chapter.22 すれ違い
レーナと言う人物はTTインダストリアルの計画にとって最も重要な存在である。
月に住む人間にはその存在を秘匿され、TTインダストリアル社長の織田ユーリによって許可された人間のみが存在を知ることの出来るトップシークレット。
軟禁状態で外界から隔離され、ひた隠しにされている理由は彼女の持つ不思議な力、未来予知や不老不死の力を狙う者がいる。
しかし先日、月軌道上に謎のSVが出現してからレーナに変化が見られたのだ。
◆◇◆◇◆
「exSV、GA01……?」
「えぇ、サナナギさんの《ゴッドグレイツ》は“GA02”と呼ばれるexSVシリーズの二号機。その54年前に消息を断った一号機が地球に戻ってきたんです」
マコトとユーリを乗せたエレベーターが地上に向かって上昇する。
ここ数日は監視されているかのように、ユーリはマコトにべったりとくっついてきている。
月の大会社の社長が自分を気にかけてくれているのは嬉しかった。
だが半面、フレンドリー過ぎて自分との距離を詰める感覚が異様に近い。
社長の仕事がなくて暇なのかと思えるくらい四六時中、一緒にいるのでマコトはユーリが少し鬱陶しかった。
「先々代からの遺言でしてね。僕は月軌道上に配置された監視衛星が奴の帰りを待っていた。今は地球に潜伏しているようなので手を出せませんが」
「それで、そのexSVをどうするの?」
ユーリに質問するマコト。
「僕たちがレーナ様をお守りする理由は彼女の呪いを解くこと。あのGA01を破壊することです」
ユーリはポケットから手鏡に似た形の機械を取り出すと、その中央から立体映像が投射される。手のひらサイズに浮かび上がったそれは純白のSVだ。
鎧甲冑の様な分厚い装甲と手足、二本の角飾りに雄々しい表情と立ち姿は正にスーパーロボットと呼ぶに相応しい機体だ。
「レーナ様を救うのに、サナナギさんとゴッドグレイツの協力が不可欠なんです。どうか力を貸してください」
「……私は問題ないです。それがあの人を助けることだって言うなのならやりますよ」
手を差し出すユーリとマコトは握手を交わす。
ユーリのことはともかくとして、毎日のように夢の中で助けを呼ぶレーナの声には応えたい。
この時代に目覚めた意味はきっとこれなのだろう、とマコトは思った。
「そろそろ着きますよ、ほら」
「……わぁ、ここが……」
流れる壁面を映していた背後の窓から景色が広がる。
長方形の鉄柵に囲われた中で、隆起した岩石地帯を両端から二種類の色に分かれたSVの小隊が行進している様子が見える。
その他、巨大なレーストラックでSVたちがぶつかり合いながら疾走する光景や、高速で飛ぶ物体をライフルで狙い撃ちするSVなど、パイロットたちが操縦訓練している演習場がそこにはあった。
「こちらですよ」
「あっ、ユーリさん待って!」
少し見とれていたマコトは急いでエレベーターを降り、ユーリの後を追い掛けた。
エントランスのような場所に到着すると待っていたのはパイロットスーツに身を包んだ若い女性たちだった。
「彼女らが月の平和を守る精鋭チーム“ルナティクス”のメンバーです」
「月面統括防衛騎士団ルナティクスのリーダー、マナミ・アイゼン。今日はよろしくお願いいたします」
一人だけ白地に赤いラインのスーツを来たお堅そうな女性が挨拶すると残りのパイロットたちが一斉に敬礼する。
「どうも、サナナギ・マコトです」
「サナナギさんのことはガイ教官から聞いています。伝説のexSVゴッドグレイツのパイロットである貴方に指導してもらえるなんて光栄です」
「はぁ……ってガイ教官? 貴方たちの?」
「はい、聞いていませんでしたか? お知り合いと聞きましたが」
マナミが首をかしげる。
ガイがSV部隊の教官をやっているということは先日、本人の口から聞いたことだ。
しかし、こんな美人な隊員たちと一緒だとは知らなかった。
皆、ファッション雑誌に出てきそうな高身長のモデル体型で、化粧もバッチリ決まっている。とても戦闘に出る面構えじゃない。
注ぎに会ったらただじゃおかない、と心の中でマコトは沸々と怒りを燃え上がらせる。
「まぁ久々に実機での模擬戦だし、鈍ってた感覚を取り戻したいからさ。手加減は要らないし、こっちも手加減する気はないんで全力で来て」
ヤル気満々のマコト。
エントランスの窓から見える格納庫にはTTインダストリアルの最新鋭機体である《Gアーク・ストライク》が綺麗に整列されていた。
「とは言うものの、私のSVは? どれに乗ればいいの?」
「サナナギさんにはあちらをご用意しました」
パチン、とユーリが指を鳴らす。
格納庫の中央に開けられたスペースの床が開かれる。重い鉄の軋む音を響かせながら迫り上がってきた真紅の魔神、それは《ゴッドグレイツ》だった。
「社長! いくらなんでも伝説の機体と戦うのは……」
隊員の一人が《Gアーク・ストライク》よりも一回りほど《ゴッドグレイツ》を見て弱気な声を上げる。
「僕らのGアークがどれだけexSVに通用するのか。それを確かめるためのテストも兼ねています。皆さん頑張ってくださいね」
さらりと笑顔で言うユーリ。
にこやかな顔の裏にある底知れないものをマコトは感じる。
まだ気を許すには早いようだ、とマコトは思いながら隊員に促され格納庫へと歩きだした。
◇◆◇◆◇
戦闘開始から五分が経過する。
展望室から演習場の様子を眺めているユーリの横に、ガイがのっそりと現れ席に座った。
「どうだよ、ウチの騎士団の調子はァ?」
「exSVを相手健闘していますね。マコトさんも流石はゴッドグレイツに選ばれただけある」
五対一で始まった模擬戦は始めこそ《Gアーク・ストライク》のチームが数で優勢を取っていたが、マコトの《ゴッドグレイツ》は圧倒的な不利をものともしない動きを見せて立ち向かい善戦していた。
統率の取れた連携と機動力で翻弄する《Gアーク・ストライク》を本来の力が発揮できない中で《ゴッドグレイツ》は最低限の動きで攻撃をいなし、武装だけを破壊して戦闘力を奪っていく。
「ふふ、当たり前だろ。俺の見込んだ女たちなんだからなァ」
「癖が出てますよ、ガイさん……いいえ、ヤマダ・アラシさん」
ユーリがその名を口にするとガイの顔色が変わった。
「……少し違う。俺は“俺”なんだよ。オマエさんが欲しいのは俺の中にある“もう一つの記憶”だろ?」
「バレてましたか。流石、心を読めると言うのは素晴らしい特技ですね」
「オマエたちが記憶を引き出そうとしたお陰でそれも最近は鈍ってきたァ……チッ、喋りになんか変な癖も出てくるしよ」
ガイは左目の古傷を撫でる。
マコトが《ゴッドグレイツ》の中で深い眠りについてから目覚めるまでの間、彼女を救うために世界各地を放浪して情報を集めた。
その期間、ある人物との出会いが切っ掛けでガイは自分の出生の秘密を知ることになる。
「会社がここまで大きくなったのは先代と君のお陰でもある。だから本当は戦闘よりも技術方面でもっと重要なポストについて欲しいんだ」
TTインダストリアルに拾われたガイは奥底に封印されていた別人格の記憶を解析され、SV開発と発展に大きな影響を及ぼした。
「そう言うのは柄じゃねえ。俺は体を動かしていた方が気楽でいい」
記憶を甦らせるたびにガイ自身の人格が失われようとしている。
いつの間にか肉体が不老と化し、夢を見るともう一人の自分を食い殺そうと襲い掛かるのでは、と恐怖で眠れないのだ。
「レーナ様や君の遺伝子から不死の遺伝子の謎を解明できれば、人類は太陽系の外へだって行ける。その前にやらなきゃいけないことがあります。統連軍よりも先に第三のexSVを手に入れなければ」
「興味ないね、俺はマコトが生きていればそれでいい」
彼女に会いたいのに中々、会うことは出来なかった。
必要最低限しかマコトと接触をしないのは自分の変化による違和感を感じさせないためである。
今は遠くから見ているだけでいいのだ。
マコトの頑張りを見逃すまいと応援するガイであったが、その隣から渦巻く嫉妬の炎に気付かなかった。
◇◆◇◆◇
月面統括防衛騎士団との戦いは半日以上もかかり、マコトは漸く演習場から解放された
他の月部隊とも相手をさせられて百機ちかくのSVと戦闘した。
マコトの《ゴッドグレイツ》の動力はパイロットの精神に依存する。
本気を出せば月を炎で包み壊滅させられる力を出すことは可能だが、相手を傷付けず無力化させるのがどれだけ大変だろうか。
「それをやってのける私がスゴい!」
自画自賛しつつ汗まみれの身体をスッキリさせるためマコトはシャワールームに急いだ。
入室すると他のパイロットたちは、まだ訓練に勤しんでいるのか誰もいない。
貸切状態にウキウキのマコトはロッカーに服を放り込み個室のシャワーに入った。
「……ガイ、見てたんなら声ぐらいかけてもいいのにな」
戦いの中で感じた視線。もしかしたら避けられているのでは、と感じた。
まだ近くにいるはずなので向こうが逃げるならばこちらから追い掛けるまでなのだ。
「となり失礼するよ」
「あ、はーい…………ん?」
聞いたことのある声にマコトは疑問を感じた。ここは女性専用のシャワー室のはずなのだ。
「すまない、シャンプーを忘れてしまった。すまないが貸してくれないか?」
「はっ?! ちょっ、ユーリさんここは……えぇ!?」
突然、全開に開かれる扉。そこにいたのは全裸のユーリだ。
思わず飛び退いたマコトだったが、驚いたのはそれとは別のことにある。
「僕がどうかしたかい?」
立ち込める湯気の中でユーリの体を上から下、下から上と見詰める。
堂々とした振る舞いと一人称、顔は中性的だと感じていたが女性だったとは思いもよらなかった。
「ユーリさん、女の人だったんだ……ってちょっと!?」
ずかずかと狭い個室シャワーに入り込むユーリはマコトに迫り、逃げられないようマコト越しに両手を壁につく。
そして彼、改め彼女は驚きの一言を水の滴るマコトに浴びせかけた。
「サナナギ・マコト、僕のモノにならないか?」
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