chapter.21 呼び声

 月の大企業TTインダストリアル本社。

 ドームの中にある建物の中で一際、立派な建物の正門前には銀色に輝く騎士のようなデザインのSV像が聳え立っている。その真正面にマコトを乗せた高級車が到着した。


「まずは着替えましょう。いつまでのその格好では風邪を引きますしね?」

 車を降りてマコトは織田ユーリ・ヴァールハイトに言われるまま、建物の敷地へと入った。


「サナナギ様、こちらへどうぞ」

「えっ? ちょっと……えぇ!?」

 中に入るや否や、突然現れた大勢のメイドたちにマコトは取り囲まれる。


「何々、何なの一体?!」

「大丈夫ですよ。安心してください」

 爽やか笑顔でユーリは返す。

 何がなんだかわからないまま困惑するマコト。逃げる間もなくメイドたちにより建物の何処かに連れていかれてしまった。


 十分後。


 エントランスのロビーで紅茶を嗜むユーリの元へマコトが帰ってきた。

 ズンズンと歩きながら普段、着なれない派手で豪華なドレス姿に顔を真っ赤にしている。服の値段を聞いて目玉が飛び出しそうになり、少しでも汚さないようにスカートの端をつまみ上げて地面に付かないようにしてた。


「お似合いですよ」

「き、着替えてくるっ!!」


 五分後。


「そちらも素敵ですが、少し残念ですね」

 速攻、着替えて戻ってきたマコトが選んだのはイデアルフロートの学園制服だ。

 着替えさせられた衣装部屋には様々な服が何十着と用意されていたのだが、ある一角にはマコトの私物らしき洋服や制服が並んでいた。

 奇妙なのは服に付けられたタグに企業ロゴマークなどが消えているのだ。

 マコトが選んだ学園の制服も袖やボタンにあったはずの校章が取り外されている。


「着替えも済んだことですし、行きましょうか?」

「私を何処へ連れていくの社長さん」

「そう警戒しないでくださいよ。君の知る人物のところ、そして会わせたい人がいるんだ」

 ユーリの柔らかな顔が一瞬、鋭くなる。細く切れ長でコバルトブルーの瞳は、マコトが月の未来を任せるに相応しい人間なのかをよく観察した。

 二人は護衛に守られながら建物の奥へと向かっていく。


「ユーリさん、この時代にタイムマシンなんてあります?」

「流石のウチでもタイムマシンは開発してないですねぇ、すいません」

「い、いえ別にそんな……ちょっと聞いただけなんで……はは」

 厳重な警備で守られた扉を幾度も開いては進みを繰り返すたびに、先の部屋にはいる権利の持たない護衛が次々と減っていく。

 やがて最後の扉に到着するころにはマコトとユーリだけになる。そこに待っていたのはマコトの大切な相棒だった。


「ガイ?!」

「おっせーぞオマエらァ! 全く心配かけやがって、このっ」

 退屈そうに壁に寄りかかっていたガイは会うなりマコトの額をピン、と弾いた。


「痛っ! そっちこそ何で私のお見舞いに来ないのよ!」

 マコトの拳がガイの額を思いきり打つ。


「痛ァ!? てめぇ……俺にだって事情がなァ、やることあんだよッ!」

 悶絶する頭を抱えるガイ。

 ふと、マコトは違和感を覚えた。

 いつもならば心の読めるガイには自分の繰り出す攻撃など避けるか防ぐかをする。

 それはふざけて、じゃれあう時も当てさせてはくれないのだ。

 なのに、どうして今のパンチが当たってしまったのか。

 偶然なのだろうか、それとも自身の体に変化が起こっているのか。


「……………………やること?」

 マコトは不思議そうに手を見ながら言う。


「彼はウチのSV部隊の教官を長らく勤めてくれています」

「そういうことだマコト。オマエが眠りこけている間ずっとだぞ?」

「眠ってる間って……だから、どうしてガイは」

「説明はあとだ。彼女を待たせてるんだよ」

 マコトの言葉を遮り、ガイとユーリは扉の左右にあるタッチパネルへ同時に手をかざすと、重々しい扉が自動的に開かれた。


「あれは……」

 マコトたちがたどり着いた最後の部屋。そこにあったのは一面の花畑だった。

 色とりどり、数十種類もの花や植物が広がる不思議な空間。

 その中央には石で出段来た丸い段差状のものが詰まれており、最上段には華やかな黄金の椅子、玉座があり白いドレスを着た女が座っている。


「彼女が月の女神、レーナ様です」

「女神……?」

「不老不死なんだ、そして未来を予言できるんだよ」

「レーナ様、ご機嫌麗しゅうございます」

 ユーリが玉座の前に跪く。レーナと呼ばれた女はユーリを見詰めるが一言も発しない。


「よく来ました、真紅の魔神の従者よ」

「何でガイが言うのさ?」

 突然、マコトの横でガイがレーナの台詞を代弁しだす。


「ガイはレーナ様のお言葉を聞ける唯一の人間なんだ」

「彼女、喋れないの?」

「そう言うわけだ。俺の言葉はレーナ様の言葉だ」

 得意気なガイにマコトは何だかムカついた。

 レーナは無表情で三人の顔を次々と見て頷いた。


「世界に災厄が訪れようとしています。月と地球、人類が手を取り合わなければ迫り来る危機を免れることは叶いません。人類を救うため、サナナギ・マコト、貴方と真紅の魔神の力が必要です。どうか力を貸してください……だそうだぞ、マコト」

 ガイはレーナからの願いをマコトに伝える。


「月と地球は現在、あるSVを巡り争っています。地球よりも先に、そのSVを手に入れなければなりません。月の代表として僕からもお願いします」


 深々とマコトに頭を下げるユーリ。

 未来世界で目覚めてから数日。

 身体検査中に現状の世界がどうなっているのかはざっくりと説明を承けてはいるが、急に月と地球の戦争を止めて人類を救えと言われてもピンと来なかった。


 何よりマコトはレーナと呼ばれる女に違和感を感じていた。

 夢の中に現れた少女に雰囲気が似ているが、もっと切迫して訴えたように思える。

 それが目の前の女には感じられないのだ。


「レーナ…………ナギサ……レイナ…………うっ」

 頭にふと思い浮かんだ名前がマコトの脳を刺激する。

 流れ込んでくる何者かの記憶が見えてきた。


 白い鉄の巨人の放つ光が街を次々と破壊していくビジョン。

 瓦礫の上に立つ少女が巨人に向かって何かを叫んでいるが、巨人の進行は止められない。

 巨人から発射される一発の光弾が何かに激突すると漆黒の嵐が周囲の建物を吹き飛ばし、少女もそれに巻き込まれたところでマコトの視界は暗転していった。


 ◇◆◇◆◇


「……あっ、気が付いたの? よかったぁ、もう駄目だよ勝手に病院を抜け出しちゃあさ」

 気付くとマコトは再び病院のベッドの上にいた。

 頭痛でフラフラとしながら身体を起こすと、ジェシカがリンゴを剥いていた。最初に見た作業着ではなく私服姿だ。



「…………月って果物育つんだ?」

「リンゴのこと? これは地球産だよ。月の土や重力じゃまだ植物を育てるのに適さないからね。上木鉢とかならいいけど、本物の土も高いからね」

 皿の上にウサギの形にカットされたリンゴが並べられる。


「本物のウサギも見たことないけど」

「ありがと」

 フォークでリンゴを一刺し、マコトは半分ほど口にした。

 シャクシャクとした食感と甘味が口の中に広がっていく。


「ジェシカさん」

「ジェシーって呼んで。私もマコって呼ぶから」

 にしし、と笑うジェシカ。笑い顔もマコトの知る同級生のヨシカにそっくりだった。


「うん、じゃあジェシーはお母さん好き?」

「好きよ。尊敬するメカニックでもあり、大切なママよ。マコはママの親友なんだよね?」

「そうだよ。だから聞かせてもらえる? ジェシーのママのこと」

 マコトは怖くなった。

 自分のいなかった時間、変わってしまった世界。

 側にいて欲しい人は変わらないはずなのに何かが違う。

 

 それでも夢に出てきた必死に助けを乞う少女が気になり、何とか救いたいという気持ちで一杯だった。

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