chapter.32 遺産兵器、再び

 地球から最も遠く離れたジャイロスフィア・ミナヅキ。

 今日も大盛況だった毎週の定期ライブを終えて三代目ニジウラ・セイルは、プロデューサー兼マネージャーであるヤマアラシの運転する車で帰宅する。


「……あの、セイルちゃん?」

「んー? どしたのぉヤマP。ちゃんと前見て運転しなきゃダメだよぉ」

「この間のアレは、その……どうしてあんなこと?」

 背中に走る恐怖を感じながらヤマアラシは聞いた。

 彼女は伝説のアイドルの血を引き継ぎ、デビューから僅か一年でCDの売上総数がシングルで約九千枚、アルバムで約五千枚を突破する世界的、宇宙的なアイドルに上り詰めたトップスターだ。

 デビュー当時、事務所の社長からセイルの担当者に任命され「必ず立派なアイドルに育て上げてやるんだ」とセイルはヤマアラシの目論みを越えて大きく成長を遂げた。


「こんなのおかいしいよ。 あれは虐殺だよ、テロ行為だよ?! なのに……」

 ミナヅキに帰ってきたヤマアラシの元に飛び込んできたニュース。


【卑劣なる月の罠! 三代目セイル、奇跡の脱出劇!】

 記事には和平大使であるセイルが月のTTインダストリアルによって捕らえられそうになる。

 セイルは愛機の《アレルイヤ》を呼び出して月からの脱出を図る際、TTインダストリアルのSV生産工場を破壊に成功。月に多きなダメージを与えた。


「あぁーアレね、スッゴかったよねぇ? セイルまた勲章もらっちゃった! 歌って踊れて戦える正義のアイドル……って自分で言っちゃう?!」

 笑い転げるセイル。

 いつもこんな調子でふざけるセイルを普段なら注意しているはずなのだが、今はそれをやると何をしでかすかわからなかった。

 この異変を事務所の社長にも相談したが、社長も洗脳されているかのように事件のことはセイルが月に嵌められたのだと信じ込んでいる。


「セイルちゃん……君は」

「おーっと、そろそろ始まるよ。一体どうなるんだろうね、あとexSVのパイロットたち」

 セイルはヤマアラシを無視して、ぬいぐるみやキーホルダーが沢山付いたバックから取り出した電子パッドを見始める。

 それはマコトたちが潜んでいる暗礁地帯の映像だった。


 ◆◇◆◇◆


「SV隊、発進を急がせなさい……何なの、あの巨大なSVは?!」

 竜華の隠しジャイロスフィアの管制室。各員に指示を出しながらアンヌはスクリーンに映し出されている大型SVに目を奪われていた。

 周囲を並んで飛ぶ八機のSV、月面騎士団の《Gアーク・ストライク》と比べると大きさは三倍近くある。

 宇宙空間に全身からぼんやりと緑色に発光する無数の目がキョロキョロと蠢いている異形のマシンだ。


「先程から巨大SVより通信が入っています。この識別反応は、わが社のSVのようです」

「繋いでちょうだい」

 オペレーターは回線を開くと音声が流れ始める。


『私は月面統括防衛騎士団のリーダー、マナミ・アイゼンです。織田竜華ならびにexSVとそのパイロット二名、イザ・エヒトを引き渡しを要求する。手荒な真似はしたくありません。大人しくこちらの要求に応じない場合は、このSV……《ガイザンゴウ》で実力行使に出ます。繰り返す』

 マナミは《ガイザンゴウ》の周りにぐるっと配置された《Gアーク・ストライク》部隊を攻撃の姿勢のまま待機させた。まだアンヌたちの正確な位置を特定できてはいないようだ。


「勝手を言って……マナミがどうしてあんなSVを?」

「あれは、ダイサンゴウです」

 アンヌの隣で車イスに座る竜華が苦虫を噛み潰したような顔で画面を睨む。

 過去の辛い思い出が脳裏をフラッシュバックする。


「ダイ……サンゴウ?」

「細部は違いますが正しくそうです。トヨトミインダストリーの、戦時中に開発され封印された禁断の兵器。ユーリ、貴方って人は……うぅ、ごほ」

「お、お婆様?! 誰かお医者様を!」

 胸を押さえ咳き込む竜華の背中を心配そうに擦るアンヌが叫ぶ。


「だ、大丈夫です。それよりも彼です」

「彼?」

『マダム、呼びましたか?』

 スクリーンの映像が切り替わり現れたのはパイロットスーツ姿のイザだった。


『何だかわかりませんけども人気者は辛いですね?』

「いきなり顔を見せるな馬鹿! なんで向こうの要求の中にアンタがいるのよ!?」

『僕がそれを聞きたいですよ。なんなら捕まって聞いてきましょうか?』

「イザ、あの機体は存在してはいけません。必ず止めなさい」

『マダムの仰せのままに……』

 軽い会釈をしたイザからの通信は切れた。

 竜華はまたスクリーンの《ガイザンゴウ》を忌々しく睨む。

 そんな竜華の顔を初めて見るアンヌもスクリーンに釘付けだ。


 ◆◇◆◇◆


「やれやれ、こんなこともあろうかと改造しておいてよかった」

 先行して出撃する五機の《アユチ》に遅れて発進したイザの《尾張Ⅹ式》はマントのように薄い装甲を全身に纏わせていた。

 機体の周囲を囲むようにした八枚の装甲で手は塞がっているので武器による戦闘は不可能。だが、戦艦に使われる素材で強度は高く、各部にスラスターを内蔵しているので機動面も十分に期待できる。

 問題は試運転を行っていないため実際にどう動くかは未知数だということだ。


「ま、使い捨てると思ってやるしかありませんけどね。あぁ僕は後方支援タイプなので直接の戦闘はお任せしますよアユチ隊の皆さん」

 竜華によって召集された《アユチ》のベテランパイロットたちは返事を返さなかった。

 先程からずっと独り言を通信に乗せて喋っているため、パイロットたちからイザは鬱陶しがられていた。こう言うのは慣れているので気にしないイザだった。

 こちらが姿を見せるや否や《Gアーク・ストライク》たちは先制攻撃にビームライフルを一斉発射する。ここ宙域一帯は岩石が至るところに浮遊しているので《アユチ》は岩石を盾にビームを防ぎながら進軍する。


「そちらは任せますよ。この隙に僕は大物狩りと行きますか」

 マントスラスターによりクルクルと不規則な起動を描き飛び回るイザの《尾張Ⅹ式》の後ろで《Gアーク・ストライク》と《アユチ》が交戦を開始する。

 数と機体性能で言えば充実した武装で最新鋭の《Gアーク・ストライク》が圧倒的に上である。

 対してシンプルな装備のクラシックスタイルなマシンの《アユチ》は竜華の選ぶ歴戦のパイロットだ。

 若い女性パイロットだけで構成された月面騎士団とは踏んだ場数が違う。

 圧倒的な性能の差を埋める経験の差で互角の勝負を繰り広げる。


『フェンリル2、後ろにもっと注意して! フェンリル6はフェンリル4の援護を……くっ、射線から退かして私がやるしか』

 仲間のコードネームを呼びながらマナミは険しい表情をする。

 いつも乗っている自分の《Gアーク・ストライク》なら自分が中心となって動けるが、この《ガイザンゴウ》は連携を前提とした機体ではない。

 一対多による大規模の相手を想定した戦闘、そしてexSVが出てきたときにパワー負けしないための力を持ったSVなのだ。

 まさか、相手の量産SV部隊がここまで善戦し出鼻を挫かれるとは思わなかった。


「こんにちは、ガイザンゴウのリーダーさん」

『何、近づかれた?! 』

 レーダーを見ていたはずなのに、接近のアラートもなくイザの《尾張Ⅹ式》をマナミは目視で確認した。

 とっさに拳を振りかぶる《ガイザンゴウ》だったが、的の小さい《尾張Ⅹ式》には余裕で回避される。


「そのSVは統連の艦隊を壊滅させと聞いてます。それが本気の力ではないのでしょう?」

 イザの《尾張Ⅹ式》が《ガイザンゴウ》の周りを挑発するように飛び回る。


「大きいだけでここまでの接近されるのには想定してないようですね。これなら僕でもやっつけられますね」

『はぁ……はぁ…………くっ、この』

 狭いコクピットに息苦しさを感じながら、敵機を捕まえられないことに苛立つマナミの元に月から通信が入る。


『……どうしたんですか。機体のセーフティを解除しなさい』

 ユーリの声だ。


『でも』

『我々の目的は忘れちゃいけません。犠牲のない勝利は綺麗事です。貴方は死んだ人々の意思を背負わなきゃいけない……やってください』

『…………はい、わかりました』

 通信終が了。覚悟を決めたマナミは《ガイザンゴウ》の安全装置を取り外すボタンを押した。

 厚く重いパイロットスーツに仕込まれた薬がマナミの身体に投与される。


『レイナーセーフティモード、解除。もう止められないから……ッ!』

 全身にある緑に蠢く目の視点が《尾張Ⅹ式》へ集中的に向けられ真っ赤に輝く。


『ぐるうぅ……ガァアァァアァァァァァァァッ!!』

 マナミの狂ったような叫びと共に全てを消滅させる赤い閃光が暗礁地帯を跡形もなく消し飛ばした。

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