私の……その、あれだよ!? 大切なパートナーだよ?! 月で私を待ってたって、そんな……」

 動揺を隠せず顔を真っ赤にしてマコトは慌てふためくが、久し振りにあった親戚の挨拶的な意味でゴウは息子だということを話したわけではない。


「この腕はヤマダにやられた。俺はな、ツキカゲ・ルリを死に追いやったヤマダを許さない」

 和らいでいたゴウの顔が再び険しい表情に戻る。


「月と地球……いや、この半世紀以上に渡る争いごと裏で操っているのはヤマダの一族だ。俺はツキカゲ・ルリの遺品から見付けだした記録から全てを知った。彼女は俺に託したんだ」

 するとゴウはマコトに右手を差し出す。


「サナナギ・マコト、お前の力を貸して欲しい」

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