chapter.30 凶弾

 地球との和解。


 それは月に住む市民にも衝撃が走る。

 月の人々にとって地球は古き考えを持つ遅れた文明の民だ。

 人類科学の粋が集まる月の民こそが、もっとも優れた人間なのである。

 そう思い込んでいた。

 だからこそ、先に攻撃を仕掛けてきた野蛮な地球人側から停戦を持ち込んだ、などという行為が許せなかったのだ。


 徹底抗戦。


 それが民衆の総意でありTTインダストリアル本社前では、社長で月都市(ルナシティ)を治める市長の織田ユーリ・ヴァールハイトへ抗議すべくデモ隊が押し寄せていた。

 大勢の人たちが入り口を封鎖するように座り込み、声を上げ、手作りの旗を掲げて叫び、警備員との暴動までもが起きてしまった抗議デモは連日続くかと思われたが、最初の一日限りで終了する形になった。

 あれだけの騒ぎが起こった街は何事もなかったかのように人が行き交い、いつもと変わらない平穏な日常を送らせるのだった。


「これでいい。月の秩序は永久に保たなければならない。たとえ、どんな手段を使ったとしても僕が生きている限りは……」

 本社ビルの最上階、社長室のユーリは窓から宇宙に浮かぶ地球を眺めて呟く。

 不治の病を負ったその体は長く持たなかった。


 ◇◆◇◆◇


 戦いのない日のマコトは呆然とジェシカから借りた漫画を読んだりドラマを見たりして音楽を聴きながら過ごしているが、そのほとんどが古いモノばかりであった。

 月で流行しているサブカルチャーがどうにも合わなく、空白の五十年をどうにか埋めようと必死になって見続けているが、何故だかとても空しくなる。

 中でも音楽だけは特に受け付けなかった。

 それが月の特徴なのか色んな言語が入り雑じり、メロディも極端な転調が多すぎて音にノレない。

 自分のセンスの問題か、未来人のセンスが高すぎるせいなのかわからなかった。

 色々と見聞きする中でマコトは一人の歌手が妙に気になっていた。


 一枚の音楽ディスク。


 派手な衣装のアイドル少女が決めポーズを取っているジャケットに、曲のタイトルは英語で“ALONE COMPLEX”と書いてある。

 そしてその名前にマコトは見覚えがあった。


 だが、もう未来の音楽は辟易していたし、アイドルソング自体あまり趣味では無かったので結局マコトはその曲を聞かず、ジェシカに返したのだ。


 月と地球の和平が正式に決まってから数日後のこと。

 マコトはそのアイドルと会うため月の宇宙港へとやって来た。


「……なに、この人だかりは?」

 普段は情勢の悪化もありそれほど利用客の出入りは多くないが、今日に限っては警備員が何人も搭乗口にスタンバイするぐらいに人々が押し寄せている。

 ここに集う全員がスペースシャトルに乗り込む客ではなく、噂を聞き付けやって来たファンや知らないで人だかりに集まる野次馬、テレビ局の取材陣ばかりだ。


「今をときめく人気アイドルだもんね。流石は三代目だ」

 ジェシカは巨大なレンズの付いているクラシックなカメラを覗き込んで言った。

 今日ここに来たのもアイドル来訪の情報をキャッチしたジェシカに無理矢理、誘われてくることになってしまったのだ。


「ねぇジェシー、私の時代にも同じ名前の人はいたよ。でも何なの三代目って?」

「トップシークレットなんだって。でもそこが“ギャラクシー”なんだよ三代目ニジウラ・セイルは!」

 謎のポーズを決めるジェシカを見て呆れるマコト。


 ◆◇◆◇◆


 ニジウラ・セイル。


 マコトの知る限りでは、セイルは親が伝説的な人気を誇った歌手で、彼女はその一人娘。

 十一歳と言う若さでデビューし“歌って戦うアイドル”として人気を博し、成人したその後は歌手活動を止めて女優としてドラマや映画で活躍した。


 しかし、その正体は二人の少女であった。


 最初にアイドルとして活躍したのはクローン人間のセイルであり、オリジナルのセイルは紛争地域で兵士として活動していた。

 アイドルのセイルは孤児であったガイを拾い育てるもクローン体であるがゆえに寿命が短く他界する。その後、オリジナルのセイルが子育ても芸能活動も亡きアイドルのセイルの後を引き継ぐこととなった。


 ◆◇◆◇◆


 それから彼女がどうなったか──見たかったセイルのドラマはあったがマコトはまだ見れず仕舞いで──調べていない。


「イイちゃんも好きだったよ、初代? のセイルはさ」

「ママも? でもママは好きじゃないって聞いたけどなぁ……でも三代目は太陽系のまたにかける大スターだからね」

「そんなに人気なんだ彼女」

「彼女は中立スフィアの広告塔よ。地球と月の戦争を止めるきっかけになったって」

 マコトたちの間に後ろから割り込んできたのはアンヌ・O・ヴァールハイトだ。

 背が低いため必死に背伸びをして人だかりの奥を見ようとしているが、全く届いていなかった。


「これを見て」

 アンヌはショルダーバッグから電子パッドを取り出してマコトに見せる。ネットの記事では地球の代表、統合連合軍の総司令イシズエ元帥と月の代表であるユーリが笑顔で握手をしていた。その間には場違いなフリフリの衣装を着たジャイロスフィアの代表としてアイドルの三代目ニジウラ・セイルが立っている。


「表のニュースでは宇宙戦争という危機を救った英雄なんて出ているわ」

「英雄ねぇ……じゃあ裏では?」

「ニジウラ・セイルについては前から色々とキナ臭い噂はある。けど最近はそういった記事が次々とネット上から消されていくのよ」

「二人とも、芸能界の裏なんか知っても楽しめないよ……ほら、出てくるよ」

 ジェシカが搭乗口に向けてカメラを構えると他も一斉に構えてフラッシュの光をやって来た少女に浴びせ掛かる。


「皆ぁ今日はセイルのためにわさわざお出迎えありがとぉ!!」

 現れたのはゴシック&ロリータと呼ばれるファッションのドレスを着た十代前半ぐらいの少女だ。

 三代目ニジウラ・セイルは報道カメラの前にやって来ると両手をクロスし、指で星の形を作ってポーズする“ギャラクシーサイン”をするとファンたちが歓喜の声を上げる。

 

「セイルちゃーんっ!」「こっちにも目線を!」「もう一ポーズお願いします!」

「焦らない焦らない。セイルは逃げも隠れもしませんよぉ」

 熱狂的なファンの声援に笑顔で答えるセイル。


「こらこらニジウラさん。スケジュールが押しているんですから、ここで時間を食ってるわけにはいきませんよぉ」

 撮影会が始まろうとするのを後ろから遅れてやって来たのは、痩せっぽちで背の高い、暗そうな雰囲気のスーツ男が止めに入る。


「ヤマP、セイルは地球と月の和平を結ぶ架け橋である前に一人のアイドル。ファンあってのセイルなのっ。ビッグアーティストだからって初心を忘れてはダメです」

「待っているのはここのファンだけではないでしょう? 月のドーム会場はもう満員らしいですよ」

「ぶーぶーぶー!」

 ヤマPことプロデューサー兼マネージャーのヤマアラシは注意するがセイルは口を尖らせる。


「それでは移動しますので……さぁこちらへ」

「みんなぁ後でねぇ」

 セイルはマネージャーとボディガードに囲まれて関係者通路へと消えていった。

 集まったファンたちはセイルの移動先であるドーム会場へと足早に向かう。


「……うーん」

「どうしたのマコちゃん?」

「あのスーツの男。なんかガイに似てた気がする」

「えぇ? ガイさんはあんなに猫背じゃないでしょ。それに今朝、格納庫でゴッドグレイツの前で装甲研いてたの見たよ」

 撮影したデータを眺めながらジェシカが言う。


「マコちゃん、私たちも行くよ! ほらプレミアムシートのチケットだよ、特等席で見られるよ!」

 ジェシカはピンクゴールドの特別チケットを取り出してマコとの前で自慢するようにヒラヒラさせる。


「スゴいでしょ? これファンクラブ会員限定なんだよねぇ」

「二人で行ってきなさい。今後のことについてどうするか、こっちで考えておくわ」

 興味ない、と言った感じでアンヌもどこかへ去ってしまった。


「いやちょっと、私も別にそんなには……」

「イイからイイから! 行こ行こっ!」

 嫌々なマコトはジェシカに強引に腕を引っ張られ、強制的に連れて行かれてしまうのだった。


 ◇◆◇◆◇


 約十万人の観客を収容できる月のドーム会場。

 三代目ニジウラ・セイルの為に遙々、地球やジャイロスフィアから集まったファンや月の現地ファンたちで最高の盛り上がりを見せていた。


「三曲目が終わりました……では、ここで三代目ニジウラ・セイルから重大発表がありまぁぁすっ!!」

 突然のことに一瞬だけ静まりかえるも直ぐに歓声で打ち消された。不安と期待を込めてファンはセイルの発言に耳を傾ける口を閉ざす。


「では言います。実はですねぇ……地球と月の和解はウソっぱちでしたぁ!」

 マイクを通したセイルの声がドームに反響する。何万人ものファンが一斉に唖然とし、空調の音がきこえるほど静まり返る。


「大事なことなので、地球と月の和平はウソっぱちですっ! 真っ赤な嘘!」

「ちょちょちょちょっと!! 何てこと言うんだいセイルちゃん? 打ち合わせと違っ……ぐぅっ?!」

 慌てふためくヤマアラシがステージに飛び出すと、セイルによって腹を殴られて床にうずくまった。

 一体何がどうなっているのか、もしかしてTVのドッキリか何かなのかと会場のファンたちは混乱し、ざわめいた。


「うーん、まだわからないかなぁ。こう言うことなんだよねぇ……アリルイヤ!」

 セイルは手を掲げて叫ぶと真上の天井が突然、爆発する。

 黒煙の中から舞い降りたの巨大な翼の生えたピンクゴールドの派手なSVだった。ステージに着陸する《アリルイヤ》と呼ばれるにセイルはヤマアラシを抱えて乗り込んだ。


「セイルのために命かけてね?」

 両腕の装甲がスライドして中に仕込まれたガトリング砲が飛び出し、唸りをあげて回り始める。

 未だに状況が理解できないファンたちのいる客席を狙い、弾丸は放たれた。

    

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