chapter.23 戦うべき敵は誰か

「マミさん調子どう? この前に言ってた機体のバランサーを少し変えてみたんだけどさぁ」

 任務を終えて月面基地に帰還した《Gアーク・ストライク》が格納庫へと次々に移送される。その内の一機に向かい、腰の小型ジェットで飛んでいくギャルメイクな整備士の少女が一人。ナカライ・ジェシカは開かれたコクピットのパイロットに言った。


「上々よ、変な傾きは無くなったわ。今日もお蔭で生き延びれた」

 月面統括防衛騎士団のリーダー、マナミ・アイゼンがヘルメットを脱ぐと中に仕舞われていたポニーテールの髪が低重力のせいでフワフワと浮かぶ。


「でも今日は赤い二本角がいなかった」

「二本角ってあのDアルターとか言うSVのエース機?」

「いなくなった人たちの為にも絶対にアイツは私がこの手で倒すって、このGアークに乗ってから誓ったのに……」

 コクピットの天井に貼り付けた集合写真を見上げてマナミは涙ぐんだ。

 ほんの二年前、防衛騎士団の結成当時に撮影したものだが、五十人ほどいるこの中のメンバーで生き残っているのは半分ぐらいである。


「マミさんマミさん! 隊長さんがそんな暗い顔でどうすんのよ? こんな事が起きないようにパイロットになったんでしょ?」

 俯くマナミをジェシカは頬をつねって無理矢理、笑顔を作らせた。


「ほら、スマーイル!」

「ふっ……ふわぁーいる」

「そ、出来んじゃん! だからさ頑張ろっ。生きてる人の役目だよ」

 応援するジェシカの言葉に、マナミの暗くなった心は幾分か和らいだ。


「そうだよね。私がしっかりしなくっちゃ部隊の皆も困るもんね。もっと、ちゃんとしないと」

 ジェシカに手を引っ張られてマナミは機体から出る。

 新たな相棒である《Gアーク・ストライク》の力で、居なくなった皆に恥じない戦いをしようと心の中で誓う。


「マミさんは真面目すぎるから、もうちょっと気を抜くのも大事よ?」

「それもそうよね……あぁ、なんか喉が乾いたわ」

「ならカフェスペースに行こうよ。このあとは非番でしょ? マコちゃんもいるし」

「そうね。着替えたらすぐにでも」

 チームを引っ張るリーダーとしてネガティブに落ち込んではいけない、とマナミは気合いを入れるため両頬を軽く叩き更衣室へ急いだ。


 ◇◆◇◆◇


 図書館とカフェが併設したパイロットたちの憩いの場、喫茶カグヤ。

 軽くシャワーを浴びたマナミはジェシカと合流し、カウンターでドリンクを注文して受け取ると、先に来ていはずのマコトを探す。


「どこなのかなぁ…………あっ、いたいた。おーいマコちゃん!」

「ジェシー、ここでは大声禁止ですよ」

 図書コーナーにある児童向け書籍が並ぶキッズスペースにマコトはいた。

 土足厳禁なカーペットの床に正座して本を大量に並べながら、片手にジュースを持ってホットドッグをかじっている。


「マコちゃん、何してんの? 古いアニメの本と……子供でもわかるSVの歴史?」

 アダ名でマコトを呼ぶジェシカは本を拾い上げて言った。


「ロボットアニメとSVの関係性。人類にとってSVという存在はどう変化してきたかを勉強しているわけですよ。私が寝てる間のことを少しでも知りたくてさ」

 クイッ、と赤フレームの眼鏡を上げるマコトは手帳にメモを取りながら勉強していた。


「……マコちゃんってオタクなん?」

「SV乗りとして知っておかなくちゃいけないでしょ。これくらい普通じゃない?」

「いや、アニメまでは見んわ……」

「そうですねぇ、パイロットをやってますけどSV、と言うかロボットが好きかと言われると自信ないですね」

 未来人との意識の差か、二人から賛同を得られなかったことに少し絶句するマコト。


「例えば2060年……私がゴッドグレイツで眠ったあとに国際SV法ってのがSVを制定されロボット物のアニメも規制の対象となる」

「それも地球だけの話だよね。TTインダストリアルの前身、トヨトミインダストリーは宇宙開発事業でそれ用のSVもバンバン製造してるし」

「でも79年に日本であるアニメが爆発的にヒットしたことで国際SV法が解除され、そのアニメをモチーフとしたSVが量産されていく……そのアニメとSVの資料を探してるんだけど無いの?」

 広げた本のページをパラパラと捲りながらマコトが言う。


「共有スペースの書庫なので詳しいことは……」

「ウチはチラッと見たことあるけど、月が悪の帝国がどうの敵キャラとして描かれてるのがムカつく!」

「ふーん、ならマミさんは地球のSVと戦ったことある?」

 何気なく聞いたマコトの質問にマナミの表情が曇るのを見てジェシカがすかさずフォローに入る。


「ま、マコちゃんのゴッドグレイツなら地球のSVなんて敵じゃないって! ね、マミさんも気にすることないよ!」

「……ありがとうございます」

「あ、やべっ、もしかして地雷踏んだ?」

「いえいえ、サナナギさんが気にすることじゃないんで大丈夫です」

 と言いつつも自分は気にしまくっているマナミであった。


「マミさんもこの前、戦った中じゃあ一番強かったよ。さすがはリーダーだもんね、簡単には隙を見せてくれない」

「大型SVとの戦いは日々研究しているので。ゴッドグレイツも本気ではないのでしょう?」

「んー、本気と言えば本気だけどぉ、本気を出さないように本気だったよ」

「「?」」

 よくわからないマコトの言葉にハテナを浮かべる二人。

 手加減しているつもりではないが、マコトなりに《ゴッドグレイツ》の力を抑えてどこまで戦えるのか実力を知りたかった。

 かつて起こった暴走の末、力を使い果たし《ゴッドグレイツ》の中で半世紀近く眠り、未来で目覚めてしまったのだ。

 二度と過ちは起こすまいとマコトも必死なのである。


「そういやマコちゃん、今日は社長いないんだね?」

 変な空気を変えようとジェシカはマコトに話題を振る。

 だが、今度はマコトが眉間にシワを寄せて怒ったような複雑な顔をした。


「どしたのマコちゃん?」

「別にぃ……どうでもないけどぉ?」

「もしかして織田社長と何かあったんですか?」

 言葉を濁すマコトはコップの氷を口一杯に放り込みガリガリと噛み始める。


「ジェシー、あの人ってさ男前だけど女の人だよね?」

「そだね。社長兼ルナシティの代表、メディアにも露出してて女子人気も高いよ」

「ふーん……そうなんだ」

 マコトは先日の演習後に起きたことを思い出す。


 ◆◇◆◇◆



 シャワー中に突然、中へ強引に入ってきた織田ユーリ。

 男だと思っていた彼、もとい彼女はマコトへ急な告白をする。


『サナナギ・マコト、僕のモノにならないか?』


『は? こんなところで、いきなり何言ってんの!?』


『僕は小さい頃に初めて君のゴッドグレイツを見たときから胸にこう、不思議な感覚が芽生えたんだ。このSVの中で眠っている人は一体どういう人物なんだろうって、ずっと会いたかった』


『……それはどうも』


『そして君が目覚めた! 想像の中でイメージした人物像よりずっと綺麗だった。今こうして眼鏡も取って、ありのまま君はとても素敵だ!』


 恍惚な表情で眼前まで迫るユーリの頬をマコトは思いきり叩いた。


『出てって』


『……』


『この前は助けてくれてありがとう。でも、そういうことするのは無しだよ。私にはガイがいるもの。ずっと貴方よりもずっとずーっと待っててくれた彼がいるから』


『…………わかりました。でも、僕は諦めませんよ……』


 捨て台詞を吐いてユーリは立ち去った。

 殴られてもなお笑みを崩さなかったユーリに、マコトは初めての恐怖を覚えてしばらく床にへたりこんで動けず茫然とするのだった。



 ◆◇◆◇◆


「いけないぞ、非生産的な!!」

「サナナギさん図書スペースではお静かに」

 突然、声を上げるマコトをマナミが叱りオデコに軽くチョップする。


「ともかくだよ、社長さんなら社長さんらしくお仕事をしてくれってこと。私なんかに構わなくたっていいの。私は普通のどこにでもいる眼鏡少女なんだから」

「戸籍上、還暦の十代って時点で普通では無いでしょマコちゃん」

 実年齢が迷子なマコトをツッコむジェシカ。


「マコちゃんはゴッドグレイツって言うexSVがあるじゃない……ちょっと聞いたんだけどね、統連軍がexSVの一号機を手に入れたって」


 他人事のようにぼんやりと聞いているマコトだったが、この時まだ事態の重大さを知らなかった。

 ガイが別の存在に変わり行くことを。

 戦うべき相手が誰なのかを大きな勘違いしていることに気付いていなかったのだ。

 

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