chapter.28 少女たちの欲望

 月に帰還したマコトを真っ先に出迎えたのはユーリ社長だった。


「お疲れ様だね、サナナギくん。どこも怪我はないかい?」

 宇宙港のエントランス、人目がある中でユーリは会うなりいきなり抱き付いて来ようとするので、マコトは直前でユーリのアゴを押し上げる。


「帰ってきてまずはシャワーぐらい浴びさせて欲しいんだけど」

「それからなら?」

「社長、マコトは俺のモノだからなァ? 勝手してもらっちゃ困るぜ」

 後ろから肩を抱くガイの顔面を叩くマコト。


「…………なんで、避けないのよ?」

「愛を感じたい」

 寒気を感じて顔面にもう一発、今度は拳も殴ったやる。

 だが、ガイは赤く腫らしたニヤケ面をするだけでマコトのことを離さない。


「仲が良いんだね」

 反対にユーリの顔は白けている。イチャついた様子を見て完全に冷めていた。

 ユーリはコートのポケットから携帯端末を開き、ある動画を再生する。


「ガイから送られてきたムービーを見たよ。間違いなく白いDアルターのパイロットはGA01のアルク・シンドウだね」

 それはガイの《Gアーク・ストライク》が撮影した記録映像だ。先程の戦闘で白い《Dアルター》から学生服の少年が出てくるところが映し出されている。


「あァ、確かに。どうしてGA01に乗ってないのかは知らないがァ、マコトとゴッドグレイツが始末したぞ」

「これで月を阻む者は居なくなったというわけですね。ありがとう、サナナギくん」

「偉いぞマコト」

 感謝されるマコトだったが、言いように利用されている感じがして腑に落ちなかった。

 二人はまだ何かを隠している、とマコトは思い訝しげに見詰める。


「それじゃ僕は仕事があるので失礼するよ。今日はゆっくり休むといい」

「あ、ちょっと待って! これで、渚礼奈は救われたの?!」

 そう言って後ろ手を振りながら去ろうとするユーリをマコトが呼び止める。


「その名前、誰から聞いた?」

「質問に質問で返すのは失礼なんだよ。私のにまず答えて」

「ガイ、マコトは誰から聞いたんだ?」

「お姉さん……ぶぶっ!?」

 勝手に人の心を読んで答えるガイの口にマコトの平手が炸裂する。


「そうか、機密事項だってのに口の軽い姉だ」

「お姉さん嫌いなの?」

「どちらかと言えば苦手の部類かな」

「ってそんなのはどうだっていいから。私の質問はどうなの?! 彼女は今どうなったかってのよ!?」

 語気を荒げるマコトに対して、ユーリは少し考えると不適に笑うだけで答えず背を向けた。


「あ、こら逃げるな!!」

 追いかけようとマコトが駆け出すも、目の前に屈強なSP二人がマコトの行く手を塞いだ。早急にエレベーターへ入っていくユーリが手を振ると、扉はいつもより早く感じるほど直ぐに閉まっていく。同時にマコトを阻むSPも仕事を終えて何処かへ去ってしまった。 



 ◆◇◆◇◆



 ジャイロスフィア“ミナヅキ”での戦いから次の日。

 マコトがやって来たのは月の高級料理店だった。

 和洋中、地球のありとあらゆる料理が楽しめるVIP御用達の五ツ星レストランである。

「はぇー……こう言うところ初めて来たなぁ」

「大丈夫ですよサナナギ。今日は私が貸し切りにしたので」

 心配するマコトにアンヌ・O・ヴァールハイトは言う。


「流石はTTインダストリアルの副社長。って言うかウチらまで一緒に来てもいいのマコちゃん?」

「なんだか緊張しますね。もっと良い服を来てこればよかったなぁ」

 食事をするなら大勢が良い、とマコトが呼んだジェシカとマナミ。アンヌ以外の三人は初めての高級店にソワソワしていた。


「今後についてお話ししたい事があります。仲間は多い方がいいでしょう。取り合えず頼みましょうか。好きなものを頼んでもいいですよ」

 豪華な装飾がされた広い個室。真ん中が回転するターンテーブルの付いた円卓を囲む四人は配られた電子パッドのメニューから好みの料理を注文する。


「奢り? やった! 副社長とマコちゃんに感謝だねマミさん」

「あの、ガイ教官はお呼びしなかったんですか?」

 いきなりスイーツのページから品定めするマナミがマコトに質問する。


「あの人は社長側の人間なので、ここには来させません」

 答えたのはアンヌだ。既に注文を終えてメニューのパッドをテーブルに置いている。


「サナナギ、私もミナヅキの戦闘を拝見させていただきました。彼を……GA01のパイロットを保護することは出来なかったのですか?」

「え? だって、その子が元凶なんでしょ?」

「…………そうでしたね。そこまでは説明していませんでした」

「ねね、何の話? あっ、マコちゃん、このトリュフとか言うソースの肉料理が美味しそうなんだけど半分シェアしない?」

 マコトの隣のピッタリくっつくジェシカが二人の会話に割って入る。


「GA01、聞いたことがあります。地球の《Dアルター》の元になった機体で確か七十年以上、昔に作られたSVだとか」

 と、マナミ。


「あれでしょ、あのムカつくアニメのヤツ……ってか、そんな昔の機体のパイロットが今もいるわけ……居たわ、マコ婆ちゃん」

 ジェシカがマコトの肩を労るように叩く。


「婆言うな」

「ってことはそっちも不老不死のじいさんなのマコ婆?」

「いや、十代の学生……のように見えたかな」

 ジェシカの頬をグニグニと引っ張るマコト。

 どこにでも居そうな黒い学ランの少年。だが、彼からは何か異様なプレッシャーを感じたのをマコトは忘れない。


「彼がサナナギと同じなら、まだ彼は死んではいません」

「は? そんなはず無いでしょ。だって私が」

 その先を言うのを躊躇った。

 掌を見詰め、決して気分の良い感触ではないあの場面を思い出して震える。


「人体実験の噂を知っていますか?」

 ぼそりとマナミが呟く。


「マミさん怖いの苦手な癖にそういうこと言う~」

「怪談話じゃないですよジェシー。昔、何かの資料で読んだんです。統連軍は不老不死の兵士を作るための新薬を開発していて、月で残虐非道な人体実験を行っていた。でも、原因不明の爆発事故で研究施設は消滅。そこで出来たのが演習場の裏手にある不自然に深くて大きいクレーターです」

「やっぱ怪談じゃん!!」

 ジェシカが突っ込む。


「お婆様、先々代社長ならもしかしたら詳しいことを知っているかも。関連性はわかりませんが……メールしてみます」

 マナミの話にアンヌが何かを思い付く。


「……よし。ともかく本題に入りましょうか。今日お呼びしたのは私、アンヌ・O・ヴァールハイトは月の本社から独立を考えています。それにともない貴方たちの力を貸してほしいのです」

「それって、いわゆる……引き抜きって事ですか?」

 突然の宣言にジェシカは心配そうに言葉を選んで言った。


「皆さんも知っての通り地球と月の関係は緊張状態にあります。このまま行けば人類にとって更に大きな悲劇が起こることになることは避けられません」

「お、大げさ過ぎるじゃないの副社長? ねぇマミさん?」

「どうでしょう……私は多くの仲間を失いました」

 膝の上でマナミは統連軍との戦いを思い出し、悔しさで拳を握りしめる。


「そしてTTインダストリアルの社長である織田ユーリは地球に対して徹底抗戦をするつもりです。サナナギのゴッドグレイツ、そして未だ捕獲されていない三体目のexSVソウルダウトを手にいれて」

「私は別に、あの社長のために戦うなんて言ってない」

 水を一口で飲み干すマコト。


「私はアンヌちゃんの側についてもいいよ」

「本当に良いのですか? あのガイと言う人とも敵対する可能性がありますが」

「ガイが何考えてるかは知らない。アイツはアイツで勝手にやるだろうし、私はあの社長が好きじゃない。それだけだよ」

 マコトはキッパリと言う。


「……なら、ウチはマコちゃんが行くなら行くよ。ゴッドグレイツの専属メカニックは必要でしょ。ママなら、きっとマコちゃんの力になれって言うだろうし」

 立ち上がってジェシカは後ろからマコトを抱き締めた。一方でマナミだけは浮かない顔をしていた。


「私は、行けません。月面騎士団の隊長として一人だけ離脱するなんてことは……」

「構いませんよ。私が無理を言っていることなので強請はしません」

 不安がるマナミを気にかけるアンヌ。


「他にも色々、話したいことはあるのですが……来たようですね」

 部屋の扉が開け放たれると複数のウェイターが次々と注文の料理をテーブルの上へ綺麗に並べていく。

 アンヌ以外、無計画に好きなものを選んだせいか、頼んだ料理の全てはテーブルに乗らず配膳台のままマコトたちの元へ運ばれた。

 そのあまりの量にアンヌは思わず二度見をして驚く。


「大家族っ!? 誰なの豚の丸焼きなんて頼んだ人、私も初めて見ました!!」

 メニューには載っていたが選んだことのない料理に、興奮して大声を出してしまったアンヌは恥ずかしくて顔を真っ赤にする。


「多国籍、ウィアーザワールドって感じだね。これ自分のは自分のところに置いてる感じか……それスゴいね、チョコレートの噴水」

 知らないフリする肉料理中心のマコトは、和菓子や洋菓子に囲まれるマナミの背後にそびえ立つチョコレートフォンデュのための巨大タワーを見上げた。


「……こんな、大きなのが出てるとは思わなくて……どうしようジェシー」

「副社長の仲間になるしかないね」

 ジェシカはラーメン、パスタ、うどんなど麺類を啜るのに夢中である。

 この中では一番の年長者だと言うのに、欲望に勝てなかったことをマナミは酷く後悔しながら、カットされたバナナをチョコの滝に潜らせた。

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