chapter.48 ソウルダウト
上空で対峙する《ゴッドグレイツ真》と《I(イミテーション)ゴーアルター》の足下で、ヤマダ・シアラは《ソウルダウト》と一緒にいた“包帯の人物”に接触していた。
「今日でずっと探していた。この時を、この瞬間をずっと待っていたんだ」
険しい表情でシアラは拳銃を取り出して包帯の人物に突き付ける。
「怖かったよ、自分で自分の脳をグチャグチャに掻き回すのはさ。お陰様でアニメ作りの才能も開花したし……」
不安定な氷の上を一歩づつ進むシアラ。銃口を向けられても包帯の人物は微動だにしない。
「そしてあの時、貴様の超能力に似たあれは、頭に埋め込まれたマイクロチップのせいだった。元々は伽藍童馬が天才の遺伝子を持つ私を操るために仕込んだもので、貴様はそれを利用した。あれから私は地獄を見たんだぞ!」
「……そう。それは気の毒ね」
声を荒げるシアラに対して、包帯の人物は素っ気ない態度で答えた。
「ヤマダ・アラシィーッ!!」
二つの銃声。シアラの手から銃が空へと弾け飛ぶ。
気が一瞬、逸れた隙を狙って包帯の人物はシアラを押し倒した。
「あの人はここにはいないわ……ただ私はね、彼女と話すために始まりのこの場所に来ただけなのよ」
シアラの弾丸が包帯の人物の顔に掠め、顔に巻かれた包帯が切れてほどける。
「……ま……ママン…………?」
「悪いけど、人違いよ。私の名前は」
長い包帯の拘束が解かれて正体を現した人物。
それは、かつて南極で勃発した模造戦争で世界を救った英雄である伝説的アイドルと呼ばれた女性。
「
◇◆◇◆◇
しばしその場で言い争う歩駆の《Iゴーアルター》とマコトの《ゴッドグレイツ真》を敵は襲おうとはしなかった。
この二つの間に流れる異様な空気感は空間を歪め、一歩でも不用意に近付けば一瞬で消し飛ばされるだろうと誰もが思った。
三代目ニジウラ・セイルが海中に沈んで姿を消した今、月と地球の部隊は虫型SV群と交戦を始める。
「それにしても……綺麗よね」
壊そう、と口論していたマコトだったが《ソウルダウト》の姿を拡大してコクピットのスクリーンに映すと、その造形に少し見とれていた。
大きさは《ゴッドグレイツ真》や《Iゴーアルター》の半分ほどの小さなサイズで、剣の形をした《ソウルダウト》のシルエット。
鋭い白銀の刀身は鏡のように反射して美しくも妖しい輝きを放っている。
そんな《ソウルダウト》へ引き寄せられるように上空から月のSVが二機、高速で接近する。
「しまった?! ちぃっ、お前が邪魔をしなければ」
舌打ちをして歩駆と《Iゴーアルター》は急ぎ飛び上がるもマコトの《ゴッドグレイツ》が後を追い掛け、足を掴み引っ張り邪魔をする。
「待ちなさいよ! 大体その機体って《ゴーイデア》で、トウコちゃんのでしょ?! 置いていきなさいよ!」
「ゴーイデア? トウコ? それは違う。元々コイツの持ち主は……」
どもる歩駆の視線の先に月軍の《Gアーク・ストライク》が二機、空中で静止する《ソウルダウト》を取り押さえようと手を伸ばす。
「月の奴らに捕られちゃう」
その時だった。
二機の《Gアーク・ストライク》は急に動きを止め、その間を《ソウルダウト》がスローな動きで通り抜ける。
「…………何だ? 何が……起こって、いる?」
とてつもなく隙だらけだが誰も《ソウルダウト》に近付こうとしない。
否、正確には時の流れが恐ろしくゆっくりとなっていて《ソウルダウト》へ近付くことが出来ないのだ。
この違和感に最初に気付いたのが、亜空間宇宙で光速戦闘を体験した歩駆だけであった。
思考は早く動こうと身体に伝達しているが、模造品の《Iゴーアルター》では手足は重さを感じている訳でもないのに、亀のように遅いモーションで思い通りに動かせない。
「う、ご、け……動、け……動け……動けっ……動けぇぇっ!!」
万物の時間を鈍くする低速の世界。全身に意識を集中して歩駆は力強く叫ぶと、それに呼応して不思議と《Iゴーアルター》に本来のスペック以上のパワーを加わる。
歩駆の力がみるみる機体に伝達して《Iゴーアルター》が拳を握り、押し出すように構えると《ソウルダウト》へ目掛けて発射された。
「何?! いきなり消えて、どうなったの!?」
驚くマコトからすれば突然、目の前の《ソウルダウト》が消え去り《Iゴーアルター》から右腕が消失したように見えたのだ。
「違う、見ろ」
「何をよ……Gアーク?」
片腕の《Iゴーアルター》が指を差す先、二機の《Gアーク・ストライク》が十字に切断され、飛ばした腕が二機の間を通って戻ってきた。
「くそ、手応えがない……上か」
「どっちよ!?」
マコトが空を見上げると《ソウルダウト》の白銀の装甲に切れ目が走り、パーツが分離して剣の状態から姿を変える。
「剣から……変形した」
見たままの事をマコトは思わず呟く。
剣の形を模した《ソウルダウト》が人型形態に可変したのだ。
人型になっても鋭利さのあるシルエットは変わらず、剣形態時には見られなかった《ソウルダウト》の相貌はヒトのようであるが“能面”のように無機質な顔付きをしていた。
「乗っている。確か、シンドウ・マモリとか言う奴か……?!」
歩駆は《ソウルダウト》の頭部に注目する。
左右に長く伸びる耳のようなアンテナらしき頭部の額に埋め込まれた翡翠色の装甲。
それは宝石のように透き通り、その中に浮かんでいる一人の少女がこちらの方を睨み付ける。そこがコクピットのようだ。
──……またお前は私から奪うのか。母さんも、ゴーイデアも。
その瞳から怨念を宿す少女の言葉は歩駆に向けられて発せられていた。
「あの子、見たことある気がする。って言うかシンドウって彼女、親戚か何かなの」
「俺が知るかよ。来るぞっ!!」
気が付けば相手は眼前。互いの鼻が触れ合いそうなほどに《Iゴーアルター》に接近する《ソウルダウト》は肘から伸びる刃を振り上げた。
「爪楊枝みたいなので……何?!」
とっさに下がり、反撃の一発をお見舞いしようとする《Iゴーアルター》だったが既に《ソウルダウト》はいない。更に驚いたのは繰り出し拳の先にある何もない空間に大きな亀裂が入り、ばっくりと裂けて中から宇宙空間が目の前に出現したのだ。
「まずいッ!!」
直ぐに引っ込める歩駆の《Iゴーアルター》だったが真後ろにいる《ソウルダウト》に蹴りを入れられ、裂け目に体の半分が吸い込まれる。
「ぐっ、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁー!!」
全身からエネルギーを逆噴射させて戻ろうと《Iゴーアルター》はどうにか耐える。
「真道君ッ!!」
背後から押し込もうと鋭い足で何度も蹴り込む《ソウルダウト》に《ゴッドグレイツ真》が胸から猛烈な勢いの火柱を放射する。
炎に飲まれて吹き飛び《ソウルダウト》が離れた隙を見て《ゴッドグレイツ真》は《Iゴーアルター》を引き上げると裂け目は収縮を始めた。
「さ、サンキューな」
「サンキューじゃないわよ、どうするの? 正直、勝てそうな感じがしない」
冷や汗を掻きながらマコトは《ソウルダウト》を観察する。
超高熱の一撃を食らったはずだが《ソウルダウト》の美しい銀色の装甲に焼け跡は無く、輝きは全く失われていない。
マコトから見て《ソウルダウト》のパイロット自体は戦闘の素人であると予想した。
目にも止まらぬ早さなのには機体の性能によるものだが、操縦テクニックや攻撃の動作は隙がある。
「予測できない。赤ん坊が駄々こねてるみたいだよ。何度もあの空間が裂ける奴やられたら負けるよ」
「だったら、やられる前にやればいいんだろが!」
歩駆の《Iゴーアルター》は両掌に光の集める。
「食らえッ!」
巨大な塊となった虹色の光球を《ソウルダウト》へ振りかぶり投げつけた。が、意図も容易く回避される。
「掛かったな」
すると、通り過ぎた光球は歩駆の合図で爆発し《ソウルダウト》の背後で光が拡散して襲い掛かる。
対応しようと振り返る《ソウルダウト》だったが後ろに忍び寄る《Iゴーアルター》から飛び蹴りをお見舞いされ、彼方の氷山へと激突していった。
「まだ終わりじゃねぇ!」
崩れた氷山に漂う白い噴煙の中へ《Iゴーアルター》は突撃する。
だが、そこに《ソウルダウト》の姿はなかった。
「……しまった?!」
気付いたときには《Iゴーアルター》の右腕は切断されていた。
空間の裂け目から一筋の刃が伸びている。
なんと《ソウルダウト》は自分で宙に開いた異空間の中に隠れていたのだ。
───シンドウ・アルク……絶対に許さない。
「勝手なことを言うな! 俺にはやることがあるんだ。こんなところじゃ止まれない! 大人しくその機体を渡せ!」
強気の姿勢を崩さない歩駆だったが《Iゴーアルター》は《ソウルダウト》から飛び交う斬撃により、みるみる切り刻まれていく。
そんな二機をマコトは見守ることしか出来なかった。
歩駆とマモリ。どちらの味方をすればいいのか分からなかったからだ。
「答えは簡単です。どちらも倒してしまえばいいんですよ」
通信が入れてきたのは《ゴッドグレイツ真》のすぐ真下、すっかりその存在を忘れていたイザ・エヒトの《尾張Ⅹ式》だった。
「それが貴方が勝利する為に必要な条件です」
「何を言ってんのよアンタ!? それだったら」
「出来ますか? その力を引き出せていない不完全な機体で?」
「それは……」
「私なら出来ますよ」
笑みを浮かべるイザは《尾張Ⅹ式》を最大戦速で発進させる。
「ソウルダウト」
氷山を駆け登りながらイザがその名を呼ぶが《ソウルダウト》は一方的に《Iゴーアルター》を刻むのに夢中だ。
「無視しますか……そうですか。本当の“主人”に対してそういう態度を示しますか」
イザは更に《ソウルダウト》へと接近、する。
傷だらけで胴体のみになった《Iゴーアルター》を足蹴にして《ソウルダウト》は止めを刺そうとしていた。
「こちらを向け、ソウルダ」
言い切る前に斬撃が飛ぶ。
十字に裁断されてバラバラになった《尾張Ⅹ式》の残骸が氷の崖を転がり落ちていった。
「……やれやれ。大事な愛機を失うことになろうとは、でも」
いつの間にか脱出していたイザは《ソウルダウト》の頭部にしがみついていた。
額にある翡翠色の結晶まで這いずり、コクピットのシンドウ・マモリと対峙する。
「ご退場願おうか、模造の少女さん」
結晶の中に腕を突っ込み、イザはマモリをコクピットから引きずり出すと、そのままマモリを極寒の空へと放り出す。入れ替わるようにしてイザは《ソウルダウト》の中へと侵入した。
「欠けていたピースが埋まっていく。そうか、私の役目は……」
イザの記憶が甦ると同時である。
統合連合軍により、南極へ“
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