Episode.4 運命の白と紅

chapter.31 止まる少年、醒める男、進む少女

 何もかも、どうでもいい。


 未来の地球とか、月との戦争とか、ゴーアルターとか。


 力を持たない俺には関係ないことだ。


 このまま消えてしまいたい。


 楽になりたい。


 でも、俺がこのまま諦めてしまったら礼奈はどうなる?


 俺には礼奈を救うだけの力なんてない。


 どうしたらいい?


 何が正しい?


 ゴーアルターに認められるには、どうすればいい?


 どうすれば、礼奈を……。



 ◆◇◆◇◆



「本当にお久しぶりですねマダムリュウカ様」

 とある研究施設の一室。ほの暗い中で白衣の研究者たちの静かなやり取りの最中に、明るすぎる声を上げてやって来た青年、イザ・エヒトは彼らの中心にいる車椅子の老女に挨拶した。


「えぇ、ご苦労様ですイザ」

「ようやく面会が出来るとは嬉しい限りですよ」

「……ちょっと、私には一言ないわけ?」

 マダムリュウカこと織田竜華の後ろで車椅子を押している研究者たちと同じ白衣を着た小柄な少女は、不機嫌そうにイザへ言う。


「アンヌ“元”副社長とはあの騒動前に一度話をしたでしょう。僕の素晴らしい計画を破綻させたのは反省したんですか?」

 イザは自分より頭二つ分は小さい少女、アンヌを露骨に見下して煽った。


「こいつ……久々に会ったと思えば」

「やめなさいアンヌ」

 思わず手が出そうになるアンヌを竜華が静かになだめる。


「それにしてもこんな宇宙ゴミだらけの暗礁地帯に僕も知らない隠されたジャイロスフィアがあるとは、全く知りませんでしたよ。これはマダムのプライベート用なんです?」

「詮索をするんじゃないわよ、イザ」

「アンヌさんねぇ……“アレ”を運んでくるの大変だったのですよ? お陰で統連軍からも指名手配というね」

 三人は研究室の中央にそびえ立つものを見つめる。

 試験管のような円柱の巨大な水槽の中に一人の少年が浮かんでいた。

 薄い布を身に纏い、口には呼吸器を装着して眠っている。


「アルク・シンドウ。宇宙で粉微塵になったというのに、そこからここまで再生するなんて人間ではないのですね」

「イザ、彼を悪く言うんじゃありません」

 と、竜華はいつになくイラついたトーンで叱った。


「おっと失礼……向こうでも調べたんですが、肉体の修復は完了しているようです。心臓も動き、呼吸も微かにありますが意識が戻らない」

「統連軍に居たんでしょ? 人一人連れてよく戻ってこれたわね?」

「まあ、簡単ではなかったですけどね。これもマダムのためですから……」

 ここまでの経緯をイザは話した。


 サナナギ・マコトの《ゴッドグレイツ》によって破れた真道歩駆の肉体は消滅したかに見えた。

 しかし、宇宙空間に残された僅かな細胞で再生を始め歩駆をヤマダ・シアラ率いるネオIDEALが回収する。

 歩駆の身体は驚くべきスピードで元の状態へと復元していったが、心臓も呼吸も確認されているというのに歩駆は目覚める兆しを見せなかった。

 ネオIDEAL一行は地球に戻り、あらゆる処置を行い治療を続けるも意識の戻らない歩駆を、イザは監視の目を盗んで連れ出した。

 当然ながらイザはネオIDEALから追われる身となってしまい、どうにか竜華のいるジャイロスフィアまでたどり着いたのだった。


「僕の話なんてのはどうでもいいんですよ。結果、こうして我々にゴーアルターとゴッドグレイツという二つのexSVを手にしたという事実が大事なのですよ」

「まあ、そうね」

「それはそうと、魔神の……ゴッドグレイツの少女はどうしてますか?」

「ゴッドグレイツは使えないわよ」

「……は? 今、何か言いましたかアンヌさん?」

 アンヌの一言にイザの顔が露骨に嫌そうな雰囲気をだした。


「ジェシカ……友人があの襲撃事件で命を落とした」

 三代目ニジウラ・セイルによる月での事件から一週間が経過していた。

 多くの死者を出した月ドームの翌日に、遠く離れた六番目のジャイロスフィア“ミナヅキ”は地球と月を相手取り独立戦争を仕掛けてきた。

 全六基ある内の五つは既にミナヅキの勢力によって掌握され、地球には度々現れては去っていく謎の虫型SVが軍の基地に攻撃を始めている。


「マコトは唯一の生き残りだった。それでなのか彼女ずっと部屋で塞ぎ込んでる」

「それは困りましたねぇ。厄介なのは地球の統連軍の人らは、月とミナヅキは共謀者なんではないかと疑ってるんですよ。全く良い迷惑ですよ」

「二つの勢力から狙われることになるのですね月は」

 イザの言葉に不安そうな目で竜華は眠る歩駆を見つめた。

 竜華にとって歩駆は初恋の相手だったのだ。

 自分のピンチに颯爽と駆け付けるヒーローのような存在、それが今も変わらない竜華から見た歩駆という人間であった。

 だが、歩駆にとって大事な人が自分でないことを竜華はよく知っている。

 衰えた自分が亡くなる前に歩駆を彼女に会わせないといけないのだ。


「でもマダム、一見して二対一に見えてますが我々にとっては地球もミナヅキも敵ですからね。地球側は月もミナヅキも同じ敵対する相手。ならミナヅキと地球を潰し合いさせればいいのです」

「上手くいくのかしら……?」

「いかせるようにするのが戦術のプロですよ」

 二の腕を叩き自信満々に言ってのけるイザ。その横でアンヌがイザを怪しい物を見る目で睨んでいた。


「ねえ、イザ」

「なんですアンヌ?」

「貴方、どこまで記憶が戻っているの?」

「…………さぁ」

 はぐらかすイザ。

 アンヌがいくら追求しても、それ以上イザは何も言わなかった。



 ◆◇◆◇◆



 同場所。マコトの部屋の扉の前に積まれた皿を整備士長として復帰したヨシカが片付ける。

 マコトが引きこもってから丁度、一週間が経った。

 少しでも食事を取らせようと部屋の前で呼び掛けたみたが初めの三日は手も付けて貰えなかった。

 それから少しずつだがマコトはヨシカの作った料理を食べるようになるも、姿を出そうとはしない。


「マコちゃん。また持ってくるね」

 ヨシカは明るく言う。

 実娘のジェシカは活動的な性格なので、こう言う引きこもりをすると言うのはなかった。

 しかし相手は歳を取らない親友。

 この行為がマコトにとってプラスに働いてくれることを願い、ヨシカは食器を持って去ろうとする。


「…………待って」

 扉が僅かに開き、か細い声が中から発せられる。


「マコちゃん……!」

「部屋、入って」

 髪がボサボサ頭のマコトが一瞬顔を出してヨシカを誘う。

 ヨシカは黙ってマコトの部屋へと入った。

 テレビの明かりだけが狭い空間を照らしている。

 二人はベッドの上に並んで座った。こうしていると昔、学園時代にマコトと寮でパジャマパーティをしたことを思い出す。


「はは、何かさ改めて驚いちゃってさぁ……まさか本当に不老不死だなんて」

 マコトはテーブルの上に置かれたカッターナイフをゴミ箱に投げた。そこには血に染まったタオルが丸めて捨てられていた


「割りと深めに切ってみてさ、いっぱい血が出て痛かったよ。でも直ぐに痛みも収まって傷口も綺麗に無くなった。そりゃ、あんなの中を生きてるはずだよ」

 思い出すのも恐ろしい出来事だった。


 天井を突き破って現れた謎のSVが客席に向かって銃を乱射し始める。

 直ぐにマコトは《ゴッドグレイツ》を呼び出そうとしたが、気が付いたときには瓦礫の下敷きになっていた。

 服はボロボロの血だらけでそれが自分のか他人のかわからないほどに染まっている。

 なのに体に痛みはほとんどない。

 目の前には煙と火が一面を覆う惨劇の会場だった。


「ちょっと臭いね。ダメだよ女の子がお風呂も入らないで」

「…………イイちゃん、お母さんみたい」

「そりゃね、お母さんだよ。そしてマコちゃんの親友」

「………………ごめんね、ごめんなさい」

 突然、マコトはベッドから降り、床に頭を擦り付けて土下座をした。


「マコちゃん、それはやめなさい。マコちゃんが謝ることじゃない」

 ヨシカはマコトを起き上がらせるがマコトは土下座をし続けた。


「私が一緒に付いてたのにジェシカを守れなかった……」

「それはマコちゃんのせいじゃないよ」

「でも!」

 顔を上げたマコトの頬をヨシカの手が打つ。


「サナナギ・マコト! 貴方の使命は何?!」

「し……使命?」

「お父さんみたいなカッコいいヒーローみたいなパイロットになることでしょ?」

「……お父さん、みたいな……」

「そりゃ大事な一人娘だよ。女手一人で育てた大切な娘さ、悔しいよ。悲しんでジェシーが戻るならいくらでもやる。でもそうじゃないでしょ? 私たちには私たちのやるべきことがある。じゃなきゃ、この悲しみはいつまでも終わらない。終わらせられないよ」

 子供を諭すようにヨシカはマコトを言うが、これは自分に言い聞かせてることでもあった。

 無理矢理にでも切り替えなければ、心が押し潰されそうになっているのはヨシカも同じである。


「だからさ、マコちゃんはマコちゃんのやるべきことを全うして。私も整備士長として全力でマコちゃんを支える」

 ヨシカはマコトを抱き締めた。


「……本当、お母さんみたいだ」

 マコトにとって母とは自分を否定する嫌いな存在だ。

 でも、そんな嫌な思い出しかない母の温もりを、奇妙にも歳が離れてしまった親友に感じる。

 そんな感覚は嫌いじゃなかった。


「やるよ、イイちゃん。私がジェシカの……いや、皆の仇を討ってみせる。そして、この戦争を終わらせてやるんだ」

「うん、その意気だよ」

 決意のマコトは立ち上がる。するとヨシカの通信機にコールがかかった。ランプは赤く点滅している。


「これは……敵の襲来? どうするマコちゃん」

「もちろん、やってみせるよ」

 マコトは急いでシャワーを浴びて着替えると、ヨシカと共に《ゴッドグレイツ》の待つ格納庫へと急いだ。

 

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